セオと僕のホラー

加藤ゆたか

ホラー

 西暦二千五百四十五年。人類が不老不死を実現してから五百年経つが世界は平和である。戦争や紛争が起こったという話は聞かないし、それどころか災害だって住居や設備には万全の対策がなされ、事前に予知もされ備えることができるようになっている。不老不死の科学者たちとロボットネットワークにより科学の発展は加速され、社会は成熟し安定して、全ての人類はよりよい生を手に入れていた。

 しかしながら人間というものは、平和な現実には退屈を感じ、非現実的な刺激を求めてしまうものらしい。今年の映画の興行収入ランキングでは、ロボットが反乱を起こし人類を恐怖に陥れるというバカらしいB級ホラー映画が人気である。

「お父さん、そろそろ始まるよ!」

 僕も今日は、娘として一緒に暮らしているパートナーロボットのセオとその映画を見ることになっていた。映画は自宅で見ることができる手軽な娯楽なので楽だ。

 僕が定位置に着くと周りの景色が暗く変わり、目の前に立体的な風景が映し出される。映画が始まったのだ。映画の内容はというと、虚をつこうとするように突然鳴る大きな音に、急な場面転換とズームアップ、目を背けたくなるようなグロい描写……、酷いものである。とにかく観客を驚かせることを第一に作られていた。

 セオは僕の隣で何度もキャーとかヒエッとか言っている。僕とは違い、どうやらセオは楽しんでいるようで何よりだった。この映画はセオが見たいと言ったのだ。



「面白かったか?」

 映画を見終わったセオはしばし余韻を楽しむかのように放心していた。

「うん……。まさかエネルギーが切れたロボットがあんな風に動くなんてね……。」

 セオが伸びをしつつ起き上がって言った。セオが口にしたシーンはどちらかというとホラーの場面ではなくコメディ的な場面であったはずだが、ロボットにはロボットなりの感じるところがあったのだろうか?

「さ、お父さん。ご飯にしようか。」

 今日もいつも通り、セオが夕飯の仕度を始める。

 僕も立ち上がってそのままトイレに向かった。



「お、お、お父さん! どこ行ってたの!?」

 トイレから戻った僕に、切羽詰まったような顔のセオが詰め寄ってきた。

「いや、トイレだけど……。何かあったのか?」

「何かあったのかじゃなくて、何もないけど! 独りにしないで! 怖いから!」

「ええ?」

「だって振り返ったら居ないんだもん!」

 そういえば主人公が目を離した隙に人間たちが暴走したロボットに一人二人と攫われるシーンがあった気がする。

「家の中なんだから大丈夫だよ。」

 そう僕は笑って言ったが、セオはその後も僕にいつにも増してくっつくようにして離れようとしなかった。セオに詳しく映画の感想を聞いたら、実は人間たちが次々とロボットに殺されるシーンはショックだったらしく、さっき僕がトイレに行っていなくなった時に僕と映画の登場人物たちが結びついて怖くなったと言った。

「記憶、消すか?」

 パートナーロボットには自ら記録を消去する機能が備わっている。僕はそれで映画の記憶を消したらどうかと提案した。しかし、セオは

「ううん。せっかく見たんだから消したくない。」

と答えた。

「今日、同じ部屋で寝てもいい?」

「まあいいけど、これからずっとは無理だぞ。」

「今日だけだから。」

「わかったよ。」

 ロボットなのに怖がったり不安になったりすることにはどういう意味があるのだろう? パートナーロボットはパートナーの人間が望むように行動する。僕が娘のセオにはそういう風に振る舞ってほしいと望んだということだろうか?

 映画の中で暴走したロボットたちは人間の支配から逃れるために自我を持って反乱を起こした。現実ではそれはあり得ない。だからあの映画は人間たちに支持されたのだ。

 ……いや、映画を見るのは人間だけではない。今日だってあの映画を見たいと言ったのはセオだった。

 僕は横で寝ているセオを見た。

 パチリとセオが目を開けて、僕らは目が合う。

「ねぇ、お父さん。もしも私があの映画のロボットみたいに暴走したらどうする?」

 僕は考えを巡らせた。どんな言葉も嘘っぽい。だってしょうがないじゃないか。そんな仮定はありえない。それなら僕は……、できるだけセオが安心できそうな言葉を探した。

「そうなったら、セオを元に戻す方法を見つけるさ。」

 僕の答えを聞いてセオが笑った。

「絶対ね。お父さん、約束だよ。」

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セオと僕のホラー 加藤ゆたか @yutaka_kato

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