交換日誌
てくてく
宇宙船 交換日誌
――えっと、テステス。お、ちゃんと入力できるもんだな、じゃあ、削除。ってこれも残るのかよ!? あーまぁ、仕方ないか。これもまた醍醐味ってやつってことで残しておくわ。
これは音声入力ツールによって作成された星間船搭乗クルー、トアリによる個人的な日誌である。誰でも閲覧可能であり、書き込み可能である。という、堅苦しい挨拶はここまで。
ほら、俺達ってさ、起きてる一人以外はみんな船のシステム任せで、交代に寝てるわけだろ? 殆ど起こる事の無いイレギュラー対策とはいえ、現在一人起きてる俺的には暇なわけ。ってことで、まぁ誰が見てもいいし、見なくてもいいし、でもまぁ……もしよかったら返してくれたらちょっとだけ嬉しい。っていうモノをこうしてセコセコ作成させてもらった。
とりあえず、マザーを出発した直後だからってのもあるけど、大変順調。アクシデントも特になし。つまりさっきも書いたように俺は暇。ねむい。 トアリ
――はじめまして、私はリウ。はじめまして、でこう言うのもあれだけど、あんたちゃんと仕事してたんでしょうね!? 起きたら船内の植物の一部が伸び放題で機器に迫る勢いだったんですけど!! ちゃんとやってくれないと、起こる事の無いイレギュラーがあんたのせいで起こることになるわ。ちゃんとして。 リウ
誰が見るわけでもないだろうと思って、でも誰が見ても大丈夫なように、って書いておいた日誌。あれから何年経ったのか、それともそんなに経ってないのかわからないけど(いかんせん誰からもよくお前が星間移住民になれたな!? なんて言われるレベルで話を聞いてなかったから、何人船にのってんのか、俺はしらねぇ)
リウ。男か女かわからないけど、なんとなぁく、女性な気がする。勘だけど。
そして俺が名指しで怒られてるってことは、俺の次に目覚めた人なんだろうけど……正直、勤務期間ってマザー時間単位の一週間だぜ。それでそこまで植物がえらいことになるもんだろうか? っていう疑問がわかないでもなかったが、それよりもとにかく返事が嬉しい。
――後任のキミに迷惑かけたようで、すまん。今回はちゃんと指示やっとく。
そして書き込みありがとう。独り言にならなくてほっとしてる。
ついでに本日は間近で流星雨。いやぁ、科学の進歩ってすげぇね。 トアリ
――キミじゃなくてリウ。それからそれは流星雨じゃないわ。それはマザーでの呼び名でしょ? まぁ、私も、宇宙塵群とかいう呼び方より、流星雨って言葉を選んだと思うけど。そっちの方が綺麗よね。あんたの言葉のセンス、いいと思う。 リウ
日誌を書き込んで、次にまた目が覚めると、リウからのそんな返事があった。
言い方はキツイし、ぶっきらぼうだけど、俺の言葉のチョイスを褒めてくれたり、それこそ不器用な優しさを感じる。まぁ俺がそう思いたいだけかもしれないけど。
こうして、俺と彼女?《リウ》 のやり取りはこの後も長く続いた。
時に、些細な事件の話をしたり。
――やべぇ! 寝ぼけてベットからおっこちて、シーツ、びりびりに裂けた! それはそれは見事なアートっぷり! いやぁ俺ってばセンスある。
追伸:替えのシーツが見つからなかったからそのままだ、ごめん。 トアリ
――ほんとね! これはすごい、どうやってできた芸術品? しかも替えのシーツなかったってことは、これで寝てたってことよね。大変な一週間お疲れ様。私の後の人も困っちゃうし、ちゃんと出しといたから安心して。これを見たら私に感謝して? なんてね。 リウ
時に、その時見た感動したものを伝えあったり。
――そっちの交代で見れるかわからないんだけど、今紫に燃える星の横を通過中。知識としては紫の炎って聞いたことあるけど、炎を見たのも初めてだし、そんな色で燃える星を見たのも初めて。交代期間って暇しかねぇかも、って思ってたけど、俺わりと色々レアなもん見てる気がする。ラッキー。 トアリ
――ちょっと遠くなっちゃってるけど、私も見れたわ! 情報ありがとう。
確かに、知識としては知ってるけど、って事って多いよね。太陽系だって元々住めない星だったのだって、知識としては知ってるもの。ってことは、耐冷耐熱性の問題でこんな時代でも住めない星も、いつかは住めるようになるのかも。そうなったらあの星に旅行に行くのもいいわね。それじゃなくても、もっと近くにいけたら、もっともーっと! 綺麗なのかも? 楽しみ! リウ
時に、文章越しに喧嘩をしたり。
――前回のさぁ、あの言い方。あんたってやつ。最近ずっとトアリって呼んでたのに、なんで? 他の部分も含めて、わざわざトゲトゲしく送ってくる意味はないよな?
言われてることはもっともだし、時間がなかったのとそれを伝える事を忘れてた俺が悪かったし、ごめん。って思うけど、さすがにイラっとした。 トアリ
――最初の頃はあんたって呼んでも怒らなかったくせに、今更あんたって呼んだら怒るわけ? 意味が分からない。それでなくても、やらかしてその上でわかってて何も言わず私に丸投げしたのはあんたじゃない! って思ってたけど、交代ギリギリでの出来事だったのを今知ったわ。そういう事すらも引き継ぐ余裕もなかったのかもしれないけど、起きて大変だった私の気持ちがわかったら戻してあげてもいいわ。 リウ
そうして、次に目が覚める時には目指す星、P-584に到着できるだろうと見込まれた、ようする最後の交代期間。
なんでか俺は落ち着かない気持ちでいた。だからずっと、一人であることをいいことに、俺は自分のスペースでぼーっと考えていた。
なぜ、ようやく到着するというのにわくわくしないんだろう。だって起きてる間は今回以外はわくわくしてた。早くつかねぇかなぁ、ってもう遠足前の子供みたいだ俺、なんて一人失笑したことも少なくない。
そもそも、俺ってやつは新しいことっていうものが全般的に好きなのだ。未踏とか未開とか開拓とか、そういう誰もやったことがないこと、行ったことがない場所で、試行錯誤するってことに強く憧れていた。時代的にそれが宇宙へってだけで、古の時代はよくあった話だろ? 開拓時代の人々も、確かに不安もありつつも期待で胸を膨らませて、前向きなワクワクした気持ちを抱えてた。俺だってそうだ。少なくともそうだった。
だから、もうすぐ到着できる、そんなこの段階で気持ちがこんな後ろ向き……正直に言えば、まだつかないでくれないかな。言葉にすればたった一言、嫌。って気持ちでいることが、我がことながらサッパリわからない。
彼女の、最後のメッセージ。それだって、普段の俺ならさらっと流してたハズだ。
—―これは多分だけど、すでに着星の準備でバタバタしてるし、次トアリに返事を返す余裕はなさそうだから、もしかしたら私からの最後のメッセージなのかもしれないわね。
だから最初に、ありがとう。
最初に日誌読んだ時は、なんだこいつ? って正直なところ、思った。特に冒頭部分ね! たまにこの日誌見返す事もあるんだけど、あれは今見ても笑っちゃうときある。でも、そんなトアリとやり取りできたことで、私の交代期間はとっても楽しかった。毎回起きてることが楽しかった。寝る前に次の目覚めをわくわくしながら待つなんて、子供かな? って自分に思ったことある。
いつも明るくて楽しくて、元気をわけてもらえて、気付いてないと思うけど、たくさん精神的に支えてもらった。
だから、ありがとう。
そして、ごめんなさい。
トアリ、疑問に思ったことない? なんでこれ、私しか返してないのかって。
今更教えてあげるのもあれなんだけど、これ宛先がToNextなのよ。多分指定を間違っちゃったのね。だから私はToPreviousで送り返してたの。だからこれは二人だけしか見れてなくって、私しか返してなかったってわけ。
何度か教えてあげようとは思ったんだけど、ごめん。できなかった。
最初は気づかなくって、次はまぁ話の流れ的に今じゃなくても、って思って、最近は……。
理由はなんであれ、わかってたのにごめん。この話をどんな風に切り出すか迷ったんだけど、どんな理由があろうと、トアリの旅路を邪魔したのは確かだからシンプルにごめんだけ伝えさせてほしい。
その上でもし出来るなら、あっちに着いたら会いたい。謝罪をちゃんと会って伝えたいし、これもシンプルに伝えるなら、会ってみたいの。
いいよ。ってもしも思ってくれたなら私は返せないかもだけど、トアリのは読むことは多分できるし、ううん絶対よませてもらうから、そう残してくれたら嬉しい。じゃあね。 リウ
いつもなら俺への返事に+αを添えて、って感じなのに、今回は一切俺からのメッセージには触れず、長い長いメッセージが書かれていた。
これは、一体……? っていうのが最初の気持ち。
会いたい。たしかに〆の文面はそうなんだ。だけど、この感じをニュアンスでしか語れなくて(それもまたもやもやするんだけど)、ドンって突き放した感じがする。例えるなら、そう、別れ話みたいな。
普段なら、らしくねーな? 勿論、会おうぜ! って返してたと思うんだ。
性格的に、ここで引っ込み事案になる要素なんて皆無。それは経験からもいえること。
それなのに、会うのも、会わないのも、すっげぇこわい。
リウは支えられてた。っていうけど、俺も支えられてた。いや、俺の方が、かもしれない。
くじけそうな日もあった、不安に押しつぶされそうな日もあった。
だって、一週間とはいえ、交代期間中はたった一人きり。ついてからの生活がメインになるからとはいえ、俺しか起きてない。それは結構クるもんがある。
アクシデントは特になし。暇。それってさ、結局。自分しかいないことを見つめる時間でもあった。これからどうなるんだろ? って不安になっても誰も慰めてくれない時間。ワクワクもあるけど、不安だって同じくらいあったんだ。
不安だなぁ、怖いなぁ。普段の生活ならそんな事を口に出さなくてもさ、ちょっと遊びに行こうぜ! って誰かを誘ってわいわいしてるうちに、気付いたら軽くなってるもんがドーンっと一週間でたまってた。
それを日誌越しとはいえ、会話する。たったそれだけで解消してくれたんだぞ。
俺の方が、になるだろ?
あとさ、実はさ。俺も、知ってたんだ、途中から。宛先の事。
だけど、その頃には楽しかったから、このままでもいいな、このままがいいな。って何も言わずそのままにしてた。何も言われないのをいいことに。
むしろ当時は知らなかったとはいえ、個別に送るファーストコンタクトがアレだったっていうのは俺が謝るべきだと思う。
そういうの理由を全てひっくるめて、更にそこに好奇心ってやつを足すと、会ってみたい一択なんだ。
けど、それと同じくらい、怖さもある。
考えて考えて、やっぱ答えは同じところに行きつくんだよな。
これもやっぱりニュアンスだけなんだけど、一度会ったらもう会えない気がする、ってとこ。リウ側からの怯えというか拒絶というか。長くやり取りをしていた俺だから疑問に感じた、違和感。
で、それをずっと認めたくなかった。
そう、俺はまた会いたいのだ。あちらでは。ツマリソウイウコト。
気付いたら、存在が当たり前になってた。起きたら返事があって、見て返して、そんな生活が。それを続けたくもあり、それを拒絶されるだろう確信もあり、そこが怖かったんだなぁ。会わなかったら拒絶されるって部分は目にしなくてもいいし、会ったら拒絶される可能性が高い訳だから。
なるほどなぁ。
その納得はストンと俺の胸の深くに落ち、納得したことで俺の胸にあるエンジンがまた動き出す。
どういう方向に動いても新しいじゃないか、友達でも恋人でも一旦見知らぬ他人になっても。どれだってリウとの関係としては今までなかったこと。
辛いことも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも。誰かに貰いたいって思ったのだって初めてだし、それを貰えないかもしれない、失うかもって不安も初めてだ。
そして、それこそ初めての感情だったから戸惑ったけど、今まで通り文章だけのやり取りだって、俺にとっては大切なことだった。変化もしたいけど、失いたくない変わらない関係性。
色んな感情がごちゃ混ぜだけど、色んな感情がごちゃ混ぜの方がきっと都合がいい。そう思って俺はツールを起動する。
きっとこの感情を、むこうは少し汲んでくれる。そう信じるに値するだけ、俺たちはやり取りをしてきたはずだ。
この先どうなるのか、全く読めなくて、それに不安もありつつも、結構ワクワクが止まらない。
俺、この星に来てよかった。この船に乗ってよかった。
住めることしかわかってない移住先だから、きっと思いもよらぬ大変さが待ち構えているんだと思う。船ですらリウに怒られることが多かった俺だ、きっとまた何かしら起こるに違いない。
けど、どんなことが待ってようと、俺はきっと楽しめる。ワクワク出来る。
だって、リウが教えてくれたから。不安に潰れそうになっても、その先で見た事ない景色、見た事ない事件、感じた事ない感情が待ってる、って。
願わくば、そのリウとのやり取りがもっと続けばいいけれど、俺にだってそれはわからないのだ。
わからないからこそ、面白い。なぁ、そうだろ?
交換日誌 てくてく @tekutekuaruku
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