第2話 斎宮紫宇とituki

綺麗で甘い、はちみつのような声。いや、どちらかというとカーテン越しに伝う朝のはちみつ色の緩やかな光、それに近い、そんな声。

ずっと、ずっと聴いていたいような小鳥のさえずりのようで。

うたた寝のそばに欲しい、そんな優しい声だった。

声の持ち主は通称、Mia(みあ)。性別不明、年齢不明、誰も顔なんて見たことがない。確かなのはMiaの声だけだった。その声は誰をも虜にした。

俺はそんな謎多きの存在のスターに曲を提供することになる有名作詞作曲家とituki(いつき)であった。でも、そんな俺でも会ったことなんて一度もなかった。








斎宮 紫宇(いつき しう)。それが俺の名前。シウって呼びづらいからか幼なじみのアキこと暁(あきら)かからはシュウって呼ばれている。他の友人達も大半はシュウって俺のことを呼ぶ

しかし、俺にはもうひとつの名があるのだ。

「......はあ」

長時間のパソコンの見すぎに眉間をつまむ。んんんんん、疲れた。眠い。もう嫌...。学校までの時間、俺は大学への進学を機に始めていたことがあった。それは曲作り。小さい頃から音楽が好きだった。しかし、歌うことに自身はなく人前で歌うことなんて出来なかった。それでも音楽に携わりたかった。ずっとずっと。小学一年生から習っていたピアノも好きだったが、上手くはなかった。リコーダーなんて酷かった。ヴァイオリンは本当はずっとやりたかった。でも、やらなかった。そうして辿り着いたのは曲を生み出すことだった。誰かに自分の音楽を歌ってもらうことが自分の音楽だった。そして、歌ってもらえることが何よりも嬉しかった。

曲を作り出して一年が経った頃、俺は自身の作詞作曲家名義を作った。本格的に曲をネット中心にあげるようになった。そうしてその名義、ituki(いつき)にあるメールが届いた。そのメールには、

『はじめまして、ituki。わたしはMia(みあ)。どうか、あなたの音楽をわたしに託してはみませんか。後悔はさせない。』

と。大学2年生へとあがろうとしていた3月終わり。あと1週間程で4月になろうとしていた、そんな時期に俺はMiaにであった。そうして俺はMiaからのメールをそのまま無視した。

「......誰、こっわ......ネットコワイ......。」






謎の勧誘?メールから2週間が経った。どうしてか、あのメールを送ってきたMiaが気になりすぎていつものように曲を作るに作れなかった。集中できなくなっていた。大学の授業もうわの空だった。

「シュウ、最近なんか変だな。」

アキが俺を心配していた。

「......マジ?」

自分でも無意識だった。いつも通りやれていると思っていた。

「ねえ、アキ。」

俺は意を決してアキにMiaの事を話した。アキは俺が音楽を作っていることを知っている者のひとりだ。まあ、知っているのはアキともう一人の幼なじみのハナちゃんぐらいだが。

「......」

話し終えてからごくりと生唾をのんだ。アキはどう思ったのか。アキならどうしていたのか。

「なあ、シュウ。声は聴いたのか?」

「!!」

......声。そうだ、俺はまだあいつの声を聴いていなかった。そうだ、そうだった。

「き、聴く!!!!」

授業中の部屋に俺の声が響き渡ってしまった。






俺は午後の授業の事などそっちのけで、大学を後にした。家へ帰ったのだ。アキにはごめん!と何度も謝った。今度、アキにラーメンでも奢るという約束で。

一人暮らしにはだいぶ広すぎる部屋に飛び込むように入った。広い部屋には時計の音がだけがある。時計の針がチク、タク、チク、タクと耳にくる。いつもならそんな事を考えているがそんなことよりも、通称、「作業部屋」とそれっぽい名前で呼んでいる部屋へ直行した。

パソコンを勢いよく開く。


『はじめまして、Mia。メッセージをありがとう。私はituki。あなたの声を聴かせて。』


これが俺、itukiとMiaのはじめてのコンタクトとなる。そして俺はMiaと出逢い、人生がかわったのだ。




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