誰がクッキーを食べたのか

黄黒真直

誰がクッキーを食べたのか

楽しみにしていたのに。

学校から帰ってきた私は、食器棚を開けて硬直していた。入れておいたはずのクッキーが、何者かに食べられ、なくなっている。


いったい誰が食べたのか。そんなもの、妹に決まっている。うちの家族で、私のお菓子を勝手に食べるような奴は妹しかいない。


いやいや、いかんいかん。


私は、パズルとミステリをこよなく愛する文学少女だ。それなのに、こんな勘に頼った推理をしちゃいけない。

状況証拠か物的証拠、せめて論理的根拠を掴まなくては、私のプライドが許さない。


容疑者は三人。妹、母、父。

私は早速、リビングでくつろぐ父に尋ねた。


「ねえ、お父さん。私のクッキーがなくなってるんだけど、誰が食べたか知らない?」

「え、クッキー? さっき、お母さんが食べてたぞ」

「お母さん? じゃなくて?」

「舞は食べてないぞ」


なんてことだ。でもお母さんなら、たしかに食べかねない。

私は早速、庭いじりしていたお母さんを詰問した。


「ちょっとお母さん! 私のクッキー食べなかった?」

「あなたのクッキー?」

「お父さんが、お母さんが食べてるの見たって言ってるんだけど」

「本当? クッキーなら、さっき舞が食べてたわよ」

「やっぱりあいつか!」


私は妹の部屋に乗り込んだ。


「ちょっと舞! 私のクッキー食べたでしょ!」

「クッキー?」

「そうよ。お母さんが、あんたが食べてるの見たって言ってるよ」

「クッキーなら、さっきお父さんとお母さんが食べてるの、見たよ」

「え? 本当でしょうね?」

「本当本当」


本当とは思えなかったが、今は証拠がない。私は渋々部屋を辞した。


たしかに、物的証拠はない。

しかし、ミステリとパズルをこよなく愛する天才文学美少女である私は、三人の短い証言から、犯人を導き出せることに気が付いた。


まず前提として、犯人は嘘をついていて、犯人でなければ嘘をつかない。

父は「母が食べた」と言い、母は「妹が食べた」と言った。

父が犯人だとすると、母は食べていなくて、妹は食べている。母が犯人だとすると、正直者の父は食べてなくて、妹も食べていない。どちらにせよ、父と母は、どちらか片方しか食べていない。


そして妹は「父と母が食べた」と証言した。だが、食べたのはこの片方であるはずだから、妹は嘘つき確定。やっぱりこいつが犯人だ。


でもここで焦っちゃいけない。嘘つきはもう一人いる。

さっき私は、父が犯人だとすると妹は食べていて、母が犯人だとすると妹は食べていないと結論した。そして今、妹は食べていたことがわかった。


「よって犯人は、お父さんと舞だ!!」

リビングに三人を呼んで、推理を披露した。


「違うよお姉ちゃん! 本当に二人が食べてるの見たんだよ!」

「そうだぞ。お母さんが食べているところを本当に見たぞ」


むむむ、強情な人達だ。この天才美少女の私の推理を聞いてもなお認めないとは。

するとお母さんが言った。


「そうね、あなたはわね」

「え?」

「みんながどんな状況で見たのか、もう一度よく聞きなさい」


「そうだな、俺はお母さんが食べてるのは見たけど、舞が食べてるのは見てないな」

「私は、お母さんが食べてるところと、お父さんが食べてるところを、別々に見たんだよ」

「そうだ。俺は、お母さんが食べてたから、てっきりお母さんが買ったクッキーだと思って食べたんだ」


「…………」


「そして母たる私は、舞が食べてたから、舞のクッキーだと思って食べたのよ」


私は髪の毛が逆立つのを感じた。

「逃げろー」と母が言って、三人とも逃げ出す。

ああ、もう! 全員正直者で、全員犯人なんじゃないか!!

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誰がクッキーを食べたのか 黄黒真直 @kiguro

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