ミステリーなんざ死体転がせばいいんだよ。
チクチクネズミ
死体を転がせ
「もう終わったのか」
「ああ、今日の現場はとある屋敷の主人殺しだ。このセキュリティを突破するのは苦労したぜ」
疲れ切った様子で男がカバンから複数の写真を取り出した。写真には無残に殺された主人の最期の姿と内から鍵がかけられた部屋が映っていた。
「依頼内容密室殺人で、外部の人間の犯行と思わせるように窓の鍵は開けているようにしておいたよ」
「さすが用意周到だな殺し屋」
顔が見えないぐらいに深く帽子を被った男が殺人者にそう言う。だが目の前の殺人者は白髪混じりの禿げた髪に無精ひげが伸びっぱなしでくたびれたスーツを身に着けいて、誰が見ても殺し屋の風体ではない、
「株式会社ミステリーって言ってください。殺しだけじゃなく、奇妙な謎を仕掛ける仕事をうちは請け負っていますので。でも殺しは一番需要ありますからねこの仕事、よく言うでしょ。ミステリーの定番は死体を転がせって」
ごそごそとまたカバンから取り出したのは、就活の説明会などで配られる会社案内のパンフだ。会社事業には『お客様の要望に合わせて、謎を創造し冷え切った現代社会に興奮を与える』と美辞麗句を並べ立ていた。こんな言葉ですら怪しいのに、表紙に描かれている立派なビルの社屋は本当に存在するのか自体怪しいものだ。
男はパンフを閉じると殺された主人の写真を苦々しく眺めた。
「評判の悪い男だった。会社の金を横領し、人の女を寝取り、あげくはパワハラで社員を自殺に追い込んでも賠償金すら払わなかった」
「改めて聞いてもクズだなぁ。おかげで殺すのに躊躇がなくて楽な仕事だった」
「殺すのをためらうことはあるのか」
「基本的にはないようにする。だが相手が若い女だとか子供だとかだと躊躇うね。でも本来殺しとかの大口の仕事は元請けができないから孫請けに俺らに回されたんっす。近頃不景気だから、どこも金だけをとって中引きしたいんです」
殺人者改めミステリーの社員曰く、ミステリーエナジードリンクを飲んでいると携帯を取り出すと「ああ、仕事かよ。しかも今日中ってブラックかよこの会社、いい加減元請けや二次請けの仕事減らせっての」と愚痴をこぼす。
「しかし、こういうのは需要があるものなのか」
「ははぁ、もしかして推理小説の読みすぎた人間の一人ですか。殺人を犯す人間に密室殺人とかアリバイ工作とか考える頭はないもんだよ。第一、そんな細かいことまで考えられる頭があるのなら、別の方向に持って行ったら人生もっとやっていけるだろって話」
その通りである。たいていの殺人は、衝動的に殺したか誰にも見つからないように殺しすら完全に隠し通すものだ。それを一人殺すためにわざわざトリックの練習したり、果てはどこから入手したかわからない爆弾を建物に設置する作業を一人でするというのは手間をかけすぎている。だから株式会社ミステリーは存在するのだ。
男が自分の腕時計を一瞥して、ミステリーの社員が置いた写真をまとめて服のポケットに入れる。代わりに紙幣の束を社員に突き出した。
「というわけでほれ。情報提供報酬」
「はいよ。しかしあんたも苦労しているね。わざわざトリックのネタばらしを聞きに来るなんて」
「不景気だからな。警察もそんじょそこらの人間よりも自分ところの鑑識とかで捜査をした方がリスクが少なくしようとしている。警察との関係が俺の命綱だからしがみつかないと」
「こっちもそうだな。お客には簡単には解くことができないという建前を使っているが、実際はちゃんと解けるようなミステリーをつくっているから」
株式会社ミステリーだって慈善事業ではない。本当に解けない謎なら事件自体発覚できない。しかしそれではお客は満足して依頼しない、だからわざと証拠を残しトリックの穴をつくるのだ。もちろん依頼人やその評判を聞いた人間は会社の意図など知る由もない、次こそは完璧な決して解けないようなミステリーを求めるからこそ会社は存続している。
「方向性は違うがあんたも同業他社ですし、お互いがんばりましょうよ」
「うちは個人事業主だけどな」
「固いことなしですよ」
ミステリーの社員がやっとエナジードリンクを飲み干して、空き缶をカバンの中にしまう。
「じゃあ、お互い犯行現場の証拠は残さないようにしてくれよな。近頃はタバコの吸い殻一本でも誰か特定できるから」
「心配ない。俺は職業柄犯人のように証拠をわざと残して見つけられるようなへまはしない」
「じゃあまた頼むぜ、探偵さん」
ミステリーなんざ死体転がせばいいんだよ。 チクチクネズミ @tikutikumouse
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