謎行動のコックリさん

猫とホウキ

コックリさん

 放課後の学校。外はすっかり暗くなっている。その校内、オカルト研究部の部室に遥たちはいた。


 部長で茶髪の小鳥ことりさん。ロングヘアの弥生やよいさん。長身スラリの鈴音すずねさん。そして遥。この四人の女子高生は、今日、かの有名な降霊術遊びであるコックリさんに挑戦していた。


 コックリさん──あらためて説明するまでもないと思うが、紙の上に五十音の文字や「はい」「いいえ」などの選択肢を書いておき、降霊したコックリさんの意思により紙の上で十円玉を動かして質問に答えてもらい、本来知り得ないことを知るという遊びである。


 すでに最初の儀式を終えて、遥たちは十円玉を紙の上で滑らせていた。このとき遥以外の三人はまだ、自分たちの意思で十円玉を動かしているという自覚はあった。しかし遥だけは違和感を感じていた。


 なんか変……。


 彼女がその違和感の正体を掴めないまま、遊びは本題へと進んでしまう。


「じゃあそろそろ、恋話コイバナといきましょうか。まずは部長から!」


「えー、私? んー。まあ、みんな知ってるか。コックリさん、コックリさん、教えてください。同じクラスの藤澤君が好きな女の子は誰ですか? 下の名前を教えてください」


 十円玉が動く。それは紙の上に書かれた五十音のうち、二つの文字をなぞり、小鳥を落胆させた。


「むー、やはりか。悔しいな。じゃあ次の質問です。藤澤君が好きな髪型を教えてください」

「部長、ずるいです! 次は私の番」

「いやきっと鈴音がやっても二文字の彼女だと思う……。この子モテるし。でも私の想い人は違うはず。変態だからね。きっと四文字に違いない……」

「弥生。分かってると思うけど、あんたの名前は三文字だからね。分かってる?」


 わいわいがやがや。三人の会話を聞いて、そこでようやく遥は違和感の正体に気付く。


 自分だけ楽しめていない。と感じているのだ。

 しかしそれを言い出せず、三人と同じように笑っているふりをする。


「あ、遥。あなたもやりなよ。一条君の好きな人、知りたいでしょ?」


 遥は、首を横に振る勇気もなく、少し躊躇いながらも、小鳥たちと同じように質問をする。


「コックリさん、コックリさん。一条君の好きな人、教えてください」


 言うと同時に十円玉が動き出す。遥は力を込めているつもりはない。でも誰かが動かしているのだろう。


 その文字。

 た、こ、や、き、た、べ、た、い。


 

 誰かが遊んでいる。


「あはははは! 遥、コックリさんに遊ばれてるよ!」

「いや部長でしょ。動かしたの」

「弥生じゃないの?」

「鈴音じゃなくて……?」


 三人が遥を見た。


「自演か」

「違うよ! もう……」


 しかしその瞬間である。十円玉から四人の指先が弾き飛ばされた。


「え?」


 笑顔のまま、困惑の声をあげたのは鈴音。小鳥と弥生の両名は声を発することさえできない。


 直後、十円玉が動いていた。紙の上を、誰も触れていないのに。


 たこやき

 たべたい


 もの凄い速さ。全員が唖然とする。恐怖というより単純な驚きで、誰も動けない。


 はやく

 かって

 こい


「ねえ、これまずいですよね。本当に、来てる……」

「だ、誰か、たこ焼き買ってきて! ほら、お供えすれば怒らないだろうし」

「コンビニでいいのかな……。私買ってくる。自転車あるし……」


 慌てて弥生が部室を出る。取り残された三人は、化け物を見るように、紙と、そして十円玉を見ていた。


 その後しばらくはじっとしていた十円玉。しかし、数分の沈黙の後、やれやれとばかりにまた動き出す。


 その示す文字。


 うたえ


「歌え?」


 小鳥が言うが、鈴音と遥は首を傾げた。


「だと思うけど。何を?」

「え、あ、そうか。コックリさん、コックリさん。何を歌えばいいですか?」


 十円玉が紙上を駆け巡る。なにを示しているのか。


 まったく分からない。十秒、二十秒と過ぎる。


「あ、もしかして……歌の歌詞?」

「鈴音、分かるの? 何て歌?」

「曲名までは分からないですよ。追いかけても目が回るだけ」


 遥は冷静に十円玉の動きを追っていた。ほとんど言葉を拾えない中、辛うじて一つのフレーズを見つける。


 これ、まさか。


「どうしよう。コックリさん怒っちゃう」

「私、歌います」

「え?」


 一呼吸。


 遥は、十円玉の動きに合わせ、そのハイスピードなテンポに歌詞を乗せてみる。覚えている曲。でも人前で歌うのは初めてだ。


「おお、上手い。でもなんだっけこの曲」

「分からないです……ああ、でもこの雰囲気はアニソンですね」

「え、遥ってアニメ好きなの?」


 大好きです。隠れオタクですから。

 遥は恥ずかしいとも思わずに、堂々と歌っていた。コックリさんの命令だ。致し方ないと自分に言い聞かせて。


 だんだん楽しくなってきた。声量も徐々に上がる。


「おおお、拍手ー」


 歌い終えると、小鳥と鈴音が手を叩く。そして十円玉がまた動く。


 あんこーる


「え、また歌うの?」

「曲は同じですか? 別の?」


 十円玉が歌詞をなぞり始める。それを見て、すぐに察知する。


 この歌い出し。あの曲だ。


 遥はまた、コックリの注文オーダーの通り、深夜アニメのオープニングテーマを歌い始めた。


 その後も遥のアニソン熱唱は続いた。終わったのは、たこ焼きを買って弥生が部室に入ってきてからだ。この状況で逃げないとは、なかなか律儀な子だ。


「さあ、ここに置いて置いて」

「紙、汚さないでくださいね」

「封を切ります。爪楊枝刺して、これで良いよね。コックリさん、コックリさん、どうかお食べください」


 熱々のたこ焼きを机に置くと、十円玉が動き出す。

 それがなぞる文字。


 ありがとう( ´ ▽ ` )


 いつの間に紙の上に顔文字があった。そんなものを書いた記憶はない。もはや驚きもしない。


「これでいいんですかね」

「待って、まだ十円玉が動いてる」


 はるちゃんに

 たべさせて


「え?」


 遥の名前が出て、驚いてしまった。


「ちょ……」

「遥。あんたなんでコックリさんに気に入られてるのよ」

「ずるい」


 鈴音、小鳥、弥生の順に言う。

 そんなこと言われても困る。自分だって好かれたいわけじゃない。


「あ、歌ってくれたからじゃない?」

「なるほど、お礼ですか」

「遥、とにかく食べなよ……。コックリさんの命令だよ」


 コックリさんの命令と言われると食べるしかない。遥は震える手で爪楊枝を持つと、たこ焼きを一つ持ち上げる。


 口元に運ぶ。ぱくっと一口。


「熱っ……ってほどでもないか。美味しい」

「良かった。ほら、あと七つもあるよ。どんどん食べな」

「え、全部私が食べるの……?」

「だってコックリさんが食べろって」


 言い返せない。独り占めしているとなんとなく悪いことをしているような気持ちになる。

 それでも食べ続け、全部食べ終えた。


「ごちそうさまでした」


 手を合わせる。十円玉は(o^^o)の顔文字の上で止まっている。だから勝手に文字を増やさないで。


「さて、コックリさん。そろそろ教えてくれませんか? 一条君の好きな人。もし遥だったとすればみんな嬉しい」


 小鳥が言うと、十円玉は……。


 ほんとうに

 ありがとう


「意味が分からないですよ、コックリさん。小鳥が好きな人も、私が好きな人も、はるのことが好きなんだから。でも一条君と遥が両想いなら、みんな諦めるでしょ。だから大事なの。この大人しくて細身のくせに胸ばかりでかい凶器のような女が一条君とくっつくかどうか」


 鈴音が好き勝手言う。胸がどんどん大きくなるのは仕方ないじゃないの……。


 でも、十円玉は、誰の意図にも反して動く。



 ばいばい




 そして、




「え?」


 小鳥、鈴音、弥生。三者は顔を見合わせた。

 何が起きたのかは分かるが、何が起きたのかを


「今さ」

「私たち」


 彼女たちは、冷静に、冷静に、今起きていたことを考える。不自然だったはずだ。すべてが。

 どうして気付かなかったんだろう。


「私たち……死んだはずのはると……話していた?」


 遥は、一年も前に亡くなっている。だからここにいるはずがない。

 それはつまり、コックリさんの遊びで呼び出してしまったのが──。


 ずっと十円玉を動かしていたのは──。

 遥だったのか。


 と、そのとき。また十円玉が動く。



 やっぱり

 けーきも

 たべたい



「……」


 気配を感じて。

 恐る恐る三人が振り返るとそこには……。


「ケーキ……ダメ?」


「待って、遥。ここは食い意地で戻ってきたら台無しなシーンだよ。今、私たちはコックリさんの正体は遥だったのか、と驚愕し、それから遥のことを切なく思い出しているところなんだから」


 そこに立っていた遥は、ですよねー、と言いながら、イスに腰掛けた。


「いや、帰らんのかい」

「え、だって。ケーキも食べたいし……」


 とても怖いはずなのに、とても笑ってしまう場面。小鳥と鈴音は笑顔で、遥も笑顔だった。


 でも、弥生だけは笑えずにいた。


**


 弥生だけが気付く。

 最初から不自然な話だったのだ。そして、今もなお、すべてが不自然なのだ。


 弥生は長い髪が苦手だ。

 小鳥は黒髪が好きで、髪を染めることはない。

 鈴音は背が低い。


 それはつまり、今の私たちの体が、本来の私たちの体ではないということを意味する。


 じゃあ、私は何だ。

 そのヒントは、コックリさんだ。


 同じオカルト部員の遥が亡くなったにもかかわらず、コックリさんで遊ぶほど、私たちは不謹慎ではない。それならば、何故、コックリさんをやっていたのか。


 それは、私たちは、からだ。


 だから、私たちはコックリさんをしていた。遥を呼び出したのは私たちだが、私たちを呼び出したのは──。


 遥を追うように、のは、まだ怖さを知らないオカルト研究部の後輩なのだろう。


 私たちはどうして死んだっけ。よく思い出せない。そもそも私たちと遥って仲良かったんだっけ?


 たぶん私たちは、今更、自覚もなく理想を演じている。


 そしてただ一つ言えること。残念ながらこの体の主たちは、たぶん気が狂う。だって、コックリさん、



〈了〉

 

 

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