第4話

薄暗い店内は人で賑わっていた。有線でマイルス・デイビスの「But not for me」が流れている。彼は話を中断して、運ばれてきた料理を綺麗に並べ直しながら、テーブルの上のプラトリーケースからナイフとフォークを丁寧に取り出して、私に差し出してきた。礼を言いながら受け取って、そのまま食事を始める。彼は黙ったまま鉄板皿の上に鎮座する牛肉をナイフでスライスしていく。私は大皿に乗った水菜とパプリカのサラダを二人分に取り分けて、そのうちの一つを手に取り口に運んだ。バジルの香りがした。そうしてしばらく食事を続けていたが、彼がいつまでも話を再開しないのでついに私は痺れを切らしてしまった。

「それで、さっきの宇宙探査の話は?」

彼はナイフとフォークをほとんど音を立てずに皿の上に置いて、グラスの水を飲み干した。


「触れるべきではなかった。」


彼の表情は何のポーズもとっておらず、至って冷静という様に見えた。その特徴の無い顔が、その一瞬だけ、ひどく恐ろしく見えた。

「あのプリズムを構成していた主な成分は、ケイ酸、石灰、チタン、アルミナ、未知の物なんか一つも入っていなかった。なぜこんな事になったのか、わからない。」

「何があったんだ?」

「それを簡単に説明するのは難しい。三角柱のプリズムに一筋の光を当てるとどうなるか、知っているかい?学校で習った事があるはずだが。」

「勿体ぶらず説明してくれ。」

「プリズムを介した光は波長の長さによって分解されて、虹の様に様々な色に分かれて映し出される。これをスペクトルと言うんだ。ここからが本題だが、僕がプリズム体に触れた時、僕は体内からプリズムに触れている指先に向かって、何かが流れていくのを感じた。今考えると、あれは僕の精神、魂の類だったのでは無いかと思う。指先からプリズム内に全てが吸収された時、僕の意識はプリズム体の内部にあった。ガラス面の向こう側に、宇宙服を着た僕自身の姿がはっきりと見えた。

その次の瞬間には、僕は反対側のガラス面の方に押し出されて、宇宙空間に再び飛び出して、そのまま地球に向かって一直線に飛んだ。自分の一つの意識がスペクトルみたいにに広がっていくあの感覚は、とても不思議だった。そうして、大気圏を抜けて地球に入っていったんだ。」

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SF文学 @lil-pesoa

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