ミステリー研究会(廃部済み)へようこそ!

成井露丸

部室に死体が転がってました!

 青龍中学AI研究会の部室である理科準備室。

 赤い液体のついた両手を神崎かんざき正機まさきは震わせていた。


「――やってしまった! ……俺はなんてことをしてしまったんだ! アスカを……アスカを殺してしまうなんて。どうする? どうすればいい?」


 口元から血を垂らしたアスカが、机に上にぐったりとした様子で横たわっている。

 神崎は暗がりの中で左右を見回す。――目撃者はいないようだ。

 なんとか犯行を隠蔽しなければならない。彼はやおら顔を上げ、目を見開いた。


「そうだ、事故だ――。事故に見せかけるんだ! そうすればきっと――」


 そう呟くと男は机から二つの物体を取り上げ、その死体の左右へと置く。

 そして満足気に頷くと、男はその机に背を向けた。


 ☆


「ミステリーでは『とりあえず死体を転がせ』って言うけどね。リコ、これってどうなんだろう?」


 放課後の理科準備室に入ってきた姫宮ひめみや飛鳥あすかは思わず腕を組んだ。

 遅れて入ってきた一ノ瀬いちのせ莉子りこがその後ろから机の上を覗き込む。


「どーしたの? あーちゃん? ……って、わっ! 死体だっ!」


 机の上には確かに死体が転がっていた。

 エヴァンゲリオンのキャラクター惣流アスカラングレーのフィギュアが血糊の上に倒れている。――ご丁寧に口元から血を流して。


「なにこれ? ミステリ―なの、あーちゃん? これミステリーが始まっちゃうやつなの?」

「あ、いいね。フフフ。名探偵ヒメミヤアスカ見参!」


 親友の振りに、鹿撃ち帽のつばを下ろすポーズをとってみせる姫宮飛鳥。


 自称名探偵ヒメミヤアスカと情報屋のイチノセ。二人は元々ミステリー研究会に所属していた仲良しコンビなのだ。なお故あってミステリー研究会は三月いっぱいで廃部になり、さらに故あって姫宮飛鳥はAI研究会に入部しているのだが。なお夏休みにはジュニアAI選手権の全国大会に出場したりした。(そのあたりの詳細は元作品『ジュニアAI選手権へようこそ!』をお読みいただければ幸いである)


「誰だろうね? こんな変なこと――もとい殺人事件を起こしたのは?」


 一度、ミステリー設定から素に戻りかけたが、一ノ瀬莉子は持ちこたえた。


「きっとこれが――犯人の残した暗号なのよ。それとも証拠隠滅のための工作?」

「凶器かもしれないわよ?」

「それともアスカからのダイイングメッセージ?」

「それはないわー。あーちゃん、流石に〜」


 倒れたアスカの左右には、それを挟んで、AI研究会の自作ロボット「アズールドラゴン2号」とJR特急列車サンダーバードの模型が向き合うように置かれていた。

 なおAI研究会には姫宮飛鳥の他にAI担当の天才へんたいイケメン神崎正機とハードウェア担当の倉持くらもち大夢ひろむがいる。ちなみにAI研究会は部室として理科準備室を鉄道研究会と共有しており、サンダーバードは明らかの鉄道研究会の備品である。


「これがミステリー小説なら、どんな展開があるのかな〜。あーちゃん?」

「うーん。これはやっぱり倒叙とうじょじゃないかなぁ」

「倒叙かぁー。倒叙ってあれだよね? 初めに犯人の殺人シーンから始まって、それが誰かを当てるやつ」

「そうそう、それそれ。――まあ、その場合、どうせ犯人は神崎くんとかだろうから、私が『犯人はお前だっ!』(ビシィ)ってやってお終いなんだけどねー」

「あははは、わかる。でもなんで倒叙? 他にも死体が転がるところから始まるミステリーってあると思うけれど?」


 姫宮飛鳥がAI研究会に入ってから飢え気味だったミステリー話に目を輝かせる二人。


「えっとね。本庄照ってカクヨム作家が『ミステリの書き方講座』って短編作品で言ってたの。『キャラミス』『倒叙』『日常』が三大王道だって」

「誰よそれ? カクヨムって……KADOKAWAが運営している小説投稿サイトだっけ?」

「そうそう。そこで今KACって短編イベントやっていて、テーマが『「ホラー」or「ミステリー」』なんだけど、その作品がダントツの一位なの。あ、詳しくはこのURLから見てね。https://kakuyomu.jp/works/16816452219122454801

「へ~、そうなんだ。ていうか何そのテーマ? テーマっていうかジャンルじゃない?」

「まぁまぁ、それは言わない約束なんだって。――あ、あと本庄さんは、その三つに足して『叙述トリック』もあげてたよ」

「うーん。なんかそれもジャンルと構成とトリックの話が混じっているような……」

「まぁまぁ、リコ、固いこと言わない〜」


 そんなこんなで二人はひとしきりミステリー話に花を咲かせる。


「でもなんでアスカなんだろね。もしかして飛鳥あすかとかけてたりして? これはアスカをあーちゃんに見立てた、見立て殺人!?」

「ちょっと怖いよリコ! って、あと見立て殺人の意味がちょっと違う気もする」

「あ、バレたか。でもホント、どうしてアスカなのかなぁ?」

「どうせ神崎くんが週末にシンエヴァを見てきたとか、そういうのじゃないかな?」

「あ、ありそう〜。じゃあ、それで一件落着?」

「うーん、謎解きにも何にもなってない気がするけど。……あ、いけない。今日、職員室に届いてる荷物、取りに行かないといけないんだった!」

「あ、そうなの? あたしも新聞部に行かなきゃだし、一緒に行くよ?」

「本当? じゃあ、行こっか?」


 そう言うと姫宮飛鳥は一ノ瀬莉子と連れだって理科準備室の扉から出て行った。


 そんな二人の背中を見送ると、は身を隠していたロッカーの影から、理科準備室の中央へと躍り出たのです。――華麗に。――キャッツアイのように。


 皆さん初めまして。わたくし藤堂とうどう友加里ゆかりと申しますの。神崎くんの所属するAI研究会と同じ部屋を共有する鉄道研究会の部長をしておりまして、いわば同棲関係のようなものですわね。――いやだわ、恥ずかしい。


 ええ、皆さんもうお気づきでしょうね。そうこの机の上の殺人事件。実は犯人は私ですの。ちょうどカクヨムのKAC20214のテーマが「ミステリー」でしたから、これを機にいつも名探偵気取りの姫宮飛鳥さんの実力とやらを試させていただこうと思いましたの。

 ジュニアAI選手権への挑戦では一時的に神崎くんのパートナーの座を譲りましたけれど、わたくし本当はまだあの子のことを認めておりませんのよ?

 神崎くんの隣にはこのわたくし、鉄道研究会部長――藤堂友加里こそ相応しいんですから!

 だから今日は試させていただきましたの。姫宮さんの名探偵としての実力の程を。――でもとんだ期待はずれでしたわね。


 まぁ、アスカが姫宮飛鳥あすかに掛けたものだって気づいた一ノ瀬さんは流石と言えるのかもしれません。でも足りなかったですわね。


 ではここで皆さんには特別に真相をお教えしますわ。え? 「難しいトリックは勘弁」ですって? ほほほ、心配ありませんでしてよ? これはとても簡単なメッセージですから。とてもシンプルですのよ。

 これはただの象徴の配置。

 「アズールドラゴン2号」はAI研究会すなわち神崎くんを表し、美しき特急列車サンダーバードは鉄道研究会すなわちわたくし藤堂友香里を表しておりますの。

 その二人が向き合い、見つめ合い、その愛に当てられてアスカ――つまり姫宮飛鳥さんが血を吐いて息絶えた――というお話ですわ。ええ、とても簡単でしょう?


 普通に考えればわかるお話ですのよ?

 これがわからないなんて姫宮さんもまだまだですわね!

 やっぱり神崎くんの隣にはわたくしこそ、ふさわしいんですわ!


 オーッホッホッホ〜! オーッホッホッホ〜! 


 ……あ、いけない。私も職員室に用事があったんでしたわ。

 ではこの辺りで失礼いたします――。



 ☆



「――って内容が部室のモニターカメラに記録されていたんだお〜。何だかな〜って感じだよね〜」

「――俺の犯行は……全て機関に監視されていたんだな? ――クラヌンティウス」


 理科実験室の机でノートパソコンを広げて倉持大夢は一連の様子を動画再生して見ていた。試しに昨日設置してみたモニターカメラに映っていたものだ。

 その側で長身イケメンの男子中学生が血糊の上にアスカが倒れたままの机に背を向けて立っている。口元に邪悪な笑みを浮かべながら。――なお、ただの中二病。


「ややこしいから中二病の犯人ごっこはやめれ、神崎氏〜。ていうかなんなん? 『アスカを殺してしまった!』とか『そうだ事故だ――。事故に見せかけるんだ!』とか。三流サスペンス感が凄かったお〜」

「いや、あれはだな、王道に従って倒叙の始まりをだな、クラヌンティウス……」


 なおクラヌンティウスというのは倉持大夢のあだ名である。


「――ていうかロボットとサンダーバードに左右からぶつかられて死ぬ状況は令和的にありえないお〜」

「いや平成でも無いから。でもまぁ、やはりエヴァだからな。なんでもアリだ」

「ていうか神崎氏、シンエヴァ見に行った?」

「――まだだが? まさか、クラヌンティウス……?」

「フッフッフー。実は週末に行ってきたんだお〜」

「な、なにいぃぃー! この裏切り者ォ〜!」

「自分には自由意志に従いシンエヴァを観に行く権利があるのでありますっ! 長官!」


 突然敬礼する倉持大夢。「うぐっ」と神崎は数歩後ずさった。


「ていうか神崎氏、あすかりんを誘ってみたらいいんだお。知ってるお〜、夏休みの終わりくらいから二人が仲良いの」

「ば……馬鹿者! あ、アスカリーナとは、そういう関係ではない! ……あ」


 思わず力を入れてしまって、手にしていたアスカの人形の首をポキリと折ってしまった。――なんだか大惨事である。

 その時、理科準備室の扉が勢いよく開いて日光と共に少女が飛び込んできた。


「――ただいま〜、って、アッ!」


 職員室から帰ってきた姫宮飛鳥は、その光景を目撃する。

 血糊の付いたアスカのフィギュアを手にして、その首を見事に折った神崎正機の姿を。

 姫宮飛鳥はキリリと眉を寄せるとすかさず神崎に人差し指をビシィと突き立てた。


「――犯人はお前だっ!」


 そんなこんなで今日も青龍中学AI研究会の日常は続くのである。


(了)



 

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