正しさクラブ
風鳥水月
正しさクラブ
まず自己紹介しよう。僕は『正しさクラブ』のメンバーだ。正しさクラブっていうのは、僕が引っ越してきたこの街にある治安維持グループのこと。市長が会長なんだけど、他の組織なんかと違って、このクラブは顔を合わせなくていいんだ。つまり、ネットの上でやり取りすればいいってこと。人見知りな僕にはピッタリだ。
じゃあ、正しさクラブがどんな活動をするか説明するね。することは簡単。一日に一回でも正しいことをして、それを皆に報告すればいいんだ。何でもいい。たとえばゴミ拾いとか道を譲るとか、荷物を持ってあげるのもいいね。すると、正しいことの大きさに応じてポイントが貰える。このポイントが高いほど偉いんだ。ポイントで買い物できるかって?いいや。でも、それだけ正しい人間だって証明になる。わかりやすいだろ?
一番ポイントが稼げるのは報告だね。悪いことをした奴を報告するんだ。盗み、騙し、人殺し。そんなことをする奴は許せない。だから見つけ次第報告するんだ。そしたら今度は皆で罰を決める。色んなアイデアが集まってくるよ。で、最終的に一番最適な罰が選ばれて、悪い奴はその通りに裁かれる。民主的だね。ちなみに、最適な罰に選ばれた人はボーナスポイントが貰える。だって、それだけ正しい判断ができたってことだし。
僕も引っ越したばかりの頃は戸惑ったよ。だってさ、いきなりお隣から
「正しさクラブに入りましょう」
なんて言われたんだもの。何のことかわからなくてウロウロしたよ。いま思えば迷う意味なかったなって感じるけど。そんなことしているからお隣さんは、
「みんな入っていますよ。正しい人になりたくないんですか?」
って言ったんだ。そりゃあ正しくありたくない人なんていないさ。僕は頷いた。お隣さんに教えられるがまま、すぐさまスマートフォンから会員登録したよ。
でもさ、いざやってみたら最高だったよ。ゴミを拾ったり草に水をやるだけで皆に褒められる。昔いた街じゃあり得なかったことだ。皆の視線が、皆のコメントが、日に日に僕が正しい人間になれていることを実感させてくれた。正しさクラブには感謝している。誰も気にかけてくれなかった昔の生活になんてもう戻れない。今の僕は、最高の日々に包まれているんだ!
次に、こんな話をしよう。僕が初めて罰を決める会議に出た日のことだ。罰を受けるのは子持ちの若い女性。なんでも、アクセルとブレーキを踏み間違えて人を轢いてしまったらしい。
「この人にはどんな罰を与えるべきですか?」
会長のコメント。
「罰金だ」
「免許を取り上げよう」
「失業させろ」
色んなコメントが飛び交う。なかでも会長の関心を惹いたのは、
「子供を轢け」
だった。確かに、誰かが傷つく痛みを知ればバカなミスを起こす気なんて無くなる。僕は焦った。早くコメントしなくちゃ。でなきゃ、ポイントを貰えない。僕は必死にタイプした。
「本人を轢き殺そう」
痛みを知るなら自分の体で知るのが一番手っ取り早い。それに何より、会長や皆の関心を惹きたかった。
結果、目論見は当たった。僕のアイデアが採用され、僕は大量のポイントを貰った。翌日、街の真ん中で処刑が行われた。こうすれば悪いことをしようと考える人はいなくなるだろうからね。合理的だと思う。
女性は車に轢かれ、グチャグチャになった。歓声がわき起こる。ウィンカーが血を拭き取る。すると、子供が車に向かって走り、泣きながらドアを蹴った。悪いことに大人も子供も関係ない。すかさず、僕は子供を取っ捕まえた。その晩はとても興奮したよ。だって罰が採用されたばかりか、その罰の最中に悪いことをした奴を捕まえたんだから。ポイントはゴミ拾いしていた頃の何倍にも膨れ上がっていた。僕は前の何倍も正しい人間になれた。その証拠に、
「おめでとうございます!」
とか、
「私も見習いたいです!」
とか、僕を褒めてくれるコメントがたくさん届いてきたんだ。僕が正しくなくちゃあり得ないよね。でも、何故か僕の胸はぽっかり穴が空いた感じだった。まだまだ正しさが足りないからかな?僕はこんな所で満足しないぞ。もっともっと、正しい人間になるんだ!
ある日のお話。僕はすっかりスター気分だった。いつの間にか街一番のポイントを稼いでいたからっていうのもある。でも、街の真ん中で子供の悪さを止めた男と、罰を採用された男が同じ人物だと知れ渡ったものだから、皆して僕を尊敬の眼差しで見てくるんだ。いい気分だよ。ただ一つ、俳優達のようなスターと違うのは、僕の方がポイントが高いってこと。つまり、僕の方が正しいってことだ。芸能人なんてスキャンダルばっかり起こしているもの。ポイント付けたらマイナスまで行っちゃうんじゃないかな?
とはいえ、僕ほど正しくなると、あんなバカな連中を見てイライラするのは最初の内だけで、次第に可哀想になってくるものなんだ。目立つために計りもできない能力で競い合って、スターになってもスキャンダルを起こして自滅する。お勤めご苦労様って感じだよ。みんな正しさクラブに入ればいいのにね。
まぁ電子パネルの広告なんかを見ながら、僕はそんなことを考えていたんだ。そしたらいきなり男が僕にぶつかってきたんだよ。確認すると、そいつは高級そうな白いバッグを抱えていた。あんな小太りの男があんなに綺麗なバッグを持っているわけない。ひったくりに違いない。
僕は追いかけた。そいつは体型のわりに足が速く、なかなか捕まえられなかった。僕はポイ捨てされたゴミも、捨て犬も、泣いている子供も気にとめず走った。だって、捕まえた方がポイントが高いんだから。
裏通りに出た。ようやく追いついた。僕は手を伸ばし、男の服を掴んだ。そして、足を止めるために引っ張った。男は派手に転んだ。
「観念しろ、ひったくり!」
でも、男は否定した。
「これは俺のバッグだよ」
「そんなわけないだろ!お前みたいなのがそんな綺麗なバッグを持っているか!」
怒った男はバッグから財布を出した。それから、財布に入った免許証を見せた。顔写真は男と同じ顔だった。
「じゃあ何で走って…」
「デートに遅れそうだったんだよ!」
「じゃあ、本当に君の…」
男が怒って立ち退くと、視界の隅から悲鳴があがった。悲鳴をあげたのは女の人だ。その人は僕を指さして言った。
「この人、暴力を振るってました!」
僕は必死に弁解しようとした。けど、言葉は遮られ、
「悪者が言い訳なんかしないで!私、この目ではっきり見たんだから!」
女の人はスマートフォンを取り出して、必死な形相で文字を入力していた。正しさクラブに報告するつもりだ。僕の体から血の気がひいた。そんなことしたら、今まで稼いできたポイントが無駄になる。僕は正しくなくなる。嫌だ、嫌だ、嫌だ。
気がつけば、僕は女の人を殴っていた。スマートフォンが飛んでいく。あの高度から落ちたらたぶん壊れる。とすると、問題はこの女の人だ。口外されたらまずいぞ。僕は殴った。ひたすら殴った。疲れ果てるまで殴った。そしたらいつの間にか、女の人は息をしなくなっていた。人を殺したんだ、僕は。
いや、正しさクラブに報告されなきゃバレないんだ。それに、早とちりして僕を悪者扱いしたこの人が悪いんだ。大丈夫、大丈夫。僕は正しい。そうだ、スマートフォンを確認しなきゃな。拾われたらまずい。僕は歩き、足元のスマートフォンを拾った。画面はバキバキに割れながらも光り、『正しさクラブ』と『あなたの報告を送信しました』の文字を表示していた。
僕は膝から崩れ落ちた。僕の目の前が真っ暗になった。それからは早かった。まず、僕が正しさクラブ傘下の自治体に捕らえられるだろ?次に、罰を取り決める間ずっと個室で待つだろ(弁明の余地なんて無いよ)?そして罰が決まったら、街の真ん中でその通りに処罰される。──こうして現在(いま)に至るってわけ。
僕の体が鉄の棒に縛られる。罵倒が聞こえる。死ね、殺せ、ミンチになれ。罵倒と一緒に、ヘビー級のボクサーみたいな人の拳をぶつけられる。一撃、また一撃。痛みを確認させるように、ゆっくり殴られる。血が噴き出る。意識が遠のく。ごめんなさい、許してください。言いたくても、歯も顎も砕けて喋れない。
薄れゆく景色の中で、僕は思った。正しさって何だろう?呑まれたものの正体もわからないまま、僕は最期の息を血と共に吐いたのだった。
正しさクラブ 風鳥水月 @novel2000
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