13日の金曜日

七四六明

手紙が届く

 13日の金曜日と言えば、とある映画から派生した仮面の大男が有名だろう。

 ただし似通った作品の影響で、本編では一度も使われていないチェーンソーを持った姿が間違って伝播してしまってはいるが、とにかくそれ以来、13日の金曜日になると奴が来るなどと、人は冗談で言った物だ。彼らもきっと、一度はした事があったかもしれない。


 だから、彼らは驚いただろう。

 13日の金曜日が本当に、自分達にとって呪いの日になるだなんて。


「……今年も、届いたのか」


 ニュースは大々的に取り上げている。

 かれこれ十年以上続く連続事件だ。年に一度、一人だけの犠牲者とはいえ、こんな怪談じみた面白可笑しい事件を、メディアが逃すはずがない。


 最初の犠牲者が工事現場に積まれていた鉄骨の下敷きになった事から始まり、政治家だった者の汚職の発覚。会社員幹部を務めていた者の賄賂、接待などの発覚。車に撥ねられるなど、物理、精神、社会的問わず、対象に致命傷を与える呪いの手紙。

 毎年13日の金曜日に送られ、13日後に悲劇を起こす呪いの手紙。

 その標的とされた某年某学校を卒業した某クラスの卒業生達の辿る末路に、世間は毎年注目している。


 人数は残り半数を切った。

 年数的にはまだ残っているはずだが、いつ来るかわからない手紙の脅威に耐えきれず、自ら命を絶った者達が、残る者達のカウントダウンを早めていた。

 実際、呪いの手紙と言っても、手紙を送られて死んだ者はいないのだが、毎年世間が必要以上に煽るのも要因となって、早まる者も少なくなかったのだ。


 そんな中、当事者の一人である僕――大倉おおくら真実まなみだけが、自らも手紙を送られる可能性を孕んだ立ち位置でありながら、唯一悠々と日々を過ごしていた。


 同級生が鉄骨の下敷きになろうとも、交通事故に遭おうとも、液状化した地面に呑まれ落ちようとも、通り魔に刺されようとも、社会的地位を失おうとも、世間体に殺されようとも、関係ない。何も恐ろしい事はない。

 何せ世間が異常なほどに騒ぐ呪いの手紙が、


 だからと言って、犯人という訳ではない。

 送り主は知っているが、それも犯人とは言い難い。


 手紙を送った事で人が不幸になったとして、送り主を裁く法律が、人を殺せる鈍器にさえなりかねない分厚い本の何処に記されていると言うのか。

 仮にあったとしても、誰もあれは裁けない。何せあれはもう、人ではないのだから。


「おはよう。美咲みさき


 と、僕は彼女に挨拶をする。

 僕の初恋にして婚約者。麗しき麗人の名は美咲。ただの美咲だ。ただの美咲になってしまった。

 彼ら――現在進行形で呪われ、未来呪われる事が確定した、僕と彼女を除くクラスメイトらによって。


 僕は当時、学校でいじめを受けていた。

 美咲を除くクラスの全員が敵だった。実際に手を下していたのは半数もいないが、黙認していたのは違いない。いじめられる側からしてみれば、見物人とて加害者とそう変わらない。

 美咲だけは僕と共に立ち向かい、彼らに刃向かい、止めようとしてくれた。


 だが、卒業を控えた某月13日の金曜日。

 美咲は僕をいじめていた奴らに一晩中犯され、首を絞められ、精神的に死んでしまった。

 以来、彼女はずっと植物状態。僕はそれからずっと彼女の世話をし、彼女の両親の反対を半ば強引に押し切る形で承諾を得て婚約。今は某避暑地に構えた別荘にて、仲睦まじく暮らしている。


 そんな美咲が、いつだったか手紙を書いていた。

 書いている場面を見たわけではない。だがいつものように彼女の部屋に行くと、彼女のベッドに備え付けられている机の上に、宛先が書かれた手紙が置かれていたのだ。

 僕はそれを出した。そう、送り主は僕なのだ。書いたのは彼女だが、送ったのは、ポストへと投函したのは僕だ。

 だから怖くない。何せ、送り主と一緒にいるのだから。


 そして手紙の内容を知った僕は、美咲を一生愛し、守ると誓った。


 ■■くん。あなたは●月13日、私を犯して喜んでいましたね。私の夫の首を絞めて、プロレス技を掛けて流血させていたあなたのことを、私はよく覚えていますよ。一度たりとも、忘れた事などありません……


 ■■さん。あなたは夫がいじめられている時、学級委員でありながら止めようともせず、見て見ぬ振りをずっとしていましたね。本を読んでいるフリをして、一ページも進めていなかったあなたの蒼白な顔をよく覚えています。忘れた事などありません……


 ■■■さん。あなたは夫が好きだと言っていましたね。だから私が邪魔で、彼らに私を犯すよう頼んだのでしょう? あのとき私を庇うフリをして、一緒に犯されるあなたが快楽に喘ぐ姿を私は忘れません。忘れた事がありません……


 ■■■さん。あなたはずっと、ただの傍観者でしたね。夫がいじめられている間、ずっと夫を見ていましたね。それが問題になってクラス全体での話し合いになったとき、正義の味方みたいな顔をしてあれこれ言葉を並べている姿、とても腹が立ちました。私は、忘れません……


 忘れません。

 忘れません。

 忘れた事などありません。


 『人を呪わば穴二つ』――人を呪い殺せば自分も死ぬから、結果的に二つの墓穴が必要だと言う意味。

 だがすでに片方がもう人間的に死んでいるのなら、一方的に呪えるのだとしたらどうなるか。


 殺さない。

 壊さない。

 死なせない。

 彼女はただ、毎年同じ日に手紙を書く。

 社会的に殺す。精神を壊す。人として死なせる。だけど命は奪わない。今の自分のように。


 世間では、SNSの秘匿性を利用した指殺人なんて言葉が流行っているけれど、僕からしてみれば、美咲の呪いの方が恐ろしい。

 人間で在りながら、人間でなくなってしまった彼女から送られる呪いの手紙。

 13日の金曜日。彼女が犯され、壊され、人として殺された日に行なわれる静かな処刑。


 美咲は正義だとか偽善だとか、そんなものを振りかざして喜ぶ気などない。

 これはただの復讐で、怨念で、儀式。

 毎年手紙が送られた誰かが不幸に見舞われる度、美咲の体は人として少しずつ元に戻っていく。


 その証拠に十年以上経ち、クラスメイトも半数近くにまで減った今、彼女はまだ自立して動く事こそ出来ないものの、流動食ならば、唇にスプーンを当ててやると食べてくれるようになったし、話を聞かせてやると時折微笑を浮かべ、苦手だった雷がなると、僕の手を握り返してくれるようにまで回復した。


 だから僕は、美咲を守る。

 例え法律が彼女を裁こうとも、例え世間が彼女を罰しようとも、また彼女が、人として殺されたとしても。

 その時は僕が、世界を呪う。

 もう美咲は――大倉美咲は僕のものだ。誰にも奪われて、穢されてたまるものか。


 学生時代は怖くて抗えなかったけれど、今なら何でも出来る。

 それこそ、あのときの復讐だって出来てしまえる。

 だけどそれで僕が投獄なんてされたら、彼女を守ってくれる人がいないから、僕はグッと自分を堪えて、彼女を看る。


 あの13日の金曜日。

 薄れゆく意識の中、最初で最後に唯一僕に「愛している」と言ってくれた彼女を守る。


 時折思うことなのだけれど、もしかしたら彼女に最初に呪われていたのは、僕なのかも知れない。

 『人を呪わば穴二つ』。この穴に入る二人のもう一人はもしかして僕のことではないかと、思う事があるのだ。


 だから僕は婚約したとき、彼女の左手薬指に指輪を嵌めた日に言った。


「僕も、君の掘った墓に入るよ」


 その日が来るまで、あと、何年掛かるだろうか。

 今から、楽しみだ。

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13日の金曜日 七四六明 @mumei

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