どちらを選ぶかのお話

@chauchau

結局、これは何ジャンルですか。


 親しい男女が席を共にする。おかしさなど含みようのない場面に、ただ一つ男が拘束されているという要素を加えることで話は異なる方向へと進み出す。


「話はそれだけかよ、恋愛の」


「そうだよ、ラブコメ。あんたの得意分野だろう?」


「勘弁してくれ」


「悪いがそうはいかない。あんたが引き受けない限り縄を解くわけにはいかないのさ」


「現代ドラマはこのことを知っているのか」


「まさか。あいつはいま自分からコメディーを独立させようと躍起になっているところだろうよ」


 目論見が外れてしまったことに男は舌を打つ。ラブ要素のないコメディーを書く際に消去法で現代ドラマが選ばれてしまうことに憤慨している彼のことを思えば、女の言う通り現代ドラマが駆けつけてくれることがないのは明白だった。


「ファンタジーの二人は」


「アニメ化、漫画化に忙しいと言っていたね。本音は、相性が悪いことに逃げたんだろうよ。あいつらはいつだってそうさ。偉そうにしていたって難しいと分かれば尻尾を巻く」


「歴史が居るだろ。あいつなら相性が悪いことも」


「ラブコメ」


 まるで駄々をこねる子どもを諭す母であった。

 だが、男からしてみれば諭される理由がないのだ。


「仲間じゃないか。助け合ってあげなよ」


「お前がしろよ。むしろ、俺よりお前の方が適任だろう」


「そうかい?」


「悲恋はそっちの仕事だ。俺はあくまでもコメディー要素を含んでいることを前提としているんだぞ」


「そうは言うけどね」


 女が肩をすくめる。

 説得するように頼まれている時点で、彼女もまた被害者と言えよう。


「ホラーかミステリーのどちらかとコラボしろ恋仲になれなんてさ。どう聞いてもギャグじゃない?」


「だから、それが意味分かんないんだって!」


 男の叫びに、女は同意を込めてため息を零した。

 男は天を仰ぎ、女は手で顔を覆う。どちらにせよ、どうしてこうなったのかと泣き言を漏らすのだ。


「強化月間なんだよ」


「普段あんまり作品数のないジャンルに力を入れるのは分かるけどよ。じゃあ、そこで、よし、ジャンル達にコラボ恋愛させてみようってなる神経が分からん」


「擬人化は昔から一定数の人気があるわけで……」


「恋愛にする必要ないだろって言ってんだ!」


「それをラブコメと恋愛あたしたちが言うのはちょっと」


「……分かったよ、じゃあもうミステリーで良いよ」


「本当かい? それは助か」


「待ってくださいィ……!」


 男の縄を解こうとした女の手を誰かが握りしめて止める。不可思議なのはその手がテーブルから生えてきたことである。


「出たよ、ホラー……」


「どうしてですかァ……! どうしてホラーではなくミステリーなんぞを選ぶのですかァ……!」


 室温が三度下がる。

 テーブルから這い出てきた女性は、ずぶ濡れのまま男に詰め寄った。


「時期がさ……、夏じゃないし」


「春のお彼岸なので問題ありませんよォ……」


「ミステリーのほうは決まった季節とかないわけだし、今回は譲ってあげても」


「国民的少年名探偵が居るあっちのほうがいつもずるいですゥ……!」


 濡れたままで詰め寄られてしまったために男までずぶ濡れになっていく。風邪を引くことなどありはしないとはいえ、不快な気持ちがないわけでもない。


「ああ、もう……。じゃあ、ホラーと」


「待ちたまえ!!」


「今度はミステリーかよ……。恋愛! この場所は誰にも言ってないんじゃなかったのかよ!」


「そのはずなんだけど」


「ふふん。僕にかかればこの程度の謎を解き明かすことなど簡単なことさ。それよりも、ラブコメくん! 一度決めたことを簡単に変えてしまうのは些か男気がないんじゃないかな!」


「良いんですゥ……、ラブコメさんは男気とか要素になくても成り立ちますからァ……」


「いや、主人公がここぞと言う時にカッコ良いからこそ普段のコメディー要素が働くわけでだな」


「聞いたかい。彼は男気にあふれると言っているじゃないか。では、最初の決定通り僕のままというわけだ! 証明終了だね!」


「駄目ですゥ……、ラブコメさんと愛し合うのはわたしなんですゥ……」


 二人の女性がバチバチと火花を飛ばし合っている間に、恋愛がラブコメの縄を解いた。さすがにこの状況で拘束し続けるほど彼女は鬼ではない。


「お前が変な事言いだすからこんなことに」


「優柔不断なあんたが悪いんじゃないか」


優柔不断それは俺の要素だ。仕方がないだろう」


「二人の女性に取り合ってもらえるなんて男冥利に尽きるというものだろう」


「俺は俺のなかだけで完結したい派だ」


「ラブコメくん!」


「ラブコメさぁん……!」


 じりじりと詰め寄ってくる二人の女性。本気を出し過ぎたあまり二人共通の要素でもある血が頭から垂れだし始めている。


「あれはもうどっちもホラーだね」


「くっそ、言っている場合かよ!」


 専売特許の逃げ足で脱出を図るラブコメを、ホラーとミステリーが追いかけていく。静かになった部屋の中、恋愛は漠然と浮かんだ不安を口にする。


「これ、次はエッセイ・ノンフィクションとか言い出さないだろうね……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

どちらを選ぶかのお話 @chauchau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ