別視点からの KAC20214 ホラーorミステリー
霧野
ずっと一緒に
むかしから、君は素敵だ。
酷く怒鳴られても、泣きもしない君。
折檻されても、声ひとつ上げない君。
真っ暗な倉に閉じ込められた時も、平然としていたっけ。
ご飯をあまり貰えないから痩せっぽちで、でもいつも超然としていた。夢見るような瞳で遠くを眺めていたね。
朝と夜、君が歌いながら家の前を通るのを、僕は毎日楽しみにしていたんだ。2階の部屋の窓から、いつも見ていたんだよ。
僕がこっそり君に近づいた時、君はちいさな声で歌っていた。とても素敵な声だったから聞き惚れていたら、君は突然振り向いた。
ずいぶん前の話だけど、憶えているかな。あの時初めて、
「赤。汚い色……」
君はそう呟くと、目を閉じて歌い始めた。さっきとは別の歌を、さっきより大きな声で。
身体が震えた。自分の中にある欲望がうねり広がって、身体の中を駆け巡った。自分が自分じゃなくなるみたいで恐ろしくもあったけれど、それはとっても魅惑的で。だから僕は、その欲望に自分を明け渡した。君の歌に、身を任せたんだ。
それはとてつもない快感で、僕はいつしか床に
そんな僕を、君は立ったまま見下ろしたね。
「ありがとう、ございます……」
涙を流してそう言った僕に、君は微笑みかけてくれた。その
でも君って、まったく頼りない女神だよ。はっきり言って。
僕がいなきゃ、なんにもできやしないんだから。
君がおじいさんを川へ突き落とした時だって、僕が後始末しなかったらきっとバレてたよ。
だって君はいつも、おじいさんから酷い目にあわされていたんだから、みんなに疑われて当然じゃないか。
「食べ物を粗末にするな」って腐りかけのものを食べさせられてさ、腐ってるって反論すれば、「ひと様に作ってもらったものに文句を言うな」って棒でぶたれてさ。最後はお決まりの倉だよ。
あの村の人なら、君のうちのことは大抵知ってた。いろんな嫌な噂もあったよ。でも、誰も何もできなかったし、しようともしなかった。
だから僕、こっそりあの倉の窓を壊したんだ。
あの日の早朝、おじいさんがいつものように畑へ出掛けると、君は壊れた窓から這い出てそっと後をつけた。
僕は見てたよ、いつものように。
橋の真ん中ぐらいで、君はおじいさんに走って追いついた。そして驚くおじいさんの足元に屈むと、膝のあたりに飛びついて持ち上げ、橋から落とした。
男とはいえ、鶏ガラみたいに痩せた小柄なおじいさんだったからね。不意打ちだったせいもあって、君にもできたんだね。
でもさ、川に落ちたおじいさん、あの時まだ生きてたんだよ。だから君は詰めが甘いっていうんだ。僕が石で殴って息の根を止めてなけりゃ、どうなってたか。
でもその後、君が家じゃなく倉の方に戻ったのは評価する。だってその間に、僕がおじいさんにとどめを刺して母屋に火を着けることができたんだもの。
台所の火の不始末を装って僕が火事を起こしたあと、君はいつもみたいに倉に閉じ込められて眠っていたところを、消防隊に助けられたわけだからね。
君が初めて一緒に暮らした、あの酒乱暴力男。あの時だってそうだ。
僕がこっそりプレゼントした薬と、ナイフ。
薬を使うのを選んだのは賢明だったよ。あの男、タバコと酒で味覚が鈍くなってたみたいだからね。大好物のオムライスに、処方された薬を大量に混ぜたケチャップをドバドバかけてあっという間に完食して、その日のうちにまんまと死んだ。
もがき苦しむ男を、君は黙って見下ろしてたね。初めて会ったあの日、歌ってくれたあの日に、僕を見下ろしてた時みたいに。
君はそのまま家を出ちゃったけど、僕が後で戻って片付けなきゃ、君は捕まってたかもしれないよ。だって、薬を仕込んだケチャップをそのまま置いてきちゃうんだもの。あれは僕が回収して捨てたよ。かわりに、使いかけの同じ種類のケチャップをテーブルの上に置いてね。そうそう、空になった薬のシートの束も、僕が外で捨てたんだ。単に、男が薬の量を間違えて飲み過ぎたのだと思わせるためにね。
まぁ、あの酒乱のクズ男が死んだところで、ろくな捜査もされないだろうけどさ。
それにしても君、うっかりさんにも程があるよ。
そうだ。ついこの間だって、うさんくさい男に引っ掛かって部屋に転がり込んだ挙げ句、キモいでぶオヤジに売られかけてたじゃないか。君ってほんと、見る目が無いよ。
まぁ、僕があげたナイフで……いや、正確には、酒乱暴力男の家にあったナイフを君のバッグに入れておいただけなんだけど……それで奴らをやっつけたのは、偉かったと思う。
問題はその後だよ。たしかに、車と男を沈める手際はよかった。それに、あのでぶオヤジのベルトを引っ掛けてフォークリフトで運んで海に捨てたのは、すごいよ。仕事で講習受けたとは言え、あの操作技術はなかなかのもんだよ。
でもさ、そのフォーク部分の裏側に血の染みが付いてたの、見逃したでしょ。
自分が浴びた返り血の染みはきっちり拭ったから、君自身は一見綺麗にはなってたよ。君の服装が黒のワンピースで良かったよね、汚れが目立たないもの。
すぐに雨が降ったから、地面の血もあらかた流れちゃっただろうね。
でもさ、金属に付着した血はちょっとやそっとの雨じゃ落ちないよ? その場に有った器械に血なんか付いてたら、そこらじゅう捜査されちゃうでしょ。そしたら海の中の死体や車なんて、秒で見つかっちゃうからね?
リフトを戻したあと君が休憩してる間に、僕が拭いといたんだから。気をつけてよ、もう。
今日も君が寝てる間に、またバッグの中に台所の包丁を入れといたよ。こないだ使ったナイフは海に捨てちゃったからね……
寝起きでまだ寝ぼけてる君も、やっぱり素敵だ。
……バッグの中に包丁を見つけて、君はまた驚いてるけど。
「ま、いっか」じゃないよ、まったく。そういうとこだぞ、僕が心配してるのは。
少しは疑問に思おうよ。なんで知らないうちにバッグにナイフやら薬やら包丁やらが入っているのか、とかさ。なんであんな杜撰な犯行が今までバレてないのか、とかさ。
イヤほんとに。僕は君が眠ってる間にしか、君の身体を借りられないんだから。しっかりしてよね。
でも、僕ね。君がどうなっても、君を守るよ。
だって君は、僕の女神だから。
初めて目が合った、あの日。
ずっと憧れてた君を殺そうとして近づいた、あの日。
君を殺して永遠に僕のものにしようとした、あの日。
君の歌を聴いたとき、僕は自分の本当の気持ちを知ったんだ。
抑えきれない破壊衝動の正体、それは、僕に向けられたものだった。僕がほんとうに壊したかったのは、僕自身だったんだ。
君の歌が、僕の欲望を解放してくれた。汚い赤色をした、僕の欲望を。
自分の中にある欲望がうねり広がって、身体の中を駆け巡った。自分が自分じゃなくなるみたいで恐ろしくもあったけれど、それはとっても魅惑的で。だから僕は、その欲望に自分を明け渡した。君の歌に、身を任せた。
そして、自分自身の胸を、刺したんだ。
そりゃぁ、怖かったし痛かったよ。
でもそれ以上に、素晴らしかった。僕は僕の厭わしい身体から、解放されたんだから。凄まじい開放感だったよ。
去って行く君の背中を見送りながら胸に刺した包丁を引き抜いたとき、僕はこのうえもなく幸せだった。だって、君を殺さなくても永遠に一緒にいられる方法を、僕は見つけたんだ。
君はこれからも、歌で人を救っていくんだろう。
そんな君を、僕は君の中で、守り続けるよ。僕らは、ずっと一緒だ。
別視点からの KAC20214 ホラーorミステリー 霧野 @kirino
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