青タヌキからどこにでも行けるドアをもらった話

無月弟(無月蒼)

青タヌキからどこにでも行けるドアをもらった話

 神様。それは尊いもの。

 俺達人間や自然、動物や植物のことを守ってくれる敬うべき存在で、昔から崇高なものと教えられてきた。


 ただ、俺が出会ったあの神様は、尊いと言うかなんと言うか。


 少し話をしよう。これは俺が、青い毛並みのタヌキの神様と出会い、そして夢のアイテムをもらったお話だ。



 ◇◆◇◆



 俺の名前はノブタ。ごく普通の独身サラリーマンなんだけど、そんな俺に信じられない事が起きた。


 事の発端は偶然、山から降りてきて怪我しているタヌキを見つけて手当てしたこと。

 その夜自宅のアパートでくつろいでいると、玄関の戸をトントンと叩く音が聞こえて。

 開けてみたらいたんだよ。巨大な青いタヌキが!


「こんにちは、ぼくタヌえもんです!」


 人間くらいの大きさがある、巨大な青い色をした喋るタヌキ。しかも何故かお腹には、カンガルーみたいなポケットがついているから不思議だ。

 当然俺は目が点になったけど、タヌえもんは構わず話をしてくる。


 なんでもタヌえもんはタヌキの神様で、昼間俺が助けたタヌキはコイツの子分。

 助けてくれたお礼をしに来たのだそうだ。


 ……って、ちょっと待て! やけにフレンドリーに話しかけてくるし、俺が想像していた神様とは大分違うんだけど!

 尊さは? 崇高さはどこ行った!?


 しかしタヌえもんはそんな俺の心情などお構いなしに、話を進めてくる。


「ノブタくんにこれをあげよう。ジャーン、どこにでも行けるドア~」


 タヌえもんがお腹のポケットから取り出したのは、ピンク色をしたドア。

 行きたい場所を言ってから開けるとその場所に通じているという、その名の通りのどこにでも行けるドアとのこと。

 と言うか、これって……。


「ど、どこでもド……」

「どこにでも行けるドア!」


 途中で言葉を遮られてしまった。OK、深くは考えないことにしよう。


「このドアのことは誰かに話しても良いけど、お金儲けに使ったらダメだよ。もしもそんなことをしたら君を山の奥に連れて行って、ホンワカパッパの刑にしちゃうからね」


 何だよホンワカパッパの刑って!?

 何かは全く分からないけど、神様の言うことだ。逆らわない方がいいよな。


「それじゃあ大事に使ってね。バイバーイ」


 そうして、タヌえもんは行ってしまった。

 残されたのは、どこにでも行けるドア。頬をつねってみたけど痛いから、どうやら夢ではないらしい。


 待て待て待て。

 ということは俺、子供の頃から欲しかった、あのアニメでお馴染みのドアを手に入れたってことか!?


 よっしゃー! これを使って色んな所に行きまくるぞー!


 ありがとうタヌえもん。なんだか全然神様っぽくない神様だったけど、とにかくありがとう!



 ◇◆◇◆



 どこにでも行けるドアをもらってから3か月後。

 この日俺はドアを使って、幼馴染みのフジオに会いに行った。


 遠くに引っ越してしまっていて、何年も会ってなかった幼馴染。

 フジオは俺が出てきたどこにでも行けるドアをまじまじと見ている。


「お前うまいことやったな。羨ましいぜ」

「うーん、それがな。思ったほど使い勝手がよくないんだ」

「どういうことだよ。何かペナルティでもあるのか?」

「そうじゃないんだけどな」


 俺はドアを手に入れて最初、イタリアのサン・マルコ広場に行ったんだ。前から一度、行ってみたかったんだよな。

 けど突然出現したドアから現れた俺を見て、イタリア市民騒然。警察がやって来てパスポートの提示を求められたけど、持っていなくて。

 慌ててドアの中に逃げ帰った。


「外国に行くのはダメだな。不法入国になっちまう」

「よく考えりゃそうだよな。けど、国内にだって行きたい場所はあるだろ」

「それがなあ」


 京都の金閣寺に行った時の事を思い出す。

 黄金に輝く金閣寺は綺麗だった。綺麗だったのだが。


「考えてもみろ。俺は常に、デカいドアを持ち歩かなきゃならなないんだ。動きにくいったらありゃしない」

「なるほど、ドアを持ち歩いての観光か。なかなかシュールな光景だな」

「小さい子供は俺のこと指差して「ママー、あのおじさん変ー」って言ってくるしよ。恥ずかしかったぞ」


 みんな金閣寺よりもドア抱えながら観光している俺に興味津々で、写真を撮ってくるやつもいた。

 ドアを持ち歩いてるなんて、完全にヤバイやつだよな。


「彼女と一緒に千葉県のネズミの国にも行ったんだけどさ。ドア持ってたらどのアトラクションにも入れないんだ」

「そりゃあそうだろうな。スタッフも困ってたんじゃないのか?」

「ああ。預かってもらおうとサービスカウンターに行ったけど、「お客様、申し訳ありませんがドアの預かりは行っておりません」だってさ」


 いくら夢の国でも、ドアの預かりサービスはしてくれなかった。

 あの時のスタッフ、半笑いだったなあ。


「彼女からは「普通のデートの方がよかった」って、不機嫌そうに言われたよ」

「そのドアが観光に行くのに向いてないのはわかった。けど通勤になら使えるんじゃないか? 前に片道一時間かけて通勤しなきゃいけないって、ぼやいてただろ」

「通勤したは良いけど、置き場所がないからなあ。オフィスに置いてたら、上司に怒られた」


 当たり前だ。こんなデカい物、邪魔でしょうがない。ロッカーに入る大きさでもないしな。


「瞬時にどこにでも行けるのはいいんだけど、問題は行った後。持ち運びや置場所に困るんだよな。コイツを担いでスーパーで買い物してたら、みんな関わるまいと避けていくんだ」

「移動には便利だけど、持ち運びには不便ってわけか。そういえば少し前にネットで、ドアを抱えた『ドアおじさん』が日本中に出るって都市伝説が話題になってたけど、それってもしかしなくてもお前のことか?」

「それには触れてくれるな」


 行った先でどこかに置いておこうかとも思ったけど、それだと誰かに持ち逃げされる危険がある。どこにでも行けるドアなんて、誰もが欲しがるだろうからなあ。

 まあ案外不便ではあるんだけど、その不便さを知らなかったらみんな欲しがるはず。そうだろう。

 盗まれて帰れなくなるなんて、まっぴら御免だ。


「使ってみてわかったよ。あのアニメでお馴染みのドアは、収納できるポケットがあるからこそ便利なんだって」

「確かにそうかもな。せっかく夢のアイテムを手にいれたってのに、残念だな」

「まあな。けど全く使えないってわけでもないから、やっぱり手放せないんだけどな。今日こうしてお前と会えたのだって、このドアのおかげだし」


 今俺たちがいるフジオの部屋の中には、ピンク色のドアが鎮座している。

 やはり場所を取ってしまっているけど、フジオと駄弁る分にはさほど問題はない。


「観光にいけない。出勤にも使えない。思ったけど役には立たないけど、遠くにいる友達に会えるのなら、それで十分なのかもしれないな」

「かもな。よし、今夜は再会を祝して、とことん飲むぞ!」


 こうして俺たちは、日付が変わるまで飲みあかした。

 いくら遅くなっても、ドアを潜るだけで帰れるのだから気楽なもんだ。


 タヌえもん、どこにでも行けるドアをくれてありがとう。

 おかげで幼馴染みと、楽しい時間を過ごせたよ。


 ちょっと変なやつだったけど、やっぱり神様は尊い存在だ。

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