世界中に轟く告白
田村サブロウ
掌編小説
「ついに来たッスよ、サイ君! てっぺんッス!」
山の頂上にたどりついたアカネは、サイに手を振った。
その表情は明るく、これからやる事へのワクワクがあふれていた。
「アカネ、叫ぶ前にまず水分補給しとけよ」
「おおっと! サイ君、ナイスアドバイス! このアカネ、うっかり先走ってしゃがれ声のやまびこになる所だったッス」
「まぁな。頂上まで来たからには、一発で成功してほしいし。お前が今日のために努力してきたことを知ってる以上はな」
アカネに水筒を渡しながら、サイはしみじみと今までのいきさつを思い返す。
山のてっぺんで、世界中に轟くくらいにでかいやまびこを飛ばす――そんな子供の夢じみたアホな目的のために、アカネが本気で努力を重ねたことをサイは知っていた。
演劇部の発声練習と、大学の登山部の最難関コースの挑戦。それらを見事に両立させ、アカネは盤石の姿勢で今ここに立っている。
「よっし! 水分補給も完了、ウォームアップも完了! アカネ……いくッス!」
静かに息を吸って、吐いて。アカネはやまびこを叫ぶためのルーティーンに入る。
そういえば、やまびこを叫ぶのはいいとして、どんな内容の言葉をアカネは言うのだろうか?
一瞬、そんな疑問がサイの中でわきあがったが、集中しているアカネに今それを聞くほどヤボなまねはしない。
すぅっと、アカネがひときわ大きく息を吸った、その直後。
「サイ君が、好きだああぁぁぁぁぁーー!!」
好きだー。
好きだー。
好きだー。
「って、なにを言ってるんだアカネ!」
やり遂げたと言わんばかりに汗を拭うアカネに、サイは赤面。
「いやぁ、前から決めてたことなんスよ。一番好きな人に、一番最高のシチュで告るって」
「気持ちはわからなくもないが! 下にまだ登山部の後輩や先生もいるんだぞ!」
「公開告白ッスね」
「そんな他人事みたいに!」
「サイ君の返事しだいじゃ、ホントに他人事になっちゃうッスよ?」
アカネの言葉にギクリとして、サイは息を呑む。
いつになく真剣な顔でアカネはサイを見つめていた。瞳には不安が現れている。
アカネはサイの返事を待っているのだ。たとえそれがアカネの好むものでないとしても、受け入れる気でいる。
「……そんな、今にも投身自殺でもするような顔するなよ。俺だって、アカネのことが好きだ」
「投身自殺って、そんな大げさな……って、え!? 今なんて」
「俺はアカネが好きだ! 三度は言わんぞ!」
「サイ君~!!」
嬉しさのあまり飛びつくアカネを、サイは抱き止めた。
こうしてサイは晴れてアカネと両想いになった。
そのこと自体はサイとしても嬉しいが、問題はこの後だ。
遅れて頂上にやってくる登山部の後輩たちや先生にどう説明したものか。うまくやり過ごさなければ、一生からかわれることになる。
そんなことに頭を悩ませるサイは、今はまだ知るよしもなかった。
問題が登山部の後輩と先生だけでは終わらないことに。
* * *
「ただいまー」
登山部の登山合宿から帰宅したサイに、母が出迎えてこう言った。
「お帰り、サイ! 大学で彼女ができたんだってね、おめでとう!」
「ああ、ありがと……って、はぁ?」
まだアカネのことを話題に出してもいないのに、いきなり母に核心を突かれてサイは戸惑う。
「あたしとしちゃ、男から告白しないウチのヘタレぶりじゃ並大抵の女にサイを預けられないけど。アカネならモーマンタイよ! いやぁ、彼女のこと中学から見てるけど、ほんといい女になったものねぇ。度胸も据わってるし、体力もあるし、料理上手だし、べっぴんさんだし、胸も大きいし、ハキハキしゃべるし」
「待った待った待った! なんで母さんが告白のこと知ってるんだ!」
「あら。ニュースのコラムでやってたわよ、情熱的な告白だって。ほら、今も」
サイの母がテレビを指で指し示す。
アカネの情熱的な告白のやまびこが、国営ニュースの日常トピックとしてテレビから発信されていた。
「ま、まさか。アカネのやつ、これ狙ってやったのか?」
「邪推がすぎる……とは言い切れないわねぇ。日常トピックのロケ地はネットで公開されてたし、予定を立てることはできなくもないもの」
「……アカネさ、世界中に轟くくらいにでかいやまびこを飛ばす、って言ってたんだ。まさかこんな形でやってくるとは」
全世界とまではいかずとも、日本国民の大多数がこの告白を聞いた。
その外堀の攻略ぶりを恐れながら、サイは母と目を見合わせる。
「……うん、サイ。おとなしく尻に敷かれなさい」
やさしい目をした母にそう言われ、サイはもはや笑うしかなかった。
世界中に轟く告白 田村サブロウ @Shuchan_KKYM
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます