ご褒美☆アップデート!

葎屋敷

ご褒美☆アップデート!

 ここは決戦の地だ。


「くらえ! ラスト・ファイナル・エンド!」

「ぐわぁ! なんてダサいネーミングセンス!」


 私の腕から放たれた枕が鋭い直線を描き、友の顔に直撃する。


「見たか! これが私の必殺技だ!」

「枕投げで必殺技?」

「意味が重複してたねぇ」


 渾身の一撃を見せたにも関わらず、飛んでくるのは野次ばかり。私は思わず顔を歪めた。




 修学旅行の夜にて、私たち十人の女子生徒は同じ大部屋で眠ることとなり、枕投げに興じている。


 始めには複数のチームに分かれ、敵の顔面へのヒット数を競っていた。しかし皆すぐにその数を忘れ、枕投げ大会は混沌を極めていた。


 なんかとりあえず相手の顔面に枕をぶつけよう。そんな蛮勇を極めた戦いの成れの果て。当然、皆、疲れ始めていた。


「もう疲れちゃった……。そろそろ寝ない?」

「待った! まだ合宿の定番、恋バナがまだだよ!」


 誰からともなく放たれた就寝の提案。眠たそうにする気持ちもわかるが、合宿の定番、恋バナをせずには寝られない。キュンキュンする話でキャーキャー騒ぎたい。


「とりあえず枕投げはここで停戦! 恋バナやろう! ほら、みんなふとんに潜って!」

「いいね、いいねぇ!」

「元気だなぁ。ふぁあ」

「このまま寝たい……」


 私と同様にノリノリな輩がいる他方で、半ば夢の世界へ飛び立とうと欠伸をしている輩も複数いる。

 私は焦った。この場の全員から恋バナを聞き出さなければ眠れない!

 そこで私はこの場の全員が興味を持ちそうな人物に話を振った。


「あ、星井さん! 星井さんは恋バナどう!?」

「え、私?」


 星井さん。彼女は学校一の美女だ。顔がシュッとしていて、一重が印象的な大きな瞳が人々を魅了する。笑えば男子どころか女子もメロメロ! そんな彼女の恋バナだ。みんな聞きたいに決まっている。


「そう、星井さん! モテモテだし、恋バナの一個や二個、あるよね?」


 学校のマドンナ、星井さんの恋バナにはやはり皆興味があるらしい。黙って星井さんの方を見つめている。


「いや、全然だよ。私なんて」

「またまたぁ、そんなこと言っちゃって!」

「ううん、本当に話せるような恋バナなんてないの」

「ひとつでいいから! なんならジュースとか奢るから!」

「うふふ。そんなに聞きたいの? でも困ったなぁ。私に恋バナなんて……。あ、でも」


 星井さんが黙り込み、なにかを考え始める。その様子に、私は期待で胸を膨らませた。


「なになに!? なんか恋バナあった?」

「うーん。まあ、ちょっとだけ」

「え、ホントに? 聞きたーい!」

「うふふ。じゃあ早速話すね」


 星井さんの唇に、彼女の綺麗に揃えられた手が重なる。口元を上品に隠すその姿は、大和撫子そのものだ。


「あ、でもジュースはいらないからね? 代わりのご褒美はもらうけど」

「ご褒美? なにあげればいいの?」

「うふふ。秘密。あとで教えてあげるね。大丈夫。なにか買ってもらったりするわけじゃないから」


 そう言って星井さんもいたずらっぽく笑みを浮かべる。小悪魔属性も持っているとは、恐れ入った。ご褒美の内容はわからないが、一発芸とかなら喜んでしようと思う。





「ふう……。じゃあ、話すね?


 これはとある小学生の女の子のお話。その子は一重がコンプレックスの女の子だったの。


 彼女は自分の顔の自信がないから俯いてばかりだったの。劣等感を感じているからか、積極的に他人と交流も持たなかった。

 そんな彼女が変われたのは、その子が小学五年生のとき。同じクラスの男子を好きになったの。その子は必死に努力したわ。おしゃれも学んで、ダイエットもしたわ。そして一重が映えるスッキリとした子になったの」


 こ、これは……。もしかしなくても星井さんの小学生のときの恋バナ。一重で可愛い女の子。間違いない。なんてかわいい恋のエピソードを持っているんだろう。私はにやけるのを抑えられない。

 私はウキウキしながら、その恋バナの続きを待った。


「だから、羨ましいなーって思って」





 うん?


 私は星井さんのその言葉がよくわからなかった。話が繋がっていないように思えたのだ。


 羨ましい? なにが? 今は星井さんが羨ましがるようなものなど、なにも話には出てきていなかった。

 首を傾げる私を気にせず、星井さんは話を続ける。


「その子、すごく可愛くなれたの。自信が溢れるようになって、ついには意中の男の子も振り向いてくれて。いいなーって思ったの。その一重が私にもあったらな、って」

「……え? ねえ、星井さん。もしかしてその女の子、星井さんじゃないの?」


 もしかしたら星井さんが「話せるような恋バナなんてない」と言ったのは嘘ではなく、彼女は友達の恋の話を仕方なく披露しているだけなのだろうか。真実を確かめるべく、私は彼女の話に口を挟む。

 しかし、星井さんは反応しない。私を無視し、自分の話を続ける。


「だからね、その子の一重、もらったの」

「……え? えっと、星井さん。それどういう――」

「でも、最近やっぱり二重が可愛いなぁって思うようになったの。やっぱり流行は更新されていくものよね」


 星井さんの目の焦点が先程からこちらに合わない。じっと空を見つめている。その様子に、私はなぜだか背筋が凍るような感覚を覚えた。


「も、もう! 星井さんも冗談言うんだねぇ。一重もらったって……。目蓋は人にあげられないよー。ね、みんな?」


 私はその場の重苦しい雰囲気を払おうとして、努めて声を明るくした。そして他の子たちにも増援を頼みたくて、それまで星井さんにロックしていた目線を動かした。


「え……? ちょ、みんな寝ちゃった?」


 今まで星井さんの話を黙って聞いていると思っていたみんなは、いつの間にか布団の中ですやすやと眠っていた。浅く繰り返されるみんなの呼吸は規則正しくて、きょろきょろと周りを見渡している私の呼吸だけが不規則に乱れていた。


「ちょっと、みんな。まだ星井さん話してるんだから、ちゃんと聞こうよ。……ねえ。ねえ、みんな!」


 徐々に自分の声が荒れていくのがわかる。大きな声で呼んでいるにも関わらず、誰も起きないことに違和感を覚えた。

 自分の中に不安が渦を巻いているのがわかる。しかし自分がここまで動揺している理由がはっきりとわからず、戸惑った。


「ねえ、あなた。とっても綺麗な二重してるわよね」


 歪んだ私の顔を、星井さんが両手で包み込んだ。強制的に視線を星井さんに戻された私は、彼女の瞳が大きく開かれているのを見た。その瞳には私の姿しか映っていない。


「ほ、星井さん……?」

「ねえ。あなたが期待したようなものじゃないけど、ちゃんと恋バナだったでしょ? だからご褒美――」


 私の言葉を遮り、星井さんは艶かしく、そっと囁いた。


「――ちょうだい」


 静寂の空間に星井さんの声だけが響く。そして次の瞬間、






「ぎゃああああああああ!」



 星井さんは私の目蓋の裏に親指をねじ込んでいた。



「いたい、いたいいたいいたい!!」



 目蓋の裏が裏返り、内側が空気に曝し出されていることがわかる。眼球に焼けるような痛みを感じた。


「んー。難しいなぁ。うまくとれない……」

「やめっ、いたいいたいいたい! やめて、ほし、さ、いやあ!」


 星井さんがなにかを言っているが、それを気にしてはいられなかった。私は両手で星井さんの手首を掴み、なんとか自分の目からその手を引き剥がそうとする。両足をじたばたと暴れさせたが、星井さんは私の身体の上に乗っかり、人とは思えぬほど強い力で私を押さえつけた。


 彼女は目蓋の内側に入れ込んだ親指と、外側にある人差し指で私の目蓋を挟む。そして思い切り爪を立て、私の目蓋を抉り取ろうとしている。


 私はただ喉奥で唾すら乾くほどに、叫び声をあげた。ひたすらに誰かが助けてくれることを祈ったが、他の子たちは助けてくれるどころか、起きてくる様子もない。


「たすけて! だれかあああっ」


 私の悲鳴など気にせずひたすら爪を立てていた星井さんが突然、その動きを一瞬止める。自分の泣き声と混ざって、ブチっという音が聞こえた気がした。


「あ。とれた」



……とれた? なにが。


 私は理解できなくて、したくなくて。その時だけ叫ぶのを止めていた。


 なにがとれた? なにが、なにが、なにが、なにが。



 半分になった視界の中で、星井さんがなにかを持った。


「うーん。これはいらないかなぁ」


 星井さんはその手にあるものをそのままどこかへ放り投げた。それが床に着地した音が、ぺちょり、と聞こえた。


 星井さんが手にしていたのは、目玉だった。


 誰の? なんて決まっている。



「ああああああああああああっ――――――――」



 私の声が途切れるのと、目蓋が血と肉の糸を引きながら私を離れたのは同時だった。





 意識が薄まる中、誰かが嬉しそうにしている声が聞こえる。



「ああ、素敵な二重。これで私のものっ」





 不思議な事件だった。ある女子生徒が修学旅行の夜に死んだ。その生徒と同じ部屋で寝ていたの生徒は、「枕投げをした後にみんなすぐ寝た。起きたら血まみれであの子が死んでいた。特に変わったことはなかった」という。ショックで震えながら証言する彼女たちに、嘘を吐いている様子はなかったが……。


「あの、刑事さんですよね?」


 現場を遠目に見ながら考え込む私に、一人の少女が声をかけてくる。ぱっちりとした二重が印象的な、可愛らしい子だった。


「あなたも同じ学校の生徒?」

「ええ。刑事さん。実は私、事件について知ってることがあるんです」


 突然証人が現れたことに、私は目を見張った。


「本当?」

「ええ。でも私、男の人苦手なんです。お話するならあなたみたいな、女の人に、男の人がいないところで……」


 なるほど。少女が自分に声をかけた理由を知り、私は深く頷いた。


「わかったわ。どこか落ち着けるところを探しましょう。その代わり、お話ちゃんと聞かせてもらえる?」

「ええ。構いません。ああ、でも――」


 その少女は口元を歪め、にんまりと笑った。






「ご褒美はちゃーんと、くださいね?」

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ご褒美☆アップデート! 葎屋敷 @Muguraya

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