Disk 01 Track 05 今夜キめよう
「ってのがマコトさんとの出会いだったのよね」
両腕で自らを抱きしめるママは『うふふ』と笑う。……あの、かなり盛ってません? まるで大昔の少女漫画。
「で、その後どうなったの?」お酒が底をついたので私は紙パックのレモンミルクを飲む。
「んふふふふー。マコトさんにお姫様抱っこされて車で病院に連れてって貰ったの」
「足が反対に曲がってたんでしょ? 入院?」
「んーん。捻挫」
「あー、ね」
「かなり重めの捻挫。松葉杖をお土産に持たされたもの。バイク乗れないから暫く仕事出来なくてね。労災下りたけど退職考えてたから明日の事が心配で心配で。……そんな時だった。マコトさん、私の家訪ねてくれたのよ」
「詳しく聞こうか」
「個人情報で今じゃアウトだけどバイク便の会社に連絡先聞いたらしいのよ。それで色々やってくれたの。助かったわ。満足に外出られなかったから買い出ししてくれて……『栄養偏ると治りが遅くなります。僕に任せて』っておさんどんしてくれたのよね。その上仕事の愚痴まで聞いてくれて。申し訳ないなー。名刺交換くらいするかって交換したら何と社長さん。『一八で入社して二五の今年社長として任せられました』って恥ずかしそうに話してた。あと私をボロカスに扱ったバイク便の奴ら許さないとも言ってくれた。あ、私にも味方が出来たんだーって……泣いちゃった」
そんな話聞くとレモンミルクがしょっぱくなるよ。鼻をすすりつつ私は頷いた。
「足が治って何回かお友達として遊んだの。マコトさんったらすごくベタな所行きたがるのよ? 浅草の遊園地とか上野の博物館とか動物園とか。ファミレスでご飯も食べたわ。『若者らしい所で遊びたい』んですって。そりゃ一八で会社に身も心も捧げて青春諦めてたし、子供時代は家の事情で子供らしく遊べなかったからね。一緒にいると『男』と言うより『男の子』って感じで可愛かったな」
「そっか……だからミニカとレイルか」
「そうなの。可愛いでしょ?」
「可愛い」
「あげないからね。探しなさい」
「はいはい。んで遊んでどうなったの?」
「華金のアフターに『飛行機が見たいです』って言うから羽田の展望デッキまで行ったの。仕事で乗る癖にって突ついたら『仕事ではまともに眺められないのでお付き合い下されば嬉しいです。美味しいお店で食事も楽しみましょう』って。幻想的な空だった。まるでインド染のスカーフ。桃と茜と群青のグラデーション。海風が吹き荒ぶ中、滑走路を飛び立っては夕焼けに吸い込まれる飛行機眺めてると察しはついたわ。嗚呼、私今日この人の彼女になるんだって。漸くなれるんだって」
「ベタだもんね」
「マコトさんに初めて手を握られたの。小鳥の雛をすくうみたいに遠慮がちで。お姫様抱っこ以来触られた事ないからビックリしちゃった。嗚呼、彼女になるんだと胸を膨らませてたら思っても見なかった事を言われてね。『今の大プロジェクトが成功したらとても忙しくなります。友人としてお会い出来ません』って言われてね。……あ、そうだよね。この人会社を背負う人だもの。求職中の小娘構う暇なんてないよね。今日はさようならの日だったんだ。何処までも律儀な人って思って、ぎゅっと手を握り返して『今までとても楽しかった。ありがとう。お体恙無く』って言ったの。涙がちょっと出ちゃった。そしたらハッとしたマコトさんが慌てて胸ポケットをまさぐって出てきたのが」
「指輪」
「じゃなくてミニカ」
失笑。パパらしい。
「空港の売店で買った、飛行機引っ張るヤツだったわ。……でね、赤面したマコトさんったら平謝りして同じポケットに忍ばせていたダイアの指輪を取り出して膝を折ったの。『花恋さん、ひたむきで一途で情熱的な薔薇のような貴女を心から敬い愛してます。僕のプロジェクトに参加して下さい。二人で歩みましょう』って」
「まさか恋人すっ飛ばして結婚とは……パパってがっつくね」
「うふ。ワイルドよね。真っ赤な顔したマコトさんに指輪をはめて貰ったら『行きましょう』って言われてね、連れてって貰ったのがベイエリアの三ツ星ホテルのフレンチ」
相変わらずベタだぞ! でもマコト一皮むけた!
「『ドレスショップがあるので好きなものに着替えて下さい』って言われて……。でもね、その頃会社はまだ小さかったし羽振りも良いって訳じゃなかったの。ファミレスの常連だったからまさかそんな所連れて行かれると思ってなかった。もうビックリしちゃって胸もお腹もいっぱいになっちゃったから申し訳ないけど断ったの。『いつものファミレスでいつものナポリタンが食べたいです』って言ったら『僕が作ったナポリタンじゃダメですか?』って聞かれて。キュンキュンしてお持ち帰りされちゃった」
きゃーん、聞いてるだけでドキドキしてきた。マコトとカレン、可愛すぎ!
「それで週末もせっせせっせ励んで過ごしたわ。お土産に可愛いキャベツちゃん仕込んで貰ったわ。それがユキちゃん」
生々しいよ?
「お腹が大きくなる前にマッハでご挨拶済ませて簡単な挙式して引っ越ししてちょっとしたハネムーンも行って目まぐるしかったわ。盆と正月が一度に来るよりもきっと大変よ」
でも楽しかったんだろうな。ママの瞳がキラキラ笑っている。自分が一番好きな人が自分を一番好きでいてくれるのって本当に幸せな事なんだな。……ママもニャコも羨ましいな。好きじゃない人から嫌な事をされて泣いている私には遠い国の御伽話だ。
『さ。お風呂入ってマコトさんとイチャつこうっと』と席を立つママの背中が一人の大人として眩しかった。
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