牡丹餅とお線香のニオイ

大月クマ

誰だ!?


 友達から聞かされたことがある。


「目をつぶって自分の家を想像してみな。そしたら、家中の全部の窓を開けて……それから、開けた窓を全部閉める。どうだ、誰かに会ったか?」

「そうするとどうなるんだ?」

「会ったのか?」

「会ったけど、顔はよく解らなかった……」

「そうか、会ったか……」


 そう言って友達はニヤニヤ笑っていた。



 ***



「仏壇の牡丹餅食べたでしょ!」


 僕は母親に怒られた。

 春のお彼岸で仏壇にお供えした牡丹餅が、消えているというのだ。


「違うよ、僕じゃない!」

「高学年にもなって、ウソをつくんじゃありません!」


 と、言っても聞いてくれずにゲンコツを食らった。

 大体、僕は友達とさっきまで外で遊んでいたのだ。


 ――犯人を捕まえてやる!


 僕はそいつを突き出せば、疑いが晴れると思ったが、すでに僕は割を食らっている。

 母親に突き出す以上に、僕も仕返しをしてやりたい。


 思いついたのは、テレビで見たミステリードラマの真似事だ。


 僕のウチがあるのは山奥の片田舎。昔からの農家であるから、思えば捜す家の中は結構広い。使っていない部屋などもいっぱいある。

 探偵として行う行動は……まずは犯行現場を調べる事だ。


 ――仏間だ!


 そして、僕は昼間でも薄暗い畳敷きの部屋に向かった。



 ***



 仏間は怖いぐらいに静まりかえっていた。

 ウチはやたらにデカいので、10畳敷きの和室がふたつ、襖で分けられている。そこがウチの仏間だ。

 この仏間が薄暗いのは、畳が傷まないためだとかなんとかで、昼間でもカーテンが閉められていた。その所為もあって、春で少し暖かくなったはずなのに、ここだけ肌寒い。もちろん、畳も冷たい。

 電気を付けると、金ぴかで立派な仏壇が鎮座していた。


 ――誰が取るだろうか? 僕以外となると、誰かだろうか?


 すでに牡丹餅を乗せていたお皿は、片付けられていた。

 都会の親戚のウチに行って初めて知ったが、家にカギをかけるそうだ。だが、僕のウチではカギをかけたことがない。だから、誰でも出入りは自由。とはてっても、奥の仏間まで入ってくるなんで早々いない。

 近所の人でも玄関で立ち話ぐらいだろう。


 ――では、人間ではないのかな? ネコ?


 最初はそう思った。でも、ネコが牡丹餅を食べるだろうか?

 僕の小さい頃は、ペットで飼えなくなったウチの山に捨てに来ることがあった。それで一時期、妙に近所にネコが多くなって、ウチの床下でもミャアミャア鳴いていた。


 でも、まてよ。

 ネコが入ってきて食べたとしたら、母親が「お前が食べた」と、いうだろうか? 


 ――食べ散らかしているような気がする。


 ウチの牡丹餅は大人の拳ぐらいある。ネコがそれを食べるのも大変だろう。全部平らげるとなると、相当な時間が掛かるはずだ。キレイに片付けられているとすると、そのまえに


「イタズラしただろう」


 と、怒られないか?


 ――だとしたら、大きな犬ならどうだ?


 パクリと食べてしまえば、食い散らかした跡などないはずだ。

 それも無理がある。

 そんな大きな犬が入ってきたら、いくら何でも母親は気が付くし、畳にも犬の足跡が付くだろう。


 ――じゃあ誰が取ったんだ?


 ますます分からない。

 こういうときは……そうだ!

 僕がおやつに食べる予定だった牡丹餅がまだある。あるにはあるが、母親が「仏壇のを食べただろう」と、取り上げられて台所の戸棚の中にしまわれている。

 それを囮に『真犯人』が現れないだろうか?


「――おかあさん! 回覧板、おいてくるから!」


 丁度、遠くから母親の声が聞こえた。


 ――しめた!


 今しかない。

 僕は台所にすっ飛んでいくと、戸棚の中には皿に並べられた牡丹餅がふたつ。それを持って再び仏間に戻ると、仏壇に供えて手を合わせる。

 それから、サッと襖の陰に隠れて様子を見た。


 ――もしかしたら、また現れるかもしれない。


 よくテレビのミステリーでは「犯人は現場に戻る」というではないか。



 ***



 どれだけ待ったか……コチコチと仏間にある古時計が鳴っている。

 いくら待っても、は現れない。


 ――テレビドラマみたいにはならないか……


 そう思っていると、妙に鼻につくニオイが漂ってきた。朝よくこの部屋から出てくるニオイ……そう、お線香のニオイだ。


 ――なんでそんなニオイが……


「――何があるの?」


 と、突然、僕の耳元で母親の声ではない女の人の声が聞こえた。

 そっと目線だけを向けると、白い顔がそこにあった。


「ひっ!」


 いつの間に現れたのだろうか!

 僕の真横に、女の人がいた。その人は、僕の見つめる仏壇のほうを一緒に見ている。


「そんなにビックリすることはないでしょ?」


 その人は不思議そうな顔をするが、突然、気配もなく隣に現れたら、驚いて当たり前だ。


「だっ、誰だ!?」


 僕の問いに答える事もなく、僕と同じぐらいに屈んでいた身体がスッと伸びる。僕よりも背が高く、大人の人……いや、お姉さんといったほうがいいか。

 高校生ぐらいの女の人だ。


「あっ、また出してくれた!」


 その女の人は足音も立てずに、仏壇の牡丹餅に近づいていった。そして、その細い指で餅を手に取ると、パクパクッとアッという間に食べてしまったではないか。

 まるで自分のもののように……。


「だっ、誰だ!?」

「誰って? アタシのこと?」


 その女の人は細い指先に付いたアンコをなめ取ると、不思議な微笑みを浮かべた。

 妙な人だ。

 鮮やかなピンクの花のかんざしで白い髪の毛を止め、すこし幼い白い顔に、白い着物を着ていた。白い着物の下の襦袢インナーや帯は派手な赤い色をしている。先ほど嗅いだお線香のニオイは、この人が発していた。


「さあ、誰でしょう……」


 人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべると、鼻歌を歌い出し、お線香のニオイが僕の前をスッと通っていく。

 そのまま女の人は、仏間を抜けて行ってしまった。


「待って!」


 真犯人を逃がすわけにはいかない。

 僕は追いかけた。

 その女性の後ろ姿も見え、お線香のニオイも残っている。

 廊下を通って、裏の離れへ向かう渡り廊下のほうへ姿を消した。


 ――この先は行き止まりだ。


 離れは、昔、茶室とかに使っていたらしいが、今は空き部屋になっている。渡り廊下から見える縁側にある窓以外は、出入りすることは不可能だ。


 ――そんなところから、牡丹餅泥棒の女の人は入ってきたのか?


 妙な感じがしたが、お線香のニオイに遅れて僕は離れに入った。


「あれ!?」


 僕が入った離れには……誰もいない。渡り廊下から見えた窓から出た気配すらない。音もしなかったのだ。隠れるような場所もない。


 ただ、ホコリのニオイに混じってお香の香りがするだけだ。


「どういう……」


 突然、僕は背中がゾクゾクしてきた。


 ――消えた……あの女の人が消えたということだけが、残された。


「こんなところで何しているのよ」

「わぁー!」


 突然、声を掛けられて僕は大声を上げた。母親の声だ。いつの間にか後ろに立っていた。

 使っていない離れで、ボッと突っ立っていた僕が不思議に思ったらしい。


 そして、僕は会った女の人の話をした。その人が牡丹餅を食べたのだと。


「ウソおっしゃい。また食べたの!」


 僕が取り上げられた牡丹餅を、真犯人をおびき寄せる囮に使ったのだ。が、それを母親はやはり僕が食べたことにされた。


 あの人は一体、誰だったのか?


 その後、しばらく僕は仏間にも、離れにも近づかなかった。

 でも、お線香のニオイがしてくると、怖いながらもあの人に会えるのではないかと、そっと仏間を覗いてみる。







「――何があるの?」



<了>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

牡丹餅とお線香のニオイ 大月クマ @smurakam1978

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説