ミステリー殺し殺人事件【KAC2021 お題『「ホラー」or「ミステリー」』】

石束

『密室殺人』殺し殺人事件

 王都魔法学院研究課に勤務する事務員、クラリス・ブラが指示されるままに裏口へ行くと、たしかに金色の髪の人影がしゃがみこんで「塔」の外壁を見ていた。


「あの、――」

「……見てください。ここで石の質が変わっている。石自体は同じ種類です。それが似せてあるようで違っているのは、その修理の際に用いられた技術が異なっているからです」

「はあ? いえ、私には違っているようには……」

 そこで、彼女は『はっ!』と気づいた。

「もしや! それは今回の殺人事件に関係あるのですか!」


 学びの場たる学院研究塔で殺人事件があった。  

 実験のために泊まり込んでいた現役教授が研究室に併設された寝室で惨殺死体で発見されるという一大事。事態を重く見た宰相府は、学園警備部と近衛騎士団の合同捜査を指示した。現在はその現場検証の最中である。

 これもその一部ではないか――と、彼女は直感したのであるが。


「いえ。まったく関係ありません。この研究塔は遷都以前の建造物を遷都後に修復したもので、とても貴重な文化遺産なのです。……ろくに調査もせず記録も残さず我が物顔で居座るなど言語道断。『正しき智の守り人』が聞いてあきれます」


 そこまできっぱり関係ないのであれば、何故にこの人はこんな時にこんなところでしゃがんで何をしていたのだろうか……と思いつつ、大儀そうに立ち上がるその『姿』をみて、クラリスは言葉を失った。


 細い金色の髪に透き通るような青い瞳。白磁のような頬を幽かに上気させた、まるで彫像のように整った容貌。そして抱きしめたくなるような、小柄で華奢な体躯。

 金糸の刺繡も鮮やかな白いケープを青い官服の上に羽織ったその姿はどうみても、十歳前後の少年だったからだ。


 まさか、と思いつつ、でも、一応仕事だから確認してみる。


「し、失礼ですが王立王都魔法歴史博物館の、プラド=キャリオン首席学芸官……でいらっしゃいますか?」

 その言葉で、少年の視線が初めて彼女の顔をとらえる。数瞬の後、それが「続きを」と無言で促しているのだと気づいて、クラリスは声を上ずらせた。

「きっ騎士団のブラントレーク副団長どのが、『閣下』をお待ちです!」


 千年の歴史を誇る魔法王国には魔法の技術・文化・歴史を受け継ぐための研究機関が複数存在する。中でも、魔法の研究と後進の育成を使命とする『学院』、知識や情報を収集整理する『大図書館』、そして歴史書の編纂と魔法に関わる遺跡と遺物を管理保管する『博物館』は別格とされており、それぞれの組織の統括者は王国において各省庁の大臣と同等の扱いを受ける。

 王立王都魔法歴史博物館の首席学芸官たる彼、パベル・プラド=キャリオンこそは10歳で王立博物館の学芸官となり、以来十年間、魔法王国の遺跡遺物研究の最先端で主導的立場を果たしてきた若き英才であった。

 ……

 ちょっと、若く見られすぎるのが悩みの種なだけの、極めて優秀な研究者である。


 ◇◆◇


 クラリスが先導して向かった先、塔の入り口ホールに、四人の人間が集合した。 

 近衛騎士団副団長のブラントレーク、宰相府官僚のフルウスはパベルとは旧知。残る一人は学院警備部のミセル主任。そしてこれに事務員のクラリスである。

 その友人の姿を見やって、フルウスが言った。

「パベル。すまない」

「僕は王立博物館の学芸官で専門は古代魔法王国時代だ。犯罪捜査は職掌にない」

「わかっている」

 どうだか?と吐き捨てて、続きを促すとフルウスが説明を始める。


「今朝方、学院のモルデル教授が寝室で死体で発見された。死体は……もうここにはない」

「だろうね」とパベルは覗き込んで寝室を見まわした「綺麗なものだ」

「泊まり込みで実験をしていた教授に朝食を届け期に来た助手が合鍵で塔に入ったところ、寝室は天井にまで血が届くほどの血まみれ状態で、教授自身はベットの前で鋼鉄の釘に全身を貫かれて息絶えていた……現場を見るかね」

「必要ならば、後で。ちなみによりひどく損壊されたのは上半身? 下半身?」

「――下半身」

「設置型の罠かな?魔力に反応するタイプだと『ジャイル』だな」

「『ジャイル』?」 

「辺境産の植物型魔獣だ。高威力の魔術や炎で炸裂して鉄くぎ状のトゲを周囲にまき散らす。王覇時代に魔法陣で指向性を持たせて兵器化されたのち戦場で猛威を振るった。練達の魔術師ほどあっけなく殺すので、通称『魔王殺し』。選帝侯会議においてその非人道性から全面的に使用を禁止された――むろん禁制品だが、現物が見たければウチの倉庫に起動前と起動後のサンプルがあるぞ?」

「遠慮しておくよ」

「そうか? 炸裂した後残った実は中々に美味なのだが」

「……食えても食べる気にはならないよ」

 フルウスは頭をふって、言葉をつづけた。

「モルデル師は殺人予告を受けていた。女性関係にだらしがなく三人の女性と同時に付き合っていたが、伯爵家の令嬢と婚約がまとまってそれまでの女性関係を清算しようとしたところ、殺してやると無記名の手紙が届いた」

「なかなか女たらしだな。正直なのはこの場合、誠実なのかそうでないのか」

「彼は守りの堅い魔術師の塔――ここへ籠城した。内側から鍵をかけ、食事は一日に一回、夜明け直後に助手が持ってくることになっていた。彼女だけが合鍵をもっている」

「彼女?――その助手は女性かい?」

「女性だ。実は教授は彼女とも男女の仲だった――だが、彼女は容疑者ではない」

「なぜ?」

「彼女は魔力値が非常に低くほとんど魔法が使えない。魔法による殺人である以上彼女ではモルデル師を殺害できない。――『ジャイル』は想定外だったが高威力の魔法が発動の条件なら、なおさら不可能だろう」

「たしかに、そのとおりだ」

「彼女は塔の一室にとどまってもらっている。大変憔悴しているが面会するかい?」

「必要なら、後で」

 先ほど言葉をもう一度繰り返して、少年のような魔法使いは口元に人差し指をあてた。

 まるで象牙の作り物のような指。そのしぐさにクラリスはぞくりと、背筋を何かが這い上がってくるような感触を覚えた。無駄に色っぽい。

「今までの君の話を総合すると」

 前を――それでいて誰も視線に入れずに、パベル・プラド=キャリオンはそこに何かがあるかのように真っすぐ前を見つめて、言った。

「侵入不可能な塔に閉じこもっていた色男が誰かに惨殺された。鍵を持っていた助手はたった一人だが、彼女には殺す手段がない。動機があったとしても返り討ちになるから、彼女は犯人たりえない――ということだが、では『殺人予告』の主は誰だろうか?」

「可能性としては三人」

 フルウスは三本指を立てた。

「ゼノビア、マクリア、ヘンデロッテ。 この三人が前述のモルデル師のガールフレンドで……」

 そして、頭痛に耐える様にフルウスは眉をしかめた。

「全員、転移魔法の使い手だ」

「魔力値は?」

「平均以上どころか、学院屈指だ。全員モルデル師の高弟だよ」

「ハレムか? うらやましいね」

 そういうパベルはちっとうらやましそうではなかったので、クラリスはちょっと安心した。

 パベルは人差し指を口元から話して、ため息をついた。

「ふむ。まったくに興ざめだな」

「おい」とさすがに気色ばんだフルウスに「ちがうよ」と魔法使いは頭を振った。

「古代王国期の推理小説に『密室殺人』といジャンルがあって大変興味深いのだけど、転移魔法が発明されて廃れてしまったのだ。そのことを思い出してね」

 彼は心の底から残念そうにため息をついた。

 今度はハレムの時とは違って本当に哀しそうで、クラリスはちょっと胸が痛くなった。

「僕は博物館の学芸官で犯罪捜査は専門外だ。だから、できるのは事実の『鑑定』のみ」

 パベルは友人の顔を見て、珍しく視線を合わせた。そして、扉の傍に歩み寄って何やら壁を叩き、さすり、動かしたかと思うと

「ガコリ」と音がして、塔の中に薄気味わるい魔力があふれた。

「全員、動かないように。ブラントレーク、君もだ。フルウスの安全は僕が保証する」

 さすがに身構えて腰に手をやった騎士団の副団長を言葉だけで制止する。

「今、魔術式の防御機構を起動させた。心配はいらない。『罠』はすでに炸裂済みだ」

 話についていけずに顔を見合わせる他の三人に向かって、パベルは『鑑定結果』の説明を始めた。

「モルデル師はひとかどの魔術師だ。高弟が自分を殺しにくると思えば備えをする。転移魔法の使い手相手に鍵も石造りの塔も意味がない。だから彼は寝室に『ジャイル』を仕掛けた」

「……『ジャイル』を仕掛けたのはモルデル師自身だったのか――」

 半ば呆然と、フルウス秘書官がつぶやく。

 いや、でも、それなら、なぜに当の本人が、その餌食に。

「このとおり、『罠』は手動式だ。魔力は必要ない」

 ――あれ? いや? そんな、まさか――

「ここからは推測になるが」

と一応断わりを入れて、続ける。

「モルデル師は高弟たちの実力を評価していた。殺さねば殺されると覚悟を決めていた。だから禁制品の古代兵器まで用意して迎えうつつもりだった」

 でも。いや、だけど。

「それが、いざという時、起動しなかった。いつ襲われるかもしれないのにと不安になったモルデル師はスイッチを調べ、ついで、設置してある罠――『ジャイル』を確認に寝室に赴き、魔力を流して調査しようとした時に――、防御機能が再起動した」 

 ――あ。

「そんなところだと、思うよ。――後は卿の仕事だな。ブラントレーク」

 窓の外に顔をだして警備主任が何かを叫ぶ。副団長は駆け出していく。

 クラリスは目の前の出来事を夢見ごこちで、呆然と眺めていた。

「……ありがとう。パベル、助かった」

 フルウスは大きく息を吐くと小さな魔法使いに向かって手を差し出した。それを軽く握り返して背を向けると――


 すべてに興味を亡くしたように、彼は。魔法使いの塔を出て行った。 


 完


 


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