不幸な電車?

添野いのち

373系F7編成

 皆さんは、「呪われた電車」をご存知だろうか。

 電車は走っている間などに災難に見舞われることがある。事故や故障などが主な例だ。しかし、普通はこれらに見舞われる前に電車としての一生を終える。不幸に見舞われる確率はやはり低い。そのため、災難に複数回見舞われた電車は、鉄道ファンの間で「呪われた電車」として知られるようになるのだ。今回はその中から〈373系F7編成〉についてお話しようと思う。

 373系電車は、主に「特急ふじかわ号」(静岡〜甲府)や「特急伊那路号」(豊橋〜飯田)で使用される電車だ。「ふじかわ」や「伊那路」として走っているときは、3両の短くて可愛らしい電車が山あいを抜けていくという、いかにも旅情あふれる光景を見ることができる。1995年から、F1〜F14までの計14編成が製造された。鉄道ファンでなくても分かるように言うと次のようになる。「373系という名前の電車は14人兄弟だ。」

 しかしこの中で1編成だけ、不幸に見舞われ続けている電車がある。それが今回お話しする7番目の兄弟、F7編成である。

 F7編成に最初の災難が襲いかかったのは2019年5月のこと。南甲府駅で停泊中に盗難被害にあった。盗まれたのはなんと方向幕。電車の外に付いている、行き先を表示するためのアレである。電車の両端についている幕の片方と、半分ほどの側面の幕が盗まれた。さらに恐ろしいことに、現在盗まれた部分の幕は真っ白の状態、すなわち行き先が表示されない状態で走っているのである。盗難にあったことを知らずにこの電車に遭遇すると、行き先の書かれていない電車に恐怖を覚えることであろう。それはもはや幽霊列車そのものである。

 それからわずか2ヶ月後のこと。この電車を2度目の災難が襲った。「ふじかわ」として走行中、静岡駅の2駅隣の草薙くさなぎ駅を通過しようとしたところ、何と人が電車に飛び込んできたのだ。飛び込んだ男性は死亡。さらにこのとき、男性と衝突した先頭車の窓ガラスが割れ、一部分が凹み、先頭に付いていた方向幕が破れる被害が出た。この方向幕は2ヶ月前の盗難の被害を免れた方の幕だった。つまり、両方の先頭がそれぞれ別の災難に見舞われたということになる。真ん中の車両の幕も盗難に遭っているので、これでF7編成の3両全てが災難に遭ったことになってしまった。これが373系F7編成が「呪われた電車」と呼ばれる所以だ。

「呪われた電車」は今も使用されており、盗まれて真っ白になった方向幕や事故で凹んでしまった部分を確認することが出来る。僕も先日、旅行に行ったときに遭遇したが、その姿を見ていると「かわいそう」と思わずにはいられなかった。


 この電車の呪いがいかほどのものか気になって、僕は次のような検証をした。数か月前、40人でババ抜きをする機会があった。5人ずつ8グループに分かれて予選を行い、1位抜け8人で最強を、最下位8人で最弱を決めるというものだった。僕はその際、手元に「呪われた電車」の写真を置いておくことにした。もしこの電車の呪いが不幸を呼び寄せるのなら、僕は最弱王になるはずだ。

 結果は驚くべきものだった。どういうわけか、僕は最弱ではなく最強の座を手に入れたのだ。なぜこのような結果になったのかは分からないが、僕は次のように勝手に解釈している。「呪われた電車」は不幸を自分で受け止め、幸福を人々にあげているのではないだろうか。盗難に事故、こんな不幸を受けるのは自分だけで十分だ、だから皆んなはどうか幸せに生きてくれ、と訴えかけているようにも思える。実際、事故の時に死亡した男性は飛び込み自殺だと考えられているので、人の幸せを願っているというのも無理な話ではない。飛び込み自殺する人がいなくなれば、この電車が遭ってしまった事故も起きなくなるのだから。


 「呪われた電車」、373系F7編成。この電車を不吉なものと捉えるのか、幸運を呼ぶものと捉えるのかは、あなた次第だ。

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不幸な電車? 添野いのち @mokkun-t

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