文字の水面を揺蕩う

まっく

文字の水面を揺蕩う

 雲一つない昼下がり。

 僕はベッドを背もたれにして、スマホを覗き込んでいる。

 おうち時間を有効に使うために苦心している人も多いと聞くが、元から出不精で、食料の供給さえあれば、一生外に出なくてもいいと思っている僕の余暇の使い方は、今までと変わらない。おうち時間が一番の幸せだ。


 スマホの画面には、小説投稿サイトに投稿された小説が映し出されている。

 無料だし、素人作家が書いているとはいえ、それなりに読める物が多い。

 息継ぎが出来ないほどリーダビリティーの高い作品や、バタフライを強いられるような高尚な文学では、たちまち疲弊してしまう。

 文字の水面を揺蕩たゆたうようにおよぎたい、軟弱な文字中毒者の僕にとっては、それなりくらいがちょうどいいのである。


 読むジャンルは「ホラー」or「ミステリー」が中心で、他はちょぼちょぼ。

 流行りのタイトルがあらすじみたいになっている作品は、それだけでお腹いっぱいになってしまって、中身まで読む気にはなれないので、未だに読んだことはない。


 ピロリンとスマホが音をたてる。幼馴染みの陽菜はるなからだ。

 既読スルーをすると、もう大変なことになってしまうので、とりあえず気付かないフリをしておく。それに内容は見なくても分かるし。


 フォローしている作家が、立て続けに三つ新作を公開していたので、今日はまず、それを読んでしまう予定だ。

 この作家は、まさに「KING of それなり」の称号が相応しい。

 まるで、僕の為に書いているのではないかと思うくらいで、このサイトの読者の多くは見向きもしないはずだ。


 まずは『不自由なおうち時間』というタイトル。ジャンルはミステリー。


 ある女の家に男が押し入って、立て籠り事件が発生してしまう。

 どこか飄々とした女の物言いに激昂する犯人。しかし、会話を重ねていくうちに、徐々に立場が逆転していき、最後には意外な解決策を見つけるというストーリーだった。

 伏線もちゃんと張ってあり、回収も出来ている。

 ちょうど、お薦めするほどでもないギリギリのラインの作品と言えるのではないか。

 僕にとっては大満足である。


 次は『走ル?』というタイトル。

 僕にとっては好ましくない言葉がタイトルになっているのだが、しかし、ジャンルがホラーなので、読まない選択肢はない。


 ページを開こうとした時に、再び、スマホが音をたてる。陽菜である。

 この幼馴染みは、小さい頃から、僕を家の外に連れ出すのを生き甲斐としているのだ。

 彼女の口癖は「部屋から出ないで、また一日を無駄にするつもり?」である。いったい、何度聞いたことやら。

 だいたい、僕は無駄だとは思っていない。

 それに一日くらい無駄にしたって、どうってことはない。そうは思わないのだろうか。


 何年経とうが、このご時世だろうが、その意欲は衰えを知らない。

 初めて陽菜と目を合わせた時には、理解していたのだと思う。この娘は自分のアイデンティティーを脅かす危険な存在だが、決してそれには抗えないのだと。直観だか、直感だか分からないが、そういった類いのもので。


 さて『走ル?』は、ホラーというには微妙な感じの作品である。不思議な世界観で、いまいち何が言いたいのか分からない。

 物語自体がメタファーになっているのだろうか。

 人によって、基準が違うのも当たり前だし、そもそも全ての常識における前提が合っている根拠は何なのか。みたいな事を言いたいのかもしれない。

 これを読んでも、まずは伝わらないだろうし、そもそもこの作家が、そんな事を考えている可能性はゼロに等しいのではないだろうか。

 ならば、ただの駄文。

 しかし、僕が文字の水面を揺蕩うには、むしろ好ましい文章と言えるだろう。


 最後は『星の瞬きのように』というタイトルで、ジャンルは恋愛。


 このタイトルで恋愛だと、切ない系だと推測して読み進めたが、まさにその通りだった。

 それなりに美しい表現を重ねた、くどくなく洗練されてもいない僕好みの作品だ。

 そして、物語に出てくる山、カンチェンジュンガ。

 確か、標高が世界第三位の山だったはずだ。

 読んだ限り、山には全く詳しくなさそうなので、普通なら一位のエベレストを選びそうなものだが、そこをあえての三位。

 この控え目なのか、自己主張を出してきたのか微妙な所が、また好ましい。

 この揺蕩いを、ずっと味わっていたい。


 そんな至福の時間を切り裂くように、スマホが震えながら音をたてる。

 例によって、陽菜から。


 用件は、ジョギングのお誘いで間違いないはずだ。

 彼女は、少なからずおうち時間を強いられるようになり、それを一気に解消するがごとく、走るという行為にハマってしまったのである。

 当然のように、それに付き合わされる僕。

 この間は、少しお高めのジョギングシューズを、陽菜の見立てで買わされる始末。で、「せっかく買ったんだから」の追い込みを誘発する悪循環。


 鳴っているスマホをベッドに放る。


 とりあえず、出掛ける準備と現実逃避を兼ねた効率的な行動に出ておく。


 急いで立ち上がりカーテンを閉め、熱いシャワーを浴びる為に、 風呂場へと向かった。

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