あの子は死んだ

マフユフミ

第1話

お葬式と言うのはなんと堅苦しく非日常の事態が詰め込まれているのだろう。

黒い服の大人たちに囲まれて、美咲はそんなことを思っていた。


隣の家の千穂が死んだのは、三日前の夕方だった。

近所の子どもたちが集ういつもの公園からの帰り道、信号待ちをしていたときに曲がり損ねたトラックに突っ込まれ、即死だった。


共にそこにいた美咲は、その一部始終を見ていた。小さな体が自転車ごと吹っ飛ばされるのも、そしてその体がアスファルトに叩きつけられるのも。


全てが現実の出来事だとは到底信じられず、バタバタと事態が動き、警察の事情聴取やお通夜、そして今日のお葬式と時間を経ても、どこかふわふわと心許ない時間が続いている。


人が死ぬ、というのは美咲にとって初めての経験であった。もちろん、まだ11歳である子どもにとって「死」というのはイメージの外にあるもので、テレビや映画の中よりももっともっと遠い存在だ。

それがこんな身近で、しかも自分の目の前で起こったというのは、到底信じられないことだった。


そんな美咲の心をほったらかしのまま、式は粛々と進んでいく。

涙を流すもの、呆然と遺影を眺めているもの、つまらなそうに自分の手をいじっているもの。いろいろな人がいるんだなぁ、と美咲は思う。

そのそれぞれの行動が、とても受け入れがたい「死」というものを受けとめるための準備なのかも知れない。まさに今、自分があたりを見回してお葬式という現実を確認しているように。


小学校からは担任と学級委員が参列していた。担任は目を真っ赤に腫らしていて、これまでもたくさん泣いていたことが窺える。

「あの怖かった先生があんなに泣くんだ」

美咲は少し先生を見直した。

たしかに、厳しいけれどその中にはやさしさもある先生だったように思う。


学級委員の二人はどことなく居心地の悪そうな、どういう顔でこの場にいるべきか悩んでいるような顔をしていた。

美咲は二人の気持ちが痛いほど分かった。

まだまだ続くはずだった日々を突然奪われることへの怒り、恐怖。

つい数日前まで共にいた友人が、もうこの世にいないということ。

それを現実のものとしていく儀式に、どうしていいのか分からないのだ。

しかも、特別親しかったというわけでもなく、ただ学級委員という立場上ここにいる。

かわいそうに、と美咲は少し二人に同情した。


やがて式は進み、棺が運び出されるときを迎える。

「千穂ちゃんっ!!」

たまらず棺にすがるのは千穂のママだ。

それを見ていたら、初めて胸の奥がきゅんと痛んだ。

ああ、これが死ぬということ。

ここから、現実の世界と死後の世界の線が引かれる。

それがひどく哀しかった。


「美咲ちゃん、こんなところにいたの」

不意に背中けら声を掛けられる。振り返ると、安心する笑顔がそこにあった。

「哀しくなっちゃった?」

心配そうに覗きこんでくる。

質問に素直に頷くと、優しく頭を撫でられた。

「だって、千穂のお母さん、あんなに泣いて……」

「ほんとだね」

「…死ぬって、イヤだね」

「そうだね」

「みんな笑って、生きていたいよね」

「そうだね」

初めて哀しいと思ったのだ。あの事故から瞬く間に時間が過ぎて、やっと死というものを認識できたのかもしれない。


「でも、大丈夫。私たち、一緒にいるから」

そう言って千穂は美咲を抱きしめた。

「千穂ちゃん、向こうでも一緒にいてね」

「もちろん!」

「…ママー、私はここだよ!」

「ここにいるよー!」


参列者は誰もその声に気づかない。

事故で死んだ子どもたちの合同葬儀は、今終わろうとしていた。


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