Disk 01 Track 02 Hey Daddy !
「お願いだよハナちゃん」
「えー。めんど」
お風呂上がってリラックスしてる所にパパが頼み事をしに来る。今日の一生のお願いは『コンビニに付いてきて』だって。一人で行ってよー。帰宅したばかりのパパはスーツだけど私は
パパは涼やかな眼窩から瞳を潤ませる。
「一人で出かける所カレンさんに見つかったら冷たくされる。『コンビニ? ミニカ増やすんでしょ? 反省しない人!』って」
「ちょっとは反省してよ。派手な事謹んでよ」
ミニカはパパが集めているミニカーのブランド。大人の趣味の物じゃなくて完全なる子供向け。安ガムが入った食玩って奴。パパはミニカ、そして同メーカーのレイル(電車)の大ファンでもあって空き部屋と書斎に大きなジオラマ作る程。ココア嗜みつつそれを眺めるのが一日の癒しらしい。男の浪漫ってやつ。ママは今まで容認していた。でも最近夫婦の寝室にもジオラマ作ろうと基礎を組もうとしたパパに『会社に置いて』と憤慨してる。既に社長室にもエントランスにもジオラマが広がっているんだよね。建設会社だし社長だし社員から好かれているから許されてるんだよ。分かってるのかなこのおじさん。
高い背を窮屈そうに丸めて手を合わせるパパを他所にストレッチを始める。
「帰りに寄れば良かったじゃん?」
「うん。そうしたいんだけどさコンビニの袋見られた時点でアウトだからさ」
「聖域たる寝室に持ち込もうとしたのがダメなの。デリカシーなかったの。ママもそれで怒ってるの」
「……今そのお詫びを考えてるんだけどママに冷たくあしらわれてさ。寂しいんだよね。『いってらっしゃいのキス』の代わりに頬を物凄く強くつねるんだ。正直仕事に身が入らない」
いつまでも新婚気分だこと。ご馳走様です。ミニカも大好きだけどママの事も大好きなんだよねパパって。大男がしょんぼりしてるとちょっと可愛い。
「でもミニカも諦められないって訳ね」
「コンビニの店員さんがすごく親切な人でさ……目前で売り切れた限定ミニカ、パパの為に残してくれてたんだ。レンジの上に置いていたミニカをそろっと出して『ご予約の商品です』ってバーコード読み込んでくれてさ。気が利いて奥ゆかしくて感謝してるんだ」
「店員さんにもミニカのおじさんってバレてるじゃん」
「すごく気持ちの良い子なんだ。お下げだからアンちゃんって呼んでるんだ」
先程とは一転、パパは嬉々としてアンを『大好きな子』と語る。
これはまずい。パパは『赤毛のアン』が大好きだ。愛していると言っても過言ではない。収集癖が止まりを知らないパパの本棚はアン一色。ママってばパパを爪弾いている場合じゃない。寂しい中年が絆されてコロッと浮気しちゃうかもしれない。家族の危機だ。
「……お酒買ってくれるなら付いてってあげる」
「わ! 嬉しいな!」
「そこの交差点のでしょ? 面倒だから着替えないよ?」
玄関でママに見つかったけど『A3判コピーしてくる。夜道は危ないから用心棒連れて行きます』とパパを連れ出すのに成功した。何も知らないママを騙すと胸が痛んだ。
十時を回った所為か住宅街のコンビニの中は落ち着いていた。雑誌のコーナーもデリカのコーナーも人はいない。これだったら買い物し易い。近いしカップ酒の種類充実してるしいいな。つい最近まで未成年だったからコンビニにはあまり縁がなかった。でもこんな感じなら私もちょくちょく来ようかな……ってダメだ。アンの偵察忘れちゃならない。
複雑な想いを胸にカップ酒を掴むとお菓子コーナーへ向かう。大きな体を屈めてパパはミニカを選んでいた。ちょっと。流石に箱物五パックも抱えないでよ。嵩張るとママにバレるじゃん。
「三パックに減らして」
「お願いだよ。シークレット欲しいんだ。シークレットが出たら建設現場が完成するんだ! これでも箱買いしたい気持ちを抑えてるんだよ」
「子供か。ママに見つかったら更に冷遇されるよ?」
「ハナちゃんお願い! 一生のお願い! ハナちゃんが買った事にして!」
一生のお願い何度するのこのおじさん。かなり複雑。……でも小娘に頭下げる大男眺めてると甘くなっちゃうよなぁ。パパってば実はかなり凄い人。高校卒業後に今の会社に入ってがむしゃらに働いて若くして今の地位に就いた。古参や大手のゼネコン蹴散らして大きな仕事を取ったらしい。おしゃれな街もベイエリアの高層マンションも郊外の三世代型のマンションもパパの会社の人達が一生懸命作った。その手腕や恵まれた体躯から、パパはライバルからゼネラルとかカイザーとか恐れられてるけど社員想いでお客さん想いで家族想いの良いおじさんなんだよね。中身はとても繊細。これ以上傷ついたら会社にも迷惑かけちゃうしアンに隙を与えてつけ入れられるかもしんない。愛人(アン)囲った所をスクープされたら会社としても家族としても終わりだ。……全ては私の采配に掛かってる。重いよー。
「しょうがないなぁ……いいよ。無理があるけど」
『ありがとう! ハナちゃん大好き!』とパパは八パックセットのボックスを両手で抱える。ねえ、愛娘の話聞いてました?
レジに並ぶと拍子抜けだった。
『あの人がアンちゃん。とても優しいんだ』とパパに耳打ちされて顎で示されたのがメンズ。長い赤毛を二本のお下げにして黒縁メガネを掛けて手際良く商品の袋詰めをしている。かなりの高身長。パパと同じくらい。ネームプレートには西園寺と記されていた。
勘違いさせて。馬鹿! アンを睨み付けていたら正体に気が付いた。首から下げる赤いガラスのペンダント……コタローの物にそっくり。ってかコタローじゃん。やばい。芋ジャー見られる! こんなの恥ずかしくて知り合いに見せられない。
パパの大きな背に隠れていると会計の番が回ってきた。
「ブラックさんこんばんはー。今日もありがとう御座います。んーこれは袋に入るかな?」コタローはパパからボックスを受け取るとスキャナーを当ててコードを読み込んだ。
「ほらハナちゃん。お酒出して」
あーん。馬鹿親父! 大きな声で名前呼ばないでよ。
「今日はご一緒なんですね。自慢の大学生の娘さん」
「成人しても買い物付き合ってくれるんだ。孝行娘で助かるよ」
隙を窺い、カップ酒をカウンターに出す。直ぐに背に隠れるつもりだったのにコタローと視線が合い、驚いてカウンターに手を思い切りぶつけた。
痛みに歯を食いしばる。勢い余りすぎた。あーん。私の馬鹿!
「ハナちゃん? ハナちゃん?」パパは狼狽える。
コタローは直様レジを離れるとフライヤーの側の水場に向かう。水音がしたかと思う間もなく戻ってきた。
「気休めだけどこれで冷やして下さい」コタローは私に水で湿らせたハンカチを差し出した。
「あ……りがとう」
「どういたしまして。お大事に」コタローは微笑むとレジを打つ。
お礼にお酒を奢らせて欲しいと提案するパパと遠慮するコタローを眺めていると自分が恥ずかしくなった。バレないようにって隠れてたのに親切にしてくれて。その上知らない人の振りまでしてくれて……私ってなんて器が小さいんだろう。手ばかりじゃなく胸も痛い。
右手に巻いたモノクロの花柄のハンカチを撫でると呟いた。
「ありがとうコタロー」
コタローは一瞬瞳を見開いたが微笑んだ。
喜色満面で食玩を片っ端から開封するパパの傍、イートインコーナーでレモンミルクを飲む。
結局コタローにお酒を断られたのでパパはスタッフ全員にジュース(コタローが好きなレモンミルク)を振る舞った。そして『向かいのマンションに住んでるからいつでも遊びにきてね。絶対だよ?』とコタローにプライベートな名刺を押し付けた。
「やっぱり良い子だ。コタロー君」
「……だね。自分の器の小ささが嫌になるよ」
「まさかハナちゃんの学友だとは……惜しいなぁ。気が利いて気持ちの良い子だからウチの会社に欲しかったんだけどなぁ。口説けても数年先か。今直ぐ欲しいなぁ。いやいや、学問への探究心を取り上げてまでは……いやー今欲しいなぁ。すっごく欲しい。化けるよあの子」
パパのこーゆー所、経営者として抜け目ないよね。
「所でなんで『ブラックさん』なの?」開封した箱を折り畳み、小さくする。家庭の事情を飲み込んだコタローが『紙ゴミはこちらで預かります』と申し出てくれた。助かる。
「ああ。ブラックカードだからブラックさんだって」
会計の際に提示したパパのカードを思い出す。
「……確かに黒いカードだけど新宿の何でも屋さんのラ・マンチャのカードじゃん。しかも年会費掛からない最低ランクの」
「この前会計で『コンコルドやトムキャットは何処で買うんですか』って真面目に聞かれたよ。上級魔法のカードじゃないのにね」
「トムキャット! 昔の映画か! ってか若いのにラ・マンチャを知らないなんて……」
「咄嗟にハンカチ出したりほんわかした雰囲気漂わせていたり、世間からずれていたりお年寄りっぽいよね。二七歳にしては落ち着きがかなりあ……やった! シークレット! ピンクのクレーンだ!」
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