第40話


ウルガとともに大都市アストリオの街を歩いていると、一人の男に声をかけられた。


「…」


ウィンドウにステータスが表示される。


名前はアルトというらしい。


種族はヒューマンであり、つまり人間。


レベルは9。


ここまではいい。


問題はこのさきだ。


「追い剥ぎ…」


俺はアルトさんに聞こえないように小さく呟いた。


これは誤表示なのだろうか。


目の前の人の良さそうな男が、追い剥ぎにはとても見えないのだが。


「お兄さん、この街は初めてでしょう?」


アルトさんはニコニコしながら話しかけてくる。


「ええ、そうです。どうしてわかったんです?」


俺はとりあえず追い剥ぎという職業は置いておいて、返事をする。


「だって、物珍しそうに周囲を見ながら歩いていたからね。長くここに住んでいるとわかるんですよ」


「そうですか。これはお恥ずかしい」


「いえいえ。そんな。初めての方は大体同じ感じですよ。ところで、お兄さん。案内人を雇いませんか?アストリオは広いですから。初めての方には不便もあると存じます。よければ私がお導きします」


「案内人、ですか」


男が話しかけてきた理由がようやくわかった。


どうやらこの街を始めて訪れる者を相手に、案内をやって金を稼いでいるらしい。


「ええ、銀貨一枚でどうです?」


「銀貨一枚…」


物価のわからない俺には、高いのか安いのかは判断がつかない。


しかし、どちらにしろこの世界のお金は持っていない。


「すみません、俺、お金は持っていないんですよ」


「ああ、そうですか。ならタダでもいいです」


「タダ?いいんですか?」


俺は耳を疑った。


タダでもいいとはいったいどういうことだろう。


それでは商売にならないではないか。


「ええ、構いません。これは私の信条なんですが、声をかけたお客さんはたとえお金を持っていなくても案内するんですよ。自分から声をかけたのに金を持っていないとわかった途端に手に平を返すってのは何か違うと思ってましてね」


「それは…立派な心掛けですね」


俺は思わず感心してしまった。


「ありがとうございます。では、案内をするということでよろしいですか?」


「はい、お願いします」


「承りました。じゃあ、最初はどちらへ行きます?」


「冒険者ギルド、を探しているんですけど」


「ギルドですね。ええ、それなら近道を知っています。こっちです」


ニコニコとした笑みを絶やさずに案内してくれるアルトさん。


なんていい人なんだ。


やはり先程の職業:追い剥ぎというのは誤表示だったようだ。


「いくぞ、ウルガ」


『…』


「ん?ウルガ…?」


いつもなら元気よく返事を返してくれるウルガが、なぜかアルトさんの背中をじっと見つめているのだった。



「ふふふ。馬鹿な奴だ。自分が騙されているとも気づかずに」


前言撤回。


この男はいい人でもなんでもない。


正真正銘の、クズだった。


「はぁ…アルトさん、ガッカリですよ。俺を騙したんですね」


俺は自分の見る目のなさにため息を吐いてしまう。


「騙される方が悪いんですよ。さあ、持ち物を全て置いて行ってもらいましょうか」


下卑た笑みを浮かべながらアルトさんが言った。


あれから。


俺とウルガはアルトさんに連れられて、暗い裏路地へとやってきていた。


大通りを外れてここへやってきた時、流石に俺もおかしいと思ったのだが、しかしここが近道なのだろうとアルトさんを信じてついてきた。


だが、俺の選択は間違っていたようだった。


裏路地に入った途端、おそらく待ち伏せていたのだろう数人の男に俺たちは取り囲まれた。


ウィンドウに表示されていた通り、アルトは追い剥ぎだったようだ。


「おいアルト。こいつ、荷物持ってねーじゃねーか」


「本当に旅人なのか?」


俺たちを取り囲む男たちが、アルトに向かって文句を言う。


「ええ、間違いありません。検問の様子を見ていましたから。このかたは収納スキル持ちです。荷物は収納されています」


「おお!収納スキル持ちか!!そりゃいい!!」


「へへ…奴隷商人に高く売れそうだな」


武器を手にした男たちがジリジリと近づいてくる。


『グルルルル…ガルルル…』


ウルガが唸り声をあげる。


「ウルガ。ここは俺に任せてくれ。大人しくしているんだぞ」


『ワフッ』


俺はウルガにそう言い聞かせる。


ブラック・ウルフであるウルガが本気で戦ったら死人が出かねないからな。


「へへ…何とボケたこといってやがんだ?」


「こいつ自分の立場わかってんのか?」


「おいおい、使役したモンスターも使わねぇで、この状況を切り抜けられるはずがないだろうが」


何も知らない男たちが口々にそんなことを言ってくる。


俺は、レベルが50以上も離れていることを知らずに近づいてくる男たちを心底哀れんだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る