饅頭泥棒

楠秋生

俺の部屋を荒らしたのは誰だ!


 孝太が山あいの小さな村に引っ越してきて2ヶ月ほどがたった。自然がいっぱいで、虫も魚も動物もいたるところにいる。都会と違うことがいっぱいで、戸惑うこともたくさんあったけど、段々と慣れてきた秋の午後。

 孝太は鼻歌を歌いながら下校した。ご機嫌な理由は、昨日ゲットした饅頭だ。

 昨日は小山野村の秋祭りで、祭りの終わりに饅頭まきがあったのだ。


「饅頭をまく? ばらばらって? 絶対たくさん取ってやる!」

「饅頭好きなの? でもみんな本気で取りにいくから、気合い入れないとゲットできないよ」


 転校生の孝太は、唯一の同級生である楓にコツを教えてもらった。


「饅頭をまく人の手元や、飛んでくる饅頭を見たらダメよ」

「見なきゃとれないじゃないか」

「下を見て、落ちてるのを拾うのが、一番たくさん取れるの。屈んだまま、エプロンか何か腰に巻いて、拾うそばからそこに放り込むのよ」


 エプロンは格好悪かったけど、饅頭好きの孝太は楓に教えてもらった通りにして、かなりたくさんの饅頭をゲットしたのだ。そして昨日食べきれなかった分が、孝太の机の上で待っている。


「ふふんふん~」


 あと100メートルほどで家に着くとき、妹の香澄が村の残りの低学年四人と一緒にお墓の横を通って出かけていくのが見えた。空気のきれいなここに引っ越してきて香澄はずいぶん元気になった。友だちとも仲良く遊べて兄としてよかったなぁと思う。


 が、自分の部屋に入ったとたん、そんな気持ちもぶっ飛んだ。孝太の部屋はぐちゃぐちゃに荒らされていた。お気に入りのプラモデルは壊れていたし、本ノート類は散乱している。靴で上がったのか、畳が土でざらついているし、壁に貼った日本地図の画ビョウが取れて、開け放した障子戸から入ってくる風がその隅をヒラヒラと揺らしている。何よりも腹がたったのが、机に置いていた饅頭の皿が空になって転がっていることだ。


「香澄のやつ~! いや、あいつらみんなでやったのか!?」


 きっとみんな一緒にやったに違いない。帰ってきたら、とっちめてやる! いや、追いかけて捕まえるべきか? そんなに遠くへは行ってないはず。だけど探して回るのも面倒だ。


「ちぇっ。とりあえず片づけるか」


 孝太は空になった皿を拾い上げた。たくさんあったのだから、欲しかったなら分けてやったのに。分けてやるのはかまわないけど、勝手に取られるのはむかつく。しかも一つも残してないなんて!

 ぶつくさ言いながら足元の紙切れを拾う。あれ? これは俺のじゃないな。紛れこんだのか?

 コピー用紙の真ん中にマジックの大きな字で『北の歌は 当たりが十』と書いてある。


「なんだこりゃ」


 ……暗号か? 当たりが十って、もしかして饅頭はどこかに隠してるのか? 北の歌ってなんだ?

 孝太が頭を捻って首をかしげたとき、部屋の入り口で楓の呆れたような声がした。


「うわ~。何これ。孝太、部屋汚すぎ」

「俺じゃないよ、散らかしたの。帰ってきたらこんな風になってたんだよ! っていうかお前は何しに来たんだよ」

「孝太のところに来たんじゃないよ。隣の和花ちゃんのところに来たの」


 和花は孝太の一つ上の姉だ。今まで同じ年頃の女子がいなかったから、楓は和花が来たのをすごく喜んでよく遊びに来ている。


「絶対あのチビたちの仕業だ。ほら、これ見ろよ。部屋を荒らした上に、どこかに饅頭を隠したんだ」

「なんでチビたちが犯人って思うの?」


 孝太は入り口にいる楓にぴらんと手に持った紙を見せた。


「だってこれ、どう見ても子どもの字だろ?」


受け取った楓は、右下隅を持って紙を見た。


「それに帰ってくるとき、あいつらがここから出ていくの見えたし。まさかこんな田舎に泥棒なんて来ないだろ? そりゃ、開けっぱなしだから簡単に入れるだろうけどさ。わざわざ子どもの部屋を荒らす必要ないよな?」

「ふう~ん」


 しばらくその紙を見つめていた楓は顔をあげて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「ねぇ、孝太。ここをどこだと思ってるのよ。小山野村だよ? 何が出てもおかしくないでしょ?」


 孝太が怖がりなのを知っている楓は、体の前で幽霊のように手をゆらゆらさせた。


「何が出ても……って、ここ、出るのか!?」

「出るよ~。ほら、すぐ裏にもお墓があるじゃない」

「変なこと言うなよ。だ、大体それならその暗号文はどうなるんだよ。幽霊じゃこんなの用意できないだろ?」

「それがお饅頭を隠した暗号文ってどうしてわかるのよ。それこそおちびさんたちが遊んでたのが紛れこんだのかもしれないでしょ」


 確かに。孝太も最初はそう思ったのだ。


「大体あの子達に暗号なんて作れるの?」

「それは……」


 う~ん。もっともな話だ。孝太は腕を組んで眉をしかめた。


「とりあえず片づけなよ。手伝ってあげるから」


 楓はてきぱきと暗号の紙と一緒に、散らかった紙やノート、本を重ねていく。

 それに比べて孝太は動きが鈍い。こんな風に部屋を荒らしたのが本当に幽霊ならば

……。ポルターガイストってやつじゃあないんだろうか。それって、繰り返し起こるとか聞いたことあるんだけど。恐る恐る自分の部屋をぐるりと見回す。今まで二ヶ月何もなかったけど、一回あったらこれから何度もあるなんてこと、ないよな? 俺、今晩眠れるかな。


「孝太! 片づけする気がないんだったら、私、もう和花ちゃんのところに行くよ?」


 そわそわして片づけに身が入らない孝太に楓が文句を言う。


「お前が変なこと言うからじゃないか」

「もしかして、本気でびびってるの?」


 楓がぶふっと吹き出して、お腹を抱えて笑い転げた。


「笑うなよ~。だって怖いじゃないか。泥棒でなくて、チビたちでもなかったら……。饅頭だけなら、ウメばあちゃんってのも考えられるけど、ばあちゃんなら散らかしたりしないだろ? そしたらやっぱり、ほら」

「これ?」


 楓がまた幽霊の格好をして見せ、喉の奥でクックッと笑う。


「楓は怖くないのかよ」


 孝太は少しムッとして問い返した。


「本当に怖くないのか? こんな田舎に住んでたら、女子でも虫がへっちゃらなように、幽霊までも平気なのか?」

「違う違う。犯人がわかってるから怖くないの」

「え? 楓、犯人がわかるのか? なんで?」


 目を丸くした孝太に、楓が得意気に言った。


「それでは推理してあげましょう。まず、最初の現場をよく思い出してみて。孝太が帰ってきたとき、窓は開いていた?」

「うん。雨でなかったらいつも開けてるから」

「うんうん。それで、問題のお饅頭はどこに置いていたの?」

「そこの机の上」


 孝太は自分の勉強机を指した。


「多分そうだろうと思った。では、お饅頭は外から見えたと思う?」

「そりゃあ、見えるだろう。……やっぱり泥棒!?」

「残念ながら違います。私が最初に言った言葉がヒントだったんだけど、覚えてない?」

「最初に言ったこと? なんだっけ? 部屋が汚い?」

「まぁ、それも言ったけど、それは推理に関係ないでしょ、その後に言ったの」


 孝太は頑張って思いだそうと、首をひねった。


「……暗号文のことは、俺から言ったのか。ええっと。あ、そうだ。『ここは小山野原村だよ? 何が出てもおかしくない』って手をゆらゆらさせただろ?」

「そう! それ! もし、手振りがなかったら、何だと思った?」


 手振りがなかったら? どういうことだ? 手振りがないということは、幽霊じゃないってことで、つまり? ポイントは、『何が出てもおかしくない』ってこと。幽霊でない何かが出る? 


「この山奥で出るのは?」


 楓が助け船を出したちょうどその時、視界の隅にちらっと動くものが見えた。開け放した障子戸の向こう側。林の間を移動していくあれは……。一、二、三、四……まだまだ続く。かなりいるようだ。


「も、もしかして、あれが犯人!?」

「多分、そうだと思うよ」

「家の中まで入ってくるのか?」

「まぁ、開いていて見えるところに食べ物があって人がいなかったら入るだろうね。普通はパッと取るだけなんだろうけど、お饅頭の数が多かったから、二~三匹一緒に入っちゃったんだろうね」


 枝の上にも見え隠れしている犯人は、野生のサルだった。


「あいつらが犯人だったのか。いるとは聞いてたけど、見たのはじめてだ」

「ええ? 見たことなかったの? それならちょっと想像しにくかったかもね」

「楓がひっかけの手振りをしなかったら、わかったかもしれないけどな」

「あれはちょっとムカついたから、わざとひっかけたの」

「ムカついたって何に?」

 

 孝太がキョトンとして聞き返すと、楓は一枚の紙を目の前でピラピラとしてみせた。


「あ、それ! 暗号文! そうだ、それが残ってた。……ムカついたって、それのこと? もしかして楓が書いたの?」

「どうせチビたちと間違えるくらいの子どもの字ですよー」


 楓が拗ねてそっぽをむく。


「え? ちょっと待って。わからないんだけど。なんで楓の暗号が俺の部屋にあるんだ?」

「香澄ちゃんに戸に挟んでおいてもらったの。気づかずに入ったんでしょ」

「それで、これは何の暗号?」

「それは自分で考えて~。じゃあね」


 それだけ言い残して楓は和花の部屋の方にいってしまった。

 部屋を荒らした饅頭泥棒の犯人は教えてもらった。納得できる推理。というか、地元の人ならきっと誰でもわかったんだろうな。

 で、残ったこの暗号は自分で解けってか? えっと、『北の歌は当たりが十』か。紙を前に置いて眺めながら考える。と、よく見ると右下 隅に薄く鉛筆で『化け狸』と書いてある。なるほど。そういうことか。ああ、そういえば、楓はここを持っていたなと思い出す。


 祭りの終わりのことかな。饅頭まきの終わった帰り道。転んで靴をなくした楓の弟が泣き止まないから、孝太の靴を履かせてやれと渡したら、楓は「くっさ~い」と鼻をつまんで履かせてた。結局その後も泣き止まず、楓の家までおんぶしてやったのだ。そのお礼、かな。


『北の歌は当たりが十』を化かして

『きたのうたはあたりがとう』

 そこからぬきで読むと

『きのうはありがとう』


 楓のやつ、結構照れ屋だよな。

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饅頭泥棒 楠秋生 @yunikon

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