日常系ミステリーへの、スゝメ?

市亀

Case 0?

「ミステリーは殺人が出るから好きじゃない――って言ってたけどさ。殺人じゃないミステリー、結構あるよ?」


 なんの気なしの発言が、特に仲も良くないクラスメイトに捕捉され。首突っ込みたくなる探偵みたいな奴はお前もか、そう美浪みなみは思ったのだった。



 話は数分前に遡る。

 昼食で賑わう、高校二年の教室。購買のパンを片手に、夏川なつかわ美浪は友人たちとお喋りしていたのだが。

「だからミナミンも観なよ~、タカヒロ超可愛いんだからさ」

「可愛いタカヒロは観たいけど事件の話とか観たくないのよ、殺されるの可哀想すぎてさ~、ミステリーは殺人が出るから好きじゃないの、昔から」

「んん……殺人がダメだと大体のドラマNGじゃない?」

「別に~、恋愛もお仕事もいっぱいあるもん。むしろ医療モノこそ燃えるじゃん」

「医療モノでも可哀想な亡くなり方あるよね」

「手を尽くされて亡くなるのと、殺そうとして殺されるのとは別じゃん……多分、人が亡くなることじゃなくて、殺すって気持ち? 意図? が嫌なんだと思うの……ってかご飯どきにする話じゃないや、はい終わり終わり」


 という、イケメンスターとドラマを巡る女子高生らしい普段のお喋りだったのだが。自分の机に戻ったところで、ちょっとしたイレギュラーが訪れる。


「あの、夏川さん?」

 声をかけてきたのは、前の席で本を読んでいた男子だ。飯田いいだくん、下の名前は……忘れた、古風な感じだった気はする。取り立てて遠ざけていた訳ではないし授業で喋ったこともあったけど、こういうときに話す間柄ではない。


「なに、飯田くん?」

「大したことじゃないし蛇足なんだけど。夏川さんさっき、ミステリーは殺人が出るから好きじゃない――って言ってたけどさ。殺人じゃないミステリー、結構あるよ?」

「へえ……」


 どうやらさっきの話を聞かれていたらしいが、たいして仲良くもない異性と広げたい話題なのだろうか、それは。

 腑に落ちていないのが美浪の表情にも出ていたのか、飯田はこう続けた。

「夏川さんがミステリーを殺人事件の推理とだけ捉えていたなら勿体ないと思ったんですよ。別に興味ないなら話広げないけど」

「や、せっかくだし聞かせてよ」

 今は三学期、もうすぐクラス替えである。知らずじまいだったクラスメイトの一面を知るには、いい機会だ。


「じゃあ、お言葉に甘えまして。

 ミステリーといってもドラマとかより小説が中心の話になるんだけど」

 小説は全然読まない、そう言えるタイミングはすっかり逃してしまった。思い返すと飯田は小説や文章にこだわる人だった、休み時間も本を読んでいるし現代文の授業でも積極的に発言する。特に国語科の九瀬くぜ先生とは教科書そっちのけで話が盛り上がったりもする、接点がなくても認知しているのはそういう男子だからだ。


 ともあれ、せっかくだし聞いてみよう。

「ミステリーってのは謎を追う物語だから、その謎は殺人や盗みでなくてもいいのね。例えば学校や職場での、事件にもならない不思議……怪談じみた噂とか、不自然な光景とかを軸にするタイプ。いわゆる、『日常の謎』ミステリーって呼ばれてるジャンルがあります」

「事件にもならないってことは、犯罪者を見つけるって話じゃないんだよね。それでどう面白くするの?」

 謎を解くことで正義が果たされる、という展開だからこそ推理モノは人気なのだと思っていたのだが。


「隠された悪を明かす正義、みたいな構図が面白いのも確かだし、日常ミステリでも一部ではみられる構図なんだけどね。日常ミステリで僕が好きなの、謎が明らかになることで孤独とか無念が救われるってパターンなんです」

「んん……どうして、謎解きがそういう気持ちがにつながるの?」

「謎ができるってことは、誰かが事実を隠した、あるいは隠れてしまったってことだから。その事実が明るみに出ることで、追い詰められた誰かに味方ができたり。届かなかった気持ちが明かされることで、関係者の心が救われたり。リアルな気持ちに寄り添った作劇になる傾向は強いんじゃないかな。勿論、学校とか職場みたいな舞台の特殊性を活かした謎解きが面白いってのも大きな魅力だし」


 改めて聞いてみると、それはそれで面白そうなジャンルだった。しかしよく喋る男子だな……そういえば飯田は校内新聞の担当でもあった、地味な見かけによらず、人と話すのは好きなのだろう。美浪はあまり頻繁に付き合いたくはないが。


「じゃあ、作り物でも可哀想な事件が嫌って私には向いてる感じ?」

「そこは読んでもらわないと分からない、かな。そうはいっても辛い目に遭う人は出てくるし、突飛な殺人とかよりずっとリアルな題材なぶん、ますますキツいって人もいると思う。ただ、共感性が高くて幅広い夏川さんには、共鳴する所が多い……と思ったので、」


 ここでオススメ作とか出されたら、読まなきゃいけない空気になって面倒くさいな、と顔に出してたつもりはないが。

「まあ、夏川さんもネットとかで調べてみてくださいな。図書館のセレクトも充実してるし」

「うん、意外な所だけど興味でてきたよ」


 終了、飯田は席を立って廊下へと出て行った。この手のマニアは前のめりになりがちだというイメージがあったが、なかなか潔い引き際だった。そういえば彼は合唱部だったか、女子だらけの空間でやっていくとああいうスキルも身につくのかもしれない。


 それにしても。日常の謎、というのは面白い視点だった。美浪も小学生の頃、友達がたまに見せる不思議な行動が気になって……


「あれ?」


 何か引っかかっていたはずが、よく思い出せない。私は何を気にしていたのだろう、誰を不思議に思っていたのだろう。誰かに聞こうにも手がかりがなさすぎる、とはいえ妙に引っかかる。


 とりあえず、帰ったら小学校の卒業アルバムでも見てみよう。

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