古民家にいたモノ

ノートルダム

お盆で帰郷したときの話



 「ばあちゃん。相変わらず不用心だなー」



 僕が、大分の実家に帰郷を決意したのは、ばあちゃんが最近調子が悪いという話を聞いたからだ。東京から大分県はぶっちゃけかなり遠い。

 日本国内とは思えないぐらい移動には、時間と金がかかってしまう。


 実家に帰るぐらいなら、韓国に往復で飛んだ方が安いこともあるぐらいだ。



 二年前は、例の疫病騒ぎで実家に帰れず、じっちゃんの死に目に会えなかった。ド田舎ではリモート葬式なんてやっておらず、やっていたとしても正直それどうなのかと個人的には思う。


 まあ、結局オリンピックを中止に追い込んだ例の疫病だったけど、三度目の非常事態宣言解除後にさらに第四波がくるとは、あの時の僕らは想像もしなかったろう。

 令和も四捨五入すれば二桁になるのに、未だに特効薬は出来ていない。



 とにもかくにもやっと、非常事態宣言が解除され、久しぶりに実家に帰った。

 実家は今、父と、かあちゃんと祖母の三人が住んでいる。



 実家に着いたのが平日の昼早い時間だった。今の時間帯だと両親は仕事に出ているのだろう。父は会社に、かあちゃんはパートに出かけているはずだった。


 でも、ばあちゃんはいるはずだ。


「ばあちゃーーん」


 玄関の引き戸を開けて、中に声をかける。

 反応がない。まあよくあることだ。


 周り近所は全員古くからの知人という感じの田舎のほうなのでおおらかな人が多く、ばあちゃん一人だと鍵をかけずに畑仕事に出かけてしまう。

 不用心だからやめてと両親もいっているようだが、さっぱり直らない。



 僕はため息をつくと、まあ勝手知ったる実家、そのまま中に入る。


「電気もつけっぱなしだし」




 

 田舎の古い家というのは、結構日当たりが悪い。

 まあ古民家だと畳とかが傷まないようにとか、いろいろあってそういう構造になっているらしいんだけど、実際昼間でも結構暗い。


 その分、夏でもそれなりに涼しく、僕も東京出るまでは冷房ではなく扇風機で過ごすことも多かった。まあ、古い家だけに隙間だらけで冷房が効きにくく、居間ぐらいにしか冷房が設置されてないのも理由の一つだけど。



 僕は、元の自分の部屋に荷物を放りこむ。

 いまでも帰郷するたびに使ってはいるから、いまでも僕の部屋であることは変わりないのだが、最近キルトにはまっているかあちゃんがどうも作業部屋というか趣味部屋にしているらしく、部屋の一角に裁縫道具が積んである。



「あちいな」



 外に比べれば涼しいかもしれないが、限界はある。普通に暑いのは暑いのだ。


 僕は唯一、冷房が設置されていて、かつテレビもあり、さらにWi-Fiのルーターが設置されている居間で誰かが帰ってくるまで時間を潰すことにした。


 とりあえず、冷房を入れる。これもそれなりに年季が入っている。数秒遅れてウニーンとばかりに微妙な音をたてて稼働をはじめる。

 そして、冷蔵庫から沢庵と白菜の漬物を出すと、ついお茶を入れてしまう。



 わかるか?真夏になぜか熱いお茶を飲んでしまう心境が。

 これがド田舎クオリティだ。


「なんだよ。大分のくせにクソあちいな」


 テレビをつけると、画面に映し出されたのは懐かしい地方チャンネルだった。

 

「おうふ。民放が、、やべ二年しかたってないのに浦島太郎だよ」


 どうでもいいことをボヤキながらお茶をすする。



 その時だ。誰もいないかと思ってたら、トイレを流す音がした。


 元ぼっとん便所を無理やりなんちゃって水洗便所にしたそれは、結構水圧が強いらしく、テレビを見ていても家じゅうに聞こえる。

 かあちゃんと、嫁いだ姉ちゃんには大不評な便所だ。


「あれ?いたんか」


 便所で踏ん張っていて声が出せなかったのかな。


 とりあえず、


「ばーちゃーん?ただいまー、帰ってきた―」


 声をかけておく。そういや誰もいないと思って、だたいまを言ってなかったなぁ。


「お茶入れてるけど、ばあちゃんも飲むーー?」


 トイレの方に向かって声をかけた。湯呑とポットが居間の茶台に常時セットされていて、いつでもお茶が飲めるようになっているのもまた、田舎のあるある。



「おー」






 返事があった。




 

 

 僕はその違和感にぞっとした。



 声は男の声だった。


 父がいるはずがない。

 この時間は会社だからだ。


 じゃあ叔父たちか?



 だけど車は止まっていなかった。



 僕は、立ち上がるとトイレのある場所まで、おそるおそる行ってみた。




 誰も、いなかった。




 家じゅうを探した。




 やっぱり誰もいない。




 立ち止まって耳を澄ます。

 居間の方からテレビの音が聞こえるだけだ。




 あ、、、




 チャンネルが変わった。

 競馬ニュースだ。






 居間にも誰もいなかった。



 けれども二つの変化があった。



 一つは、テレビのチャンネル。

 じっちゃんが好きだった競馬番組が、父が無理してかった液晶大画面に映っていた。


 二つ目は、じっちゃんがいつも使っていた湯呑に、お茶が半分残っており湯気を出していた。




「じっちゃん、ただいま。遅くなってゴメン」



 僕は、仏壇にお線香をあげた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

古民家にいたモノ ノートルダム @nostredame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ