【KAC20214】愛嬌のある可愛らしい女性って思っていたら幽霊のおっさんだったとかホラー通り越してミステリーだわ

@dekai3

それはダメだろ、高橋。


《久しぶりだなぁ! 五十島くん!! 元気だったかい!! 私だ、貝野イトをやっていた山本だ!! 幽霊だから下半身が無いけどワシは元気だぞ!! 全裸でも咎められないから快適だしな!!!》


 結論から言うと、俺が500年前に同僚だと思って一緒に働いていた事務の貝野イトさんは人形であり、俺が貝野イトさんを想って会話をしていた相手はその人形取り憑いて女の子になりきっているおっさんだった。

 しかも腰から下が逆さまにしたソフトクリームみたいに白く細くなっている古典的な幽霊の全裸中年男性のおっさん。




 500年間おうち時間で肉体を機械へ置換しながらリモートワークを続けていた俺と、その俺を迎えに来た自称【魂が肉体という器を凌駕した超越者】の高橋。

 俺と高橋はロボトピアと呼ばれるようになったAIの支配するこの国と、この国をAIから解放するレジスタンスの両方に追われ、逃げ続けるのも限度があるのと、ずっとおうち時間を過ごしていて外の世界の事を全く知らなかった俺への現状の説明も兼ねて500年前俺達が働いていたオフィスへとやってきたのだ。

 ここには俺と高橋の他のもう一人の同僚の貝野イトさんが居るという事であり、道すがら簡単な説明はしてもらったがこの国がどうしてこうなったかや今後の事についてはイトさんも含めて話し合おうとなったのだ。

 それで俺達は未だ現存するのが不思議でしょうがない当時のままの駅前のオフィスビルに辿り着き、古臭い(実際に500年前のままだから古い)エレベーターに乗って当時のオフィスまでやってきてドアを開けた所で全裸中年男性に遭遇したのだ。


《おっとぉ、そんなに疲れた顔をしてどうする? どんな時でも前を向いていなけりゃ強く生きられないぞ!! って、ワシはもう死んでるがな!! ハッハッハ!!!》


 ハッハッハじゃねえよ…勘弁してくれ……

 俺はやや幼い感じがするも仕事はしっかりとするしどんなどんな相手にも笑顔で話しかけていた愛嬌のある陸上部のマネージャーって感じだった女性の貝野イトさんに会いに来たはずなのに、どうして全裸中年男性の幽霊に豪快に笑われながらコアユニットの側部をバンバン叩かれているんだ。俺の癒しだったイトさんは何処に行ったんだよ。普段の会話はスイーツの事やかわいい動物の事ばかりで完全に女の子~って感じで社内で狙っている奴何人か居たし、そいつらがイトさんと近付きたいが為に俺の部署に来ようとするのを実力を付けてから来てくれって何回も断った事あったんだぞ?あの時の奴ら全員のこの全裸で下半身が無いおっさんを見て貰いたいわ。あのイトさんがこのおっさんだなんて絶対に信じれない。まだ父親って言われた方が理解出来る。でも、さっき本人確認の為に俺とイトさんしか知らない業務の事や業務外のップライベートな話も完璧に答えられたし、おっさんの姿のまま当時のイトさんが隠れてお菓子を食べてたりした時にした癖の舌をペロッと出しながら上目遣いで悪戯な笑みをして言い訳をするってのを拾うさせられたし、信じるしかないんだよなこれ…いやでも信じたくないよなこんなおっさん。なんなんだよイトさんが実は人間に似せただけの等身大フィギュアで、定年退職した後に妻に離婚したいと打ち明けられて子供からも見放されて趣味であるガレージキット作りにハマっていたらシンナー中毒で死んだおっさんの幽霊が取り憑いていただけなんて。分かるわけないだろそんなもん。

とうかそもそもなんで幽霊なのに物理的に干渉が出来るんだよ。幽霊って言ったら直接何かするんじゃなくて呪いとか祟りとかで人に影響を及ぼす存在じゃないのか?人形に取り憑くまでは分かるけどバシバシ叩いて来るなよ。それにイトさんって確かホラー映画が怖くて見れないって設定だったじゃん?ああ、もう、設定って言っちまったよ。分かった、認めるよ。イトさんはおっさんだった。はい、認めます。認めればいいんだろ?詐欺ってレベルじゃないだろこれ。ホラー通り越してミステリーだよ。


「山本さぁーん、そりゃあイトちゃんのイメージで居たのにいきなり山本さんに出て来られちゃ五十島もショック受けるって。見てよこの茫然とした顔」

《おお、それもそうか。すまんな五十島君! 目ん玉飛び出ちゃったかな!??》

『いえ…コアユニットに顔付いてませんし……』


 今の俺はオフィスビルに入る際に車両に残っていたパーツで簡単な胴体と足を組み上げて、そこにコアユニットを取り付けただけの外見をしている。

 なので顔どころか目も付いていないのだが、この二人には一体何が見えているのだろうか。


ガチャ


[お茶が入りました]


 と、現実を受け入れたくないなと思って俺が思考停止をしていると、オフィスの給湯室から湯飲みを乗せたお盆を持った一人の女性が現れた。

 その姿は髪型が違えど、俺と一緒にこのオフィスで働いてくれていたイトさんそのものなのだが、実は山本と名乗るおっさんが取り憑いていた人形が自我を持って動き始めたものらしい。


『あ、どうも』


 俺は当時のままの湯飲みに入れて出されたお茶をマルチ接続アームで受け取り、消化機関を付けていないので飲むわけにいかず一旦自分の作業机へと置く。

 おっさんが演じていたイトさんと比べると太陽と月程の違いがあるが、この物静かなイトさんも中々だ。単なる人形に自我が芽生えるなんて聞いたことが無いので一度じっくりとデータを見せて貰いたいが、今はそんな状況じゃないだろう。

 俺はまだ小話を続けている高橋と山本さんへアイカメラを向け、ここに来た本題を告げる。


『そろそろ聞かせて貰えるんだろうな。どうして高橋の持ってきた仕事をこなしていたら世界がこうなってしまったかと、これから俺はどうしたらいいのかについて』


 俺はこの500年もの間ひたすらクライアントから指示された作業をこなし、製品を作っては納品を繰り返してきた。

 そしてほんの数時間前に全部の納品が終わった所でレジスタンスというのに襲われ、同時に現れた”当時の俺の外見にそっくりのロボット”に挟まれた所で高橋に救助された。

 途中からは自力で逃走していたが、あの部屋からの脱出は高橋が来てくれたから出来たのであり、その時の高橋はいつものちゃらんぽらんな高橋では無くて初めて見る真面目な顔をした高橋だった。

 色々と展開が急すぎて理解が追い付いて来ていないが、高橋が俺を助け出したという事は世界をこんな風に変えてしまった俺にまだ役割があるという事なのだろう。

 でなきゃ、あんなをしてまで俺を助け出す意味が分からない。逃走中に傷が塞がった事であいつの自称【超越者】に信憑性が出たが、高橋じゃなくても普通の人間がああまでして誰かを助け出すというのはそれなりの理由があるはずだ。


《おや、まだ話してなかったのかい、高橋君》


 怪訝そうな顔をしてイトさん(ややこしいが自我が芽生えた人形をイトさんと呼ぶ)の入れたお茶を口に運び、そのまま飲めずに床にだーっと零しながら山本さんが高橋にそう言う。


「ずっと追っかけられてたしね」


 高橋は逆にお茶には手を付けず、事務椅子に跨ってぐるぐると回りながら答える。

 高橋の表情はいつものおちゃらけた感じになっているが、俺には分かる。こいつは自分の失敗を隠そうとしている時の言い訳を考えている顔だ。

 これまでに聞いた情報からして高橋が仕事を取ってきた相手が元凶というのは分かっているのだから、後はその相手が誰なのかと目的を言えばいいだけだ。

 それなのに言葉を濁すという事は、何か重大な秘密を抱えているのだろう。


『さっさと言えよ高橋。そもそも俺はレジスタンスってのに襲撃されてから逃げっぱなしで、この世界が良い物なのか悪い物なのかさえ分かって無いんだぞ』


 そんな高橋に業を煮やし、俺は何も分かって無いから構わず言えと催促する。タイミング的には俺がレジスタンスから狙われていたけど、高橋は両陣営から狙われていたみたいだし、何か大きい事をしでかしていたとしても俺に関係無いなら気にしないから。


「いやさぁ、大分前にお前に今やってる仕事とは別に作って欲しい物があるって頼んだじゃん?」

『ああ、あれか。なんかの塩素配列の解析だったか?』


 確かに過去に高橋から別口で頼まれた作業があった事を思い出す。あの時はまだ義体になりたてで色々と試している最中だったから記憶が朧気だし、作業データは部屋が襲撃された時に吹き飛んでしまったはずだ。

 あれが何かまずかったのだろうか。


「あれ、世界三大宗教の開祖の偉かった人のDNAなんだけど、そこに普通の人には存在しない情報があって、それが俺のDNAにも存在しちゃったんだよね」











『はぁぁぁぁぁぁ!!!?????』


 思わずってレベルじゃない声が出た。


『は?お、おま、え!? どうやって???』

「俺も眉唾物だったんだけどさー、なんか秘密裏にそれぞれから人を出して合同で調査してたみたいなんだよね」

『お、おう…』

「で、それの解析を信頼できる人にーって話だったからお前に任せたのと、なんか面白そうだから俺のも混ぜてみたんだわ」


 申し訳なさそうに頭を掻きながら喋る高橋。

 それを高橋が頼まれた経緯とかそれが判明してからの高橋が何をしでかしたのかは分からないが、それが公になったらまずいなんてレベルじゃないだろう。


《そうそう、その話が高橋君がキャバ嬢に自慢した事を発端に全世界に広まったのだったよな!!いやぁ、キャバ嬢のコンプラは信じちゃいけないな!!!》

「ちょ、山本さぁーん、それ言わないで下さいよー」

《すまんすまん!!ハッハッハ!!!》


 いや、ハッハッハじゃねえしキャバ嬢に話すなよそんなん。

 じゃあなんだ。この国がAIに支配されたのは俺のせいかもしれないけど、既存の宗教観を破壊した高橋のせいでもあるんじゃないのか?

 うわぁ、これは……うん、ダメでしょ……そりゃ命を狙われるわ。それはダメだろ、高橋。

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