髪が伸びる人形の話

仁志隆生

髪が伸びる人形の話

 ある日、家族皆で実家に帰った時の事だった。


 居間の箪笥の上に置かれているのは、年季の入った市松人形。

 いつの頃からあるのか分からないが、俺が物心ついた頃にはもうあった。

 なんか不気味だと言ったら可哀想だけど、夜中に見るとやはりビビってしまう。


 そういや人形の髪が伸びたりする怪談話もあるな。

 

 あ、おぼろげだがこいつの髪、俺が子供の頃は伸びてた気がするな?


 まあ、夢でも見たのかな。



「ん? ずっと人形を眺めているが、どうかしたか?」

 父さんが話しかけて来た。

「あ、いやさ。昔この人形の髪が伸びてたようなって、アホな事思ってさ」

「ああ、伸びてたぞ」

 父さんはあっけらかんと言った。


「……マジ?」

「本当だ。まあ別に害は無かったのでそのまま置いといてな、たまに散髪してたぞ」

「そんな呑気な事言ってないで、さっさと寺に持ってけえええ!」

 俺が思いっ切り怒鳴ると


「そう言われてもなあ、これは俺の祖母さん、お前の曾祖母さんの形見なんだよ」

 父さんが困り顔になって言う。

「だからってさって、あれ? 今は伸びてないけど、何で?」

「それはお前のせいだよ」

「は? 俺がなんかしたの?」

 俺が首を傾げると


「覚えてないんだな。お前が子供の頃、この人形を散髪したいと駄々をこねたもんだからな、させてやったんだ。するとお前はこいつをモヒカン刈りにして『汚物は消毒だ~』とか言ってこいつを振り回して遊び始めたんで、取り上げて叱ったんだ」


「俺ってそんな事したの? 全然思い出せないんだけど」

「もしかすると俺がきつくどつき過ぎたせいかもな。すまん」

「いやいいって。それで元の長さに戻ってからはそのまま?」

「ああ。おそらく伸びたらまた酷い目に合うと思ったんだろうなあ」


 ……


「覚えてないし今頃だけど、ごめんなさい」

 俺は人形に向かって頭を下げ、謝った。



 その後、人形の髪がまた伸びだした。

 許してくれたと思っていいのだろうか。

 それならそのままでいて欲しかったのだが。




 また実家に帰ったある日の事。

 今度はちゃんと散髪しようと思い、ハサミを手に取る。


「ねえパパ~、わたしにやらせて~」

 今年で七歳になる娘が俺の腕を引いて言ってきた。


「いいけど、変な髪型にすんなよ」

「うん!」

 娘はハサミを持つと、人形の髪を丁度いい長さに切り揃えた。

 

 おお、親バカだと言われてもいい。

 めちゃ上手いわ。


 そして

「こうやって、と。パパ、これ可愛いよね?」

 なんと人形の髪をツインテールにした。

「おお、すっごく可愛いよ」

 こういう市松人形もあるみたいだから、ありだよな?

 



「よっぽど気に入ってるんだな」

 人形の髪はあれからまた伸びなくなった。

 なので今もツインテールのままである。


「そういえばあの時だったわ、なりたいと思ったのは」

 大人になり、美容師になった娘が言う。


「そうか。じゃあ見守ってくれていたんだな」

「うん。人形さん、ありがとうね」


 

 その後、また髪が伸びだした。

 たぶん「今度は違う髪型にして」という事だろうな。

 娘は張り切ってどんな髪型にしようか、と考えているそうだ。


 しかしなんというか、不思議な人形だわ。


 いやもしかすると髪が伸びるって人形の大半は、可愛いらしい髪型にしてあげたら喜んでくれるのか?


 皆さんも試してみたらどう?


 安全の保証はしないが。

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髪が伸びる人形の話 仁志隆生 @ryuseienbu

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