Disk 01 Track 09 ハナとユキの女王
「いやー。若人のお邪魔してごめーんね?」
ごめんも何も『六時過ぎても居るんだから良い度胸の客だ。貴様らは既に客ではない。肴の支度をせよ。美人で美人な女王様をもてなせ』とお客さんその一(コタロー)に酒のアテを作らせ、ママが隠していた日本酒を抜栓してそれをお客さんその二(軍曹君)に注がせて足が疲れたからとお客さんその三(ハカセ君)にマッサージさせるって……。ユキちゃん、長女としてどうなのそれ? ってか二七歳にしてどうなのそれ?
でもこの三人満更でもないみたい。ツキに纏わり付かれつつもコタローは金平ゴボウやナスの煮浸しとかおばあちゃんっぽい料理を嬉々として量産してるし、お酌をする軍曹君はパパ似でクールビューティーのユキちゃんにデレデレだし、フットマッサージ担当のハカセ君に至っては時々軽く踏みつけられて『ありがとう御座いますっ』って喜んでるし……男って何考えてんの?
「ごめんねは良いけど……何しに来たの?」
「まー。美人で美人なおねえちゃまに対してご挨拶だね。役所の相談会に駆り出されて疲れてるってのに。ほれ。二〇歳おめでとう」
ユキちゃんは黒革のバッグから可愛い包みを取り出すと私に突き付けた。
「わあ。プレゼント届けに来てくれたの? ありがとう。中身何?」
ソファに寝そべり嫌な笑みを浮かべたユキちゃんは私を引き寄せると耳打ちする。
「ベビードール。……偽ロウ君とエッチする時に着な」
「そんなんじゃないってば!」赤面した私は瞬時にユキちゃんから離れる。
「わーお。ハナちゃん誕生日だったの? おめでとーう!」軍曹君は新しい一升瓶を抜栓する。
「いついつ?」ハカセ君は手を止めたのでユキちゃんに踏まれる。
「四月四日だよ」
フライパンと菜箸を携えたコタローがキッチンから顔を出す。
「わ。おめでとう。じゃあ腕によりをかけて出汁巻きたま」
ユキちゃんはコタローを遮る。
「美人で美人な女王から奴隷に施しだよ! 底無しの軍資金だ! 寿司でもピザでも鰻でもケータリングでも何でも頼みな! じゃんじゃん頼みな!」
黄金のファミリーカードをユキちゃんは印籠のように翳した。……それパパのお金だよね?
軍曹君とハカセ君とツキが歓声をあげてツイストを踊り狂い、酒の肴をユキちゃんに献上しすごすごとコタローがキッチンへ戻る。眉を下げた私は引き寄せられユキちゃんに耳打ちされた。
「実の所パパから『男の子三人家に上がってるから見張っといて。ハナちゃんのお友達だけど、やっぱり男だからね。ハナちゃんもツキくんも心配』って連絡きたんだよ。こっちは『連休? 何ソレ。美味しいの?』って身分なのに。下っ端弁護士の雇い料高いって思い知らせなきゃね」
あー。やっぱりパパの差し金か。娘を思う気持ちは分からなくもないけど……。本当にそんな関係じゃないのに。
「安心しな。美人で美人なおねえちゃまは可愛いハナの味方。仕事、先輩に押し付けてエロ可愛いベビードール買ったって訳」
ソファから身をおこしたユキちゃんはナスの煮浸しを口にした。ゆっくり味わった後に日本酒を呷る。
「……出来おるな。奴隷頭にしたい程だ。付き合うならあのばあちゃん系イケメンにしなさい」
だからー! そんなんじゃないのっ!
特上寿司や近所のイタリアンの出前を楽しんだ後、軍曹君とハカセ君はツキと共にテレビゲームに興じる。お菓子に手をつけない程に白熱してる。男の子ってやっぱり男の子との仲の方が良いよね。
ユキちゃんとコタローが紡ぐ同年代共感話に耳をそば立て、私はコタローの頼みでデザートを作っていた。お持たせの唐獅子屋の羊羹を数珠屋のカステラで挟んでなんちゃってシベリア作って欲しいって……。わー。市販品よりも甘そう。唐獅子屋の羊羹もそうだけど数珠屋のカステラも単体食べ前提で作られてるから、プラスしたら激甘になるよね。……本当に食べるの?
なんちゃってシベリアを盛った皿をお出しするとコタローは『わ。ありがとー』と嬉々として齧り付いた。わー。レモンミルクと合わせてるよこの糖尿病予備軍。
「見てるこっちが胸焼けするよ」呆れたユキちゃんは日本酒が満たされた湯呑みを呷る。ママに似て飲兵衛だよね。
隣に座りお酌をすると、私に目配せしたユキちゃんはコタローに問う。
「時に偽ロウ君よ、どんな子がタイプかね?」
あーん。ユキちゃん、私を巻き込まないで。私が聞いてるみたいじゃない。
咀嚼するコタローはけむりちゃんを指差した。
ユキちゃんは鼻を鳴らす。
「旅券申請可能で人権がある方ね」わ、我が姉ながら弁護士らしいツッコミだよね。
コタローは天井を見つめ、レモンミルクのパックを見つめとっくり考えた後に『おっぱいからレモンミルクが出る人かなー』と呑気に笑った。
上手な返し方! 姉に困らせられる者として勉強になる。
感心しているとユキちゃんは私を引き寄せ満面の笑みで胸を両手ですくう。
「ハナはイチゴミルクが出るぞ」
ユキちゃんの縛を振り切り、頬を摘む。
「変な事言わないで!」
「甘党君どう? イチゴミルク飲み放題」ユキちゃんは私の頬を摘み返しつつコタローに追い討ちをかける。
「んー……それは迷うなー」コタローは頭を掻きつつ眉を下げて笑う。ユキちゃんに付き合わなくて良いから!
「あーあ。脈がない。振られたねハナ」ユキちゃんはカラカラ笑った。
「ユキちゃんの馬鹿!」
恥ずかしさに耐え兼ねバルコニーに逃げた。
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