モーガンフーリガンの大逆襲~恋する闇の邪気眼

水原麻以

第1話

最強VS無敵。勇者対魔王、至聖×極悪。

鳥も通わぬ絶海の孤島。その煙たなびく最高峰の奥深く。地下迷宮の最下層が轟き激しく明滅していた。

邪教団テクノトロンの総本山。スルメッシュ寺院の大礼拝堂である。

そこで神聖に至りし者と極悪の権化が火花を散らしていた。

正義とは真っすぐで純朴で人のためにある究極の福祉である。それぞれがかけがえのないものを護るため互いに一歩、いや微塵たりとも譲らず最終決戦開始から三日と十八時間二十三分。未だに決着はついていない。

しかし、いつ終わるとも知れない戦いに両者は疲労の色を濃くしている。


「むぅ…」

大神官大魔王トルクルイスが片膝をついた。手持ちの呪文を使い尽くしたのだ。だが彼には汲めども尽きぬ魔力が備わっていた。呪文のパワーをリロードする間は敵と互角以上に戦える眷属に任せようとした。まずは地獄の蛇王を召喚せんとローブから水筒を取り出し唇を邪水で潤した。

その時だった。

まばゆい光がトルクルイスの視覚を奪った。

「ぬぉっ!?」

目にもとまらぬコンボが魔王に畳みかける。


モーガン・フリーマンパンチ!

モーガン・フリーマンキック!

モーガン・フリーマンボンバー!

とどめはモーガン・フリーマンビーム!


「そ、その技はッ!?」

色褪せた情景がハイレゾで蘇る。勇者モーガン・フリーマンがまだ駆け出しのころ必死に繰り出した蟷螂の斧であった。


「ええい、効かぬ。膏薬ほどにも効かぬわ」


魔王に一蹴されるたびに涙目で逃げ帰ってしまう。

そんな勇者をどこか可愛いと思いながら無慈悲に打ちのめした。

血気盛んな若者は趣向を凝らした捨て台詞で楽しませてくれた。


そんな拙い技が装いも新たに帰ってきた。攻撃力、破壊力、俊敏性、命中率、スピード。どのパラメータも磨き抜かれている。閾値は神業に達している。

かたや魔王は勇者の執念を見くびり対策を怠っていた。まさか苔の一念岩をも通すである。

「ぐはぁっ!」

トルクルイスは極太のビームに胸を貫かれた。

「ま…まさか…この大神官大魔王ともあろう者が温故知新に敗れるとは」


やったあ!悪は滅んだ(棒)

お供のヒロインが投げやりに言った。死んだ魚のような眼をしている。

その時、キラーンとモーガンの邪眼が光る

「あっ!」

彼女はびくりと姿勢を正した。その瞳に耳元まで裂けた口が映っている。

「フゥーハハハ!今頃気づいたか。モーガンは好々爺だろうが?」

「お、お前は…」

そうなのだ。広く信じられているお茶の間のヒーロー。モーガン・フリーマンは気さくで柔和な御隠居である。越後の縮緬問屋のごとく「はっはっは、仕方ありませんな。少し懲らしめてやりましょう」という脅し文句が似合うゆるキャラの筈であった。

「これを見ろ、そしてこれ、よく見ろ」

モーガンだった者はにゅっと牙を剥いた。

「…」

ヒロインは何も言えない。

「お前は俺から離れていく。だが、もう俺たちには関係ない。もう会う必要はない」「う…」

「モーガンの邪眼は…お前に刺さっていた」

そして男は暴露した。魔王であるからこそ美辞麗句や偽善で曇った邪心が見抜ける。

しかし、敵もさるもの。ヒロインはスカートのポケットからぬめった眼球を取り出した。そこから毒々しい紫色の電光が迸っている。

「フゥーハハハ!フゥーハハハ!お前の邪眼なんか、私達の眼に比べりゃ…まぁ、こんなもんだ」

彼女は額に眼球を嵌めてみせる。第三の瞼がくわっと開いた。

男はあっけにとられるが、すぐに興味を失った。敗北者の取り巻きに何が出来る。

「そうかよ…ならいい」

モーガンの背中に女は呼びかけた。

「私の欲しい物を、あんなに早く、私の眼にとめるなんて、お前は一体何者なの!」「あぁん!?」

面倒くさそうに振り返る。

「いや、確かに私は、欲しい物は手に入れた。

欲しい物はもうない。

だが、こいつらは何?」

ヒロインが視線を巡らせると邪教団テクノトロンの信者たちが一斉に飛び起きた。総本山攻略戦の序盤でモーガンが築いた屍の山。それを踏み越えて魔王を追いつめたのだが、あっさり復活してしまった。

「あ、あ…」

男は訳知り顔で頷く。

「ああ、お前には分からないかもしれない。

分かってくれ!お前は私の欲しいものを、モーガンの欲しいものを、お前たちの欲しいもの、お前たちの欲しい姿を、見せたくて、私は願ったんだ。

お前の欲しい物を願った私。その想いは、そいつらの肝に銘じてやる!」

そう言うと、彼女は睨みつけた。

その眼が妖しく動き、そして光ったと思ったが、それはまさに邪眼だった。

その瞬間、目の色が赤に染まった。

そして、「グハッ、フゥーハ!」

男はもんどりうって倒れる。凄まじい視線が実体の刃となって四肢を切り刻む。

痛みを認識し、その腕が血を浴びたせいで、血が出る。

彼女が男に飛びかかろうと、身体を押し倒す。

そして、男の中に入ってくる。

彼女の眼は、その眼が紫色に輝いた。


========

季節は逆さに巡り、草木や鳥たちが短い夏を謳歌しているその水面や畔に色鮮やかな布切れが舞い散り、ゆらゆらと浮かんでいる。さらに一束の黒髪が流れて来た。

腰元を覆う逆三角形の僅かな生地。それ以外は湧水のように澄んだ肌をしている。

ざんぎり頭に涙をふるい、女は懇願する。

「この通り!」

額ににじむ刀傷をすりつけるように平伏する。その周囲には砕けた防具や折れた刀が転がっていた。

「あんたは?」

若い戦士らしき男は半裸の女に戸惑い気味だ。確かに知らぬとはいえ女の湯あみ場に踏み入った責任はある。しかしこれほどの反撃は予想外だった。幸い、骨董屋に根負けして買った邪眼が命を救ってくれたのだが。

「それは…」

男はゆらめく反射に勇者の証を見た。破れて大穴のあいた部分から見える丘陵に独特の痣がある。

「キャッ!」

女はさっと振り向き、しぶきをあげてしゃがみこんだ。紅潮した頬が責任取ってよね、と訴える。

「いいだろう!お前を、俺の弟子にしてやる!」「そうか」

彼女は勝手な独り芝居をうった。

「……」

男が絶句する。

「…………」

女も無言で威圧する。

「…………」「…」

にらみ合いが続く。

「……!」

男が眉間を揉んだ、その時だった。

「おっけい!決まりだ!」「あたしを弟子にしろよ!」

彼女は勝手に話を勧めた。

「………………え?いや…その…だから…」

「私のいう事が聞けないか?」

女は何様な態度にでた。わきまえない女は母ちゃんよりも怖い。

「その…お前こそモーガン・フリーマンの弟子…じゃないのか?」

攻守逆転な成行きにとまどいつつ、男はたしなめた。

「…まーどっちでもいい。

どっちでもいい!弟子にしてくれ」

女もしつこい。

「………」「………」

必然とぼうぜん。

「…………」「……………」

当然と当惑の撃ち合いがつづく。

「いいから、スカートぐらい穿いたらどうだ」

男は予備のマントを投げてやった。女はそそくさと腰に巻く。

でれっとした瞳が男を追いかける。

「じゃあ…」

これ以上、懐かれると困る。男はそそくさと立ち去った。

「何で?」

ジト目が呼び止める。

「何でって!」

男はきんちゃく袋を投げつけた。手切れ金だと言いたいようだ。

少女はにやーっと微笑むと、ぴょこぴょこと子犬のようについてきた。

「何でって!…あ、いやいや…別に弟子にしたとかそういうんじあ…ね、俺は本当に何もしてないぞ、だから…だからなんで…」

デレまくる勇者。弟子なんて取るつもりは毛頭なかったのに。

いや、正直言えば武芸者という柄でなく人肌の温もりに免疫がないだけだ。勇者の名門に生まれ孤軍奮闘を前提に厳しく教育された。ましてや女なんて論外だ。

「……」「……」

泳ぎ回る目線をがっちりホーミングする「憧れの目線」

男はわざとらしく咳払いする。

「あー!その…な、なんだ。女だからって特別視しないぞ。戦場に男女も人間もエルフもあるか。そういう覚悟があるならついてこい。あ、しゅ…修行の時間以外は性別縛りないぞ。その…りょ…女は料理とかするだろ…あ!お前を別に弟子にしたわけじゃないからな…うん」

羨望と懇願のまなざしがジーッと注がれる。

「……その何を弟子にしてくださるか」と聞いているのだろう。

再び沈黙が応酬する。

「……」「……」

そして、かわいらしい声が宣言した。

「私は…モーガン・フリーマンの、弟子だ」

肌も露わな少女は色香よりも凛とした覇気を発散する。

もう少し胸に筋肉をつければもっと良くなる、と勇者は思った。

そんな冒険の始まりと厳しくも愛ある修行の日々。


「……!そうか、そうだったな」

過ぎ去った思い出の欠片が弱弱しく認める。

「だから私もお前のことは、ずっと気づいてなかった」

愛弟子ヒロイン現魔王モーガンの奥底で述懐する。

「……どういうことだ?」

「その何をしても、お前の邪眼の光は消えなかった。

いつだって力づよき光は私の下の方で輝いてる」

子弟はともに邪眼の使い手だった。しかも弟子の技量は卓越している。師匠に憑依して何になる。

ゆっくりと少女の掌で魔王の運命が転がり始めた。

========

「やっ?!やめろおおお」

モーガンは苦しみもがいた。既に取りついた魔王の魂はボロボロになっている。肉体は必殺技に傷つき、今度は敵に憑依したものの、その弟子に精神攻撃を受けている。

次に目が輝く。「モーガン、好々爺なのは良いが、それは悪のレッテルを貼られたお前の姿!良い気になる前に姿を消させないと、この国にとって!」

不幸以外の何者でもない。愛弟子は心を鬼にしてダメージを加えた。

「俺の心に…何をした」

彼女は笑っていった。「悪辣の者にとっての猛毒を致死量与えよう。」

「何だと?」

「今なら、見える。モーガンが、お前の心の中に!」

少女は額に両手をあてて邪の眼力を振り絞った。すると、光明が見えてきた。

「俺の…?」

そう言うと、そこに、現れた小さな妖精?が姿を見せた。

金色の髪で、大きな二つの目。妖精にしては、背が低い。

「小さな妖精?何だこいつは」と魔王の声が震える。


「僕の名前は、セイカ」と、小さな妖精が返事をする。

「その声…まさか、お前が!」

「お前の心に隠されていた、金色の髪」

「金色の髪?」

妖精の名は乾燥セイカ。文字通り湿気の対極にある。それを司る神の使者であるところの彼は、森の精霊エッグベルトの一柱でもある。

彼らは中世のヨーロッパにも分布しており不用意に森へ踏み入る人間の恐怖・不安・後悔・畏怖を惹起してきた。いわば守護者である。ちなみに適度な乾燥は木々を雨季の根腐れから守ってくれる。

モーガンの先祖は荘園に聖なる森を含めていた。その関係で精霊の寵愛を受けて勇者を輩出してきたのだ。

トルクルイスは調べておくべきだった。心の奥底にラスボスを擁する相手の凄みを。

========

しかし、女の方もまた未熟だった。師匠はセイカを時期尚早として継承させてなかった。

「魔王トルクルイスと言ったか。モーガンに取り付いてこの娘に私を引っ張りださせたはよいが、きさま、、自分のしたことを理解しておるのか?」

妖精はぞんざいな口ぶりだ。

「何が何やら、さっぱりわからぬが」

トルクルイスの魂は白を切る。

「お前が崇めるテクノトロン。その教義は何を築いておる?」

「知れたことよ。選りすぐりが世を善導し、そうでない者は養分となれ…あっ?!」

「そうだ。エッグベルトの一族は森の屍を干し、雪解け水と共に土に溶かす。ちなみにその小娘は『黒き蛇』の王の血筋、父母の魂は『闇の支配者』のクローディア様と共に森で暮らしておる」


「えっ、両親が?」

少女はハッと思い当たった。

「しかし、何の用で、『大魔王』の娘が私に話しかけたのかい?」

「そ、それが…」

「しかし、彼らが私に話しかける時、その『大魔王』の娘がモーガンに抱き着いたように見えたのだが…?」

つまり、モーガンと愛弟子は軌を一にする闇の一族で、おさまるべき関係にあるということだ。

========

「ぬうっ!させるか」

トルクルイスは立つ瀬がない。悪の権化が闇の一族の幸福を手伝ってどうする。

破れかぶれの行動に出た。

気づけば娘の体に黒蛇が巻かれていた。


「モーガン!今すぐ助けて」

「私は好々爺だがどうやら君は私の敵のようだ」

トルクルイスはモーガンを完全掌握したもようだ。


「そ、そんなぁ…」

少女は絶体絶命のピンチ。しかし、再度認識する。

「私も邪眼の使い手」

「うっ…」

トルクルイスはひるむ。

「しかし、悪の力を私に使えばモーガンの心も肉体も死ぬぞ」

トルクルイスはイチかバチかの賭けに出た。

「仕方ない。力を手放そう」

少女は邪気眼を投げ出した。

すると……。

◇ ◇ ◇

冷たい風がこずえを吹き抜ける。

「ぐわああああああああ!」と頭に包帯…。モーガンは車いすの上でうめいている。

「私は悪の力を使って、あなたの身体を治したわ。そして……」

「そして、私は悪の力を奪われた」

モーガンは傷ついた身体をよじった。まだ傷は深い。

「トルクルイスは邪気眼が放つ全容の力に溶かされて逝ったわ。それから私は悪の力なしで、好々爺に負けない位の立派な領主になったのよ。

「そ、そんな……」

「でもね!私は今ではモーガンの事を好々爺とは思っていないのさ!」

「な…んな事…」

愛弟子には寄り添う人がいた。王配、つまり女王の夫だ。

「だって、私も女よ。お相手は若いイケメンのほうがいいじゃない!」


女は魔王だ、とモーガンは苦笑した。

(了)

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モーガンフーリガンの大逆襲~恋する闇の邪気眼 水原麻以 @maimizuhara

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