Disk 01 Track 08 LET'S GO GARAGE !


 ラ・マンチャの黄色いレジ袋からお菓子を取り出し、大皿に盛り付ける。


 一番大きなレジ袋二つからはみ出すほどに買ったな……。揚げ菓子ばかりだから多分軍曹君とハカセ君のチョイスだろうな。カフェテリアでもとんかつとかコロッケとかばかり食べてるもの。これもまるっと食べちゃうんだろうな。男の子の食欲って凄まじい。ツキだって私と体格全然変わらないけどもりもり食べるもの。高燃費。


 それにしてもこの黒い袋……唐獅子屋の羊羹。今風のおしゃれな洋菓子じゃないけど堅実的で美味しい、多くの人が愛する老舗のお菓子。絶対にコタローが買ったやつでしょ。紙袋の中に新宿の百貨店のフロア案内が入ってる。焼きサバ定食といい、べっこう飴といい……おばあちゃんか。切ってお出ししよう。


 お菓子が山盛りのトレーを両手にリビングへ向かうと普段家族が座る食卓には畏まって座した三人がいた。軍曹君とハカセ君に至っては両肩が異様に上がっている。めっちゃ緊張してる。


「パパもママもいないから楽にしてね。お持たせですがお菓子をどうぞ」


 彼らの前に出すが誰も手をつけ無い。あーん。折角出したんだから乾燥しない内に食べてー。


 ハカセ君の隣に座すと、コタローに纏わりついていたツキがスナックに手を伸ばした。もしょもしょとポップコーンの咀嚼音が虚しく響く。


 折角仲直り出来たんだからお通夜にしないでー。


「そんなにパパ、怖かった? ごめんね?」


「……いや、そう言うんじゃなくて」コタローの右隣の軍曹君はハカセ君に目配せする。


「……その、家がめっちゃ広くて」


 立ち上がったツキは柏手を打つ。吹き抜けに音が反響し軽い振動が胸まで届く。軍曹君とハカセ君は小刻みに震える。


「意地悪しないの」


「だってー可愛いんだもん」ツキは悪戯っぽく微笑んだ。


 そりゃビビるよね。私もこの家に越して来た時はびっくりしたもの。九階屋上の二階建てって……登ったら実は降りてた系のアッシャーの騙し絵かよ。無駄に広いからお手伝いさんに掃除頼まないといけないし、高層階だから地震の時揺れが最悪だし(地震が来ると吹き抜けのペンダントライトが上野の博物館の大振り子みたいに揺れる)家の全方面が外に面してるから台風の時とかもろ被害受ける。こーゆーのペントハウスって言うんだって。


「こ……このお皿も高いんだろうな。ろ、ロイヤルミルクハーゲン? カバラ? テファニーで朝食を? ハーメス?」やめて軍曹君。それ雑貨屋で九八〇円。


「ポテチ取る時気を付けろよ。割ったら腹切りだぞ」ハカセ君も煽らないでよ。


「ガシャーン」


 ツキが立てた擬音に二人は両肩を跳ね上げる。


「ツーキー?」


 ツキは舌をちょろっと出した。


 あーん。こんなに畏れるなら近所のファミレスでお喋りとかにすれば良かった。私の馬鹿!


「すごいよねー。俺ん家、何個入るんだろうなー。リビングだけで五個くらい余裕で入るよ。ねぇ軍曹殿にハカセ氏」リビングを見渡したコタローはヘラッと笑った。


「そ、そうそう、昨日ジュニアん家に泊まったんだ」助け舟を出したコタローに軍曹君は乗っかった。


「えー? 結局行ったんだ?」意地悪な笑みを浮かべてコタローを見遣るけど悪びれずに笑っている。


「もう最悪。まじで椅子と本しかない」ハカセ君はグラスに口を付けた。……漸くお茶飲んでくれた! 嬉しい!


「嘘ー。男同士庇いあってるんでしょ? いいよ。もう怒ってないよ」


「マジマジ。マジで何もない。座椅子とブラウン管と古本でみっちみちになった本棚とラジカセしかない。パソコンすらない。馥郁たる昭和の香りがぷんぷん。これが平成のイケメン部屋かと問いたい。小一時間問い詰めたい」


 ハカセ君は軍曹君に同意し深く頷いた。


「えー。おばあちゃん家じゃん。ウケる」


「……と思うでしょ? しかしばあちゃん家にはトイレも風呂もある。ジュニアん家には無い!」軍曹君は人差し指を立て決めポーズをとる。


「まさかの共同?」


 ハカセ君は頷く。


「トイレは共同、風呂は庭にあるコインシャワー。って言ってもあのこわれ荘、ボロ過ぎてジュニアしか住んでないんだよね。三年程住んでるらしくて大家さんも情が湧いちゃって追い出せないらしい。ってかこんなに近所なのにこのギャップって凄まじくて……」


 緊張が解けてお腹が減ったのだろう。ハカセ君はツキと共に黙々とポップコーンを口に放り始めた。


「じゃあ爛れた生活なんて無理じゃん」


「それどころか女気一つもなくて。一時シャワー使えなかったんだって。女の人ってお風呂入れないのダメでしょ? 去年の真冬にコインシャワー壊れたらしいんだけど、大家さんに直してくれって言えなくて台所で体洗ってたって言う。……何の為の大家だー! 文句言えー!」軍曹君はコタローの背を叩く。


 コタローはフニャッと笑う。


「大家さんがよぼよぼのおばあさんだし、お金使わせるのどうかなと思ってさ。……一日に一度は洗ってるからね? でも冬越せたら年中平気だなーと思って」


「コインシャワー直して貰っても台所にブルーシートを敷いて体を洗ってると言う……直してくれたんだから使えー!」


 えー。おばあちゃん生活通り越してサバイバルじゃん。普段ボケに回る賑やか師の軍曹君が突っ込むくらいだから本当なんだろうな。ちょっと興味ある。ってかみんな調子戻してくれて嬉しい。


「近所なら遊びに行きたいなー」


「お勧めしない」真顔の軍曹君と渋い顔のハカセ君は声を揃えた。


 ハカセ君はグラスを呷ると意地悪な笑みを浮かべる。


「でも今ならお勧め。買ったばかりのオナホが転がってる」


「わー。言わないでって言ったのにー」コタローはヘラヘラ笑う。笑ってる場合か?


「ジュニアってばネットもテレビもあまり見ないみたいで世情に疎くて。今日デパートの後でマンチャ寄って一八禁コーナー見たら『赤と銀のシマシマでかっこいいねー。アニキの部屋でも見たけどこれ何? コロン?』って掴んだオナホを鼻に寄せていた。……男なら誰でも知ってる革命的メーカーなのに。男の嗜みなのに」


 ロ……ロウの部屋にもあるんだ。あのシニストラのロウの部屋にも。彼女に困った事なさそうな人の部屋にも。


 しかしコタローにしてもロウにしても絵面を思い浮かべると失笑しちゃう。


「そんだけ自由奔放な部屋だったら年上と年下の女性も住んでなさそうだね」


「そう思うでしょーう?」軍曹君はハカセ君を見遣る。


「ところがどっこい」ハカセ君はコタローを突つく。


 わー爛れてるー。


 軍曹君とハカセ君に目配せされたコタローはシャツの胸許を軽く広げると赤いガラスのペンダントを摘む。


「この中に母と祖母の遺灰が入ってるんだ。幼い頃に両親が離婚したんだ。アニキは父に、俺は母に引き取られた。だけど母はすぐ亡くなってね。俺は母方の祖母に育てて貰ったんだ。裕福ではなかったから母の時も祖母の時もお墓買わなくてさ。火葬場で少しだけ灰を分けて貰ってペンダントにしたんだ。いつも一緒にいられるからお墓よりも俺は気に入ってるんだ。これ下げてる時は絶対に悪い事出来ない」


 ロウから貰ったオシャレアイテムだと思ったのに……。そんなに大切な物だったんだ。


 コタローは大切そうにペンダントを戻すとシャツを直した。


「ごめんね。だからさっき玄関で渋ったんだ。ばあちゃんなら『妙齢の女性のお宅に上がるもんじゃない。貴女に危害を加えますよと言ってるのと同じだよ』って窘めるなぁって」


「そっか……。年上の女性っておばあちゃんとお母さんだったんだ。私も無理言ったり誤解したりしてごめんね」


「いやいや。俺こそごめん。色々と紛らわしくして」


「……で年下の方は?」


 問うと軍曹君とハカセ君は『今日連れて来てる』『実は構内にも来ていた』とコタローを突つく。


 ……え? 妹さんの遺灰とかじゃないよね? しんみり系はもうご馳走様だよ?


 コタローはレジ袋を弄ると白いカエルのぬいぐるみを取り出す。


「けむりでーす。花の七歳です。よろしくね」


 黒いレースのスカートを履いた愛らしい二五センチサイズのぬいぐるみに私もツキも思わず声を出してしまった。


「かわいーい! スカート履いてる!」


「オリーブフロッグじゃん! しかも販売終了した幻の白!」


「わ。知ってたんだ? 良かったねーけむり。可愛いって褒めて貰えたねー」コタローは満面の笑顔を咲かせた。


「抱っこしてもいい?」


「どうぞどうぞ」


 コタローから受け取ったけむりちゃんを眺める。ビターカラーのお目目がくりっとしててかわいいなぁ。


「連れて来てたのにどうして構内で出さなかったの?」


「いやー。おじさんがおもちゃ持ってたら引かれるかなと思って」


「パパはミニカとレイル持ってるよ?」


「ツキはマリンちゃん集めてるー!」


「んー、でもマコトさんは外に持っていかないでしょ?」


「ここぞって商談や集まりの時はお守り代わりにスーツに忍ばせてるよ」


「わ。じゃあ俺もお守り代わりにシャツに入れようかなー」


「首から遺灰を下げてるじゃん。それ以上のお守りってないと思うよ?」


「確かに」


 けむりちゃんの話題で盛り上がっていると軍曹君とハカセ君はぽつりと溢す。


「あんなに迎合されるなら俺もカエル持とうかな」


「女子受け最高じゃんカエル」


「打算的なのは受けませーん」直ぐにモテの方向に持っていこうとするんだから。


「そーゆーの可愛くないでーす」ツキも援護射撃する。


 項垂れる二人を他所にけむりちゃんのスカートを眺めていると気付いた。このスカート手作りだ。リボンに円形に裁断したレース生地を貼り付けて巻きスカートにしてる。端が未処理なのでほつれている。これじゃ折角のスカートが直ぐにダメになっちゃう。


 注意深く見つめているとスカートの生地がコタローのシャツだと気付いた。わー。ティー一枚で六万はするから十万近くするんだろうなあのシャツ。惜しげもなくハサミを入れるなんて……愛の塊じゃない? 本人が服の価値を分かってないのも理由の一つかもしれないけど。


「けむりちゃんのスカート、コタローが作ったの?」


「流石ハナ刑事。ご明察」


「一生懸命作ったんだね。幸せ者だねけむりちゃん」


「んー。でも俺不器用だから仕上がりが滅茶苦茶で。作り方分からなくて適当だし布も何処で売ってるか分からないから俺の服を利用したけど……可愛くならないんだよね。ふわふわって天使や妖精やハナちゃんみたいにさせたいのに」


 あーん。コタローの馬鹿! またさらっとそーゆー事言う。本当にイケメンって苦手。


 耳まで真っ赤にしていると軍曹君とハカセ君が『あっちっち。そーれ。あっちっち』『ひゅーひゅー』と囃し立てツキが『やーん。ハナちゃんよりツキの方が可愛いもん』と膨れる。やめて。そーゆーのじゃないから。


「よ、良かったら作ろうか?」


「わ。いいの?」


「クラフトショップの会員だし、オリーブフロッグなら型紙がネットに落ちてると思うし、ぬいぐるみの服作るのも勉強になるし、連休明けたら生地買いたいって思ってたし、ついでにどうかなって」


「わ。嬉しいなー。どんな布があるのか俺も見てみたいなー」


「いいよ。見に行こう」


 この際だから言っちゃおうかな……お友達になった当初から気になってた事。失礼だけど。


「軍曹君」


 突然呼ばれた軍曹君は驚き、自らを指差した。


「あのね、以前から気になってた事、失礼を承知で言わせてね。ごめんね。その高そうな軍服のジャケット、サイズがとても大きいでしょ? 軍曹君の身長や体格にあった物を着るとかっこいいと思うの」


 軍曹君は俯く。


「これ、レプリカで……飯代浮かせてバイトしてやっと買えた物で……これしか売ってるサイズがなくて」


「うん。すごく思い入れもあるし実際にめっちゃかっこいい服だよね。軍服って私も好き。だからね、すごくお節介なんだけど、そのレプリカのレプリカ作らせて! 勿論、軍曹君に合ったサイズで!」


 思いもよらぬ事を言われた軍曹君は言葉が出ずに固まる。サイズが大きいだの、身長や体格にあってないだの、そんな事言われたら男の子は傷つくよね。


「……ごめん。やっぱり無遠慮だね」


 調子に乗って言いたい事全部言った所為で他人を傷つけた。折角仲直り出来たのにぶち壊した。……私って最低。


 暫しの沈黙の後に軍曹君は首を横に振る。


「いや。めっちゃ嬉しい! いいの? 本当にいいの? 俺にぴったりなの作ってくれるの?」


「え。作っていいの?」


「え? 作ってくれないの?」


 眉を下げた軍曹君と暫く互いを見つめ合った後、テーブルを挟んで抱きしめ合った。


「ありがと! ありがと! 悲しませたかと思ったー!」


「ありがと! ありがと! 作ってくれないと悲しーい!」


『夏の間ジャケット借りるね。夏休みに仕上げるから。完コピは期待しないでね?』と部屋から持って来た巻尺を伸ばして念を押すが軍曹君は『ぐふ。ハナちゃんのおっぱいやわやかかったー』と聞いていない。……作るのやめるよ?


 でも良かった。実は軍服見た時からやってみたかったんだよね。お裁縫始めてもう九年だもの。そろそろ色んな事に手を伸ばしたい。チャンスを貰えて良かった。勉強になる。


 レジャーシートを使ったバランスゲームで遊ぶ三人の傍、一通り採寸してデザインの相談や方向性を話していると、玄関から物音が響いた。開錠しドアが開く音だ。


 え。何? だってパパとママ連休いっぱい帰ってこないし、さっき電話でもう少し留守番しててって。


 傍でスピナーを回すハカセ君の傍でコタローに抱きつくツキと互いを見合わせる。家事をしてくれる瀧山さんと早乙女さんは挨拶するし連休はお休みだし……。ヤだ。何?


 眉を下げていると玄関からユキちゃんの声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る