第22話 愛!

シレンの声と気迫に怖気づいて、冬樹に迫っていた蛇はその場で急いで逃げ出した。


「ふんっ! 蛇ごときが!」


「……お、おねえさん?」


 冬樹はシレンの声が大きすぎて、いや、それ以上にシレンの変化が少し怖かったが、恐る恐る顔を上げた。


「ああ、もう大丈夫だぞ。冬樹」


 シレンは冬樹に笑顔でそう語る。その笑顔は心からの笑顔だった。冬樹を脅かす蛇を追い払った安心感からの笑顔だ。その笑顔を間近で見た冬樹は目が離せなくなった。


(なんて綺麗な顔なんだろう……)


 女神の心からの笑顔は幼い少年はおろかあらゆる男の心を捕らえてしまうことがある。力を失った女神とはいえ冬樹もその犠牲になってしまった。


「………ふ、冬樹」


「は、はい!」


「もうここから出よう。また、蛇とか出てきたら危ないからな」


「え? いいの?」


「必要な薬はもう分かった。だから今はいいさ。それよりもお前の方が心配だ。ここには長くいるべきではない。家に戻ろう」


「そ、そうだね………」


 本来のシレンは人間の少年の心配等するはずがない。明らかに彼女の心に変化が起こっていた。


 鍵を閉め直して二人は倉庫を後にした。


 

ーー現在ーー



「ふふふ、あんなこともあったもんだな……。だからこそ今がある」


 半年前にシレンが飲んだのは『惚れ薬』だった。つまり、意図的に愛情を起こさせる薬物だったのだ。そんな薬を女神とはいえ力の大半を失ったシレンが飲みほし、傍に冬樹がいればどうなるかと言うと。


「冬樹を心から愛する元女神になったわけだ。まあ、本当の姉と弟になったようなものか」


「姉ちゃん! 今日の晩御飯は何?」


「今日はハンバーグよ」


「やったー!」


 今の二人はシレンの言った通り、本当の姉弟の関係のようになっていた。元はと言えばシレンが誤って惚れ薬を飲んだことが要因に過ぎないが、シレンは今の自分の状況を良しとした。


「ああ、これが人間の……人の幸せか。この幸せを守るためなら誰もが神にだって盾突く気にもなるな」


「へ?」


「ふふ、何でもないわ。夕飯の準備手伝ってくれる?」


「うん!」


 シレンは今後、冬樹と共に生きて暮らす道を選んだ。冬樹が人間として死ぬまで人間として生きると決めた。


 冬樹の死後、シレンは女神に戻ったが、かつてのような最低最悪の神になることはなかった。

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敗北した女神と普通の少年 mimiaizu @mimiaizu

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