Disk 01 Track 07 One more try!


 ママ達が旅行に出かけて二日が経った。


 ツキと私はいい子にお留守番している。


 通信制高校に在学しているツキは友達が少ないので予定がない。友達と外で遊ぶ暇がない。部屋で仕事をしている。部屋はパソコンやマリンちゃん、海外コミックのヒーローフィギュアでいっぱい。よく分からないけどゲームを作って販売してるんだって。ちょろちょろ売れているらしく凄いなって思う。偉いよね。自慢の弟です。


 折角の大型連休なのでお手伝いさんの瀧山さん(買い物と料理専門)と早乙女さん(お掃除専門)には暇を出している。私も一応大人だから偶には家事やらなきゃって思うけど、連休前にあんな事があって気力が湧かない。うん。まだ引きずってます。


 あの後全速力で駆け出した。途中までコタローが追いかけてきたけど振り切った。脚が長い癖に遅くて助かった。ミュールのヒールが折れても留年坂ですっ転んでも走り続けた。……嘘吐いて絶交したんだよね。もう友達じゃない。だから安心できる。だから寂しいとも感じる、


 軍曹君ともハカセ君とももう話せないな……。


 でもそうしないとあの二人にも迷惑かけるもの。


 読みかけの『ある恋の話』を閉じると自室を出て階段を下りキッチンへ飲み物を取りに行く。キッチンの側のツキの部屋からシニストラの曲が流れてくる。二階の自室にいてももにょもにょ聞こえたけどシニストラだったか。あー……あのヒットした失恋ソング。別れた恋人と過ごしたクリスマスを想い出すって曲。今、そーゆー系聴くのしんどい。ってかシニストラ自体今とてもキツいです。


 ちょっと音量下げて貰おう。ドアをノックしようとするとツキが部屋から出てきた。


「わ。びっくりした。何々?」ドアを閉めたツキはキッチンへ向かう。


「ちょっとだけ音下げてくれると嬉しいなって」


「へ。なんで? 前からこの音量だったけど」ラタンのボックスを開けたツキは水と粉を練って作る知育菓子を取り出す。


「んー……そうなんだけどね」


「もしかして今まで我慢させてた系?」


「んーん。ンな事ぁない」


「へー?」


「んー……」


 ツキは『分かった。練り倒してからでもいいよね?』と譲歩してくれた。気に入らない事があると『はなくそハナちゃん』とか呼ぶ癖に言葉に詰まると深追いせずに察してくれる。いい子。大好き。


 ツキが分けてくれた知育菓子を二人でもそもそ食べているとインターフォンが鳴った。


「あ。きっと宅配。ツキのマリンちゃんだー。ツキが出るからハナちゃんそれ宜しく。飽きたからあげる」


 パタパタと忙しない音をさせて玄関に消えたかと思うと家中に黄色い声が響いた。


 な、何?


『超々々会いたかったーっ!』『ツキに会いにきてくれたーっ!』『愛してるーっ!』と変声期なぞ知ったこっちゃないツキの高い声が玄関から響く。ちょっと、マリンちゃんで興奮し過ぎ。ってか近所迷惑。流石に窘めないといけない。


 玄関に向かう。


「ツキ、興奮しすぎ。玄関で荷物を開梱しないで」


 荷物ではないものにツキは興奮していた。三和土にはツキに抱きつかれたコタローがいた。


 コタローと視線が合うと気まずくて伏せてしまう。


「どうして……」


 コタローは頭を掻く。


「マコトさんに頂いた名刺から住所を」


 コタローは頭を叩かれ言葉を遮られる。驚いたツキが飛び退いた。


「馬鹿っ! すかたんっ!」


「打ち合わせと違うだろっ!」


 コタローの背後からぬるりと出て来た軍曹君とハカセ君が彼を窘める。二人は手に提げた黒い紙袋と黄色いレジ袋を突き出し口吻飛ばして交互に話す。


「もーうちの愚息が御宅のお嬢さんにご迷惑を散々おかけして!」


「もー本当にすみません! すみません!」


「これ、唐獅子屋の羊羹とマンチャのスナックの詰め合わせ! お詫びの徴です!」


「これに懲りずにまた遊んでいただければ!」


「ほらっあんたもっ!」


「謝りなさいっ!」


 軍曹君とハカセ君にコタローは頭を押さえつけられ下げさせられた。


「ハナちゃん、ごめん」


 静寂が玄関を支配する。


 コタローの頭を押さえつけつつ自らも頭を下げる軍曹君とハカセ君、小芝居に面食らってるけど謝りに来てくれたコタロー、状況を全く把握出来ずキョロキョロ辺りを見回すツキ……彼らを目前にするとカフェテリアで怒った事とかコタローを突き放した事とか自分の器の小ささとか全部馬鹿らしくなった。


 ……あんなに冷たい態度とったのに、あんなに酷い事したのに。まだ友達で居てくれるんだ。ありがとう。すごく嬉しい。……それにしてもその小芝居おかしいよ?


 口に手を当て失笑を抑えていると、軍曹君とハカセ君がコタローから手を離した。


「漸く笑ってくれた」頭を上げたコタローはヘラッと笑った。


「……三人ともごめんね」


「諸悪の根源はジュニア」軍曹君はぶかぶかの袖から覗かせた指でコタローを弾く。


「話に食いついたお前も悪いだろ」ハカセ君はすかさず軍曹君の頭を叩く。


 会いに来てくれるのは嬉しい。松澤の件ではお芝居とは言え、私はコタローに謝る気は全くなかった。軍曹君とハカセ君はカフェテリア以降の事は知らない。三人で謝りに来るって……コタローは二人に私の事を何処まで話したんだろう。


 じゃれ合う二人の前で眉を下げているとコタローは『大丈夫』とばかりにウィンクした。


 それを目敏く眺めていたツキが文句を垂れる。


「ズルいー! ねーえロウ、ツキにもウィンクして? 出来たらキスしてーっ!」


 コタローに飛びつくツキを引き剥がし、コタローはロウじゃない事、三人は学友である事を説明した。『じゃあ何で謝りに来たの?』と怪訝な顔をするので言葉に詰まっていると『カフェテリアでちょっとした喧嘩したんだ。俺達が悪かったんだけど謝りそびれてね。マコトさんからプライベートな名刺頂いてたから住所を頼りに訪ねた次第です。突然の訪問失礼いたしました』とコタローが助け舟を出してくれた。


「うちのはなくそがご迷惑をかけてすみません」ツキは頭を下げる。


「お客さんの前でそんな呼び方しないでよ」


『姉妹らしいやりとり、和むわー。髪が短いハナちゃん可愛ーい』『双子のお姉さん? 妹さん? めっちゃ美人! ハナちゃんかと思った』


 にんまり笑ったツキは来客用スリッパを三足出す。あ。気に入ったんだ。珍しい。ニャコ連れて来た時は知らんぷりだったのに。


『わーい』『お邪魔しまーす』と三和土で軍靴とスニーカーを脱ぐ軍曹君とハカセ君をコタローは嗜める。


「こりゃこりゃ。他所様のお宅へ上がるのにスナック感覚とは如何かな? ハナちゃん、ご両親は?」


「旅行中。気にせず上がって。何もないけど」ウズウズしている軍曹君とハカセ君を眺めていると断れない。ってか暇だから遊んで行って。


 しかしコタローは辞退する。


「いやー、折角だけどこれで失礼します」


「えー! なんでぇ!?」軍曹君とハカセ君よりも早くツキは異論を唱えた。


「妙齢の女性のお宅に上がるのはどうかなって。ほら、ご両親がいない所で野郎三人が上がると失礼だし、今日は謝りに来ただけだから」


 コタローに目配せされた二人は黒い紙袋と黄色いレジ袋を私に渡すと靴を履き直す。


「やーん。ツキと遊ぼ! お願いーい! ツキ、男だから大丈夫だよー!」


 ツキはコタローに抱きついた。目が点になった互いを見合わせる軍曹君とハカセ君の傍でコタローは頭を掻くが、よしよしとツキを撫でた。


 このまま帰すのが忍び無いと言うよりも寂しいな。


「……私も皆んなと遊びたいな。ねえ、パパ達に電話して許可貰うならどう? 親公認ならいいでしょ?」


「んー」コタローは渋る。


「ダメ?」


「んんー……」


『女子にあそこまで言わせてるんだ! 恥を知れ!』『男が廃るぞジュニア! 見損なった!』『懲罰だ懲罰!』『気をつけぇっ! 歯ァ食いしばれ!』『なんで俺が叩かれる!?』『愛だ! 愛!』『ハカセー!』『軍曹ー!』渋るコタローの側で二人がまた小芝居をしている。……ハカセ君まで軍曹君のペースに巻き込まれてるよね。よっぽど家に上がりたいんだ?


「もしもし? 聞こえるかな? コタロー君久しぶり。軍曹君とハカセ君、初めまして。ハナとツキの父親のマコトです」玄関にパパの声が響いた。


 携帯電話を掲げたツキがにんまり笑ってる。スピーカーフォンにしたらしい。


「パパがお話ししたいって」ツキは携帯電話を三人に差し出した。


 ジャレ合っていた軍曹君とハカセ君は上官に会った一兵卒のように背筋をピンと正した。

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