第17話


その日最後の授業は、体育の体力テストだった。


ニクラス合同で、握力測定や、ソフトボール投げ、長座体前屈、シャトルラン、50メートル走といった種目をこなしていく。



まず最初はシャトルランからだった。


体育館で、俺は他の男子と並んで開始の合図をまっている。


「うっし、去年の記録超えるぞ!!」


部活生や運動神経に自信があるやつは、かなり張り切っているようだ。


「はぁ…ダリィ…」


また、比較的インドア派の男どもは、あからさまに気怠げにしている。


俺もどちらかといえば、インドア派であるため、シャトルランは少しキツくなった時点でリタイアしようと考えていた。


やがて、スピーカーから『スタート!』の合図が機械音声で流れる。


一列に並んでいた男子が一斉に体育館の端から端に向かってスタートを切った。


ドレミファソラシド、の音楽に合わせながら、体育館の横幅を繰り返し往復する。


やがて、明らかに運動が苦手そうなやつから、一人、また一人と脱落していった。


俺はまだ疲れてはいなかった。


息も切れていない。


もう少し頑張れそうだ。


俺は頭を空っぽにして無心で足を動かし続ける。




「あいつら二人、すげぇ…」


「西野と鷲崎の一騎打ちだ…」


「もう百五十回を超えてるぞ…」


「どんな化け物じみた体力してるんだ…」


生徒たちがそんなことを言いながら、俺と隣を走っている男…鷲崎に注目している。


「あれ…?」


俺はふと気づいた。


いつの間にか走っているのが俺と鷲崎の二人だけになっている。


他の男子は皆脱落したようだ。


無心で走っていたから気づかなかった。


シャトルランの回数はすでに150回を超えている。


「全然息が切れないんだが…」


すでに去年の自信の記録の倍以上走っているにもかかわらず、俺は全然息切れをしていない事に驚愕していた。


対して、隣を走っている鷲崎は全身に汗をかき、息も絶え絶えだった。


「に、西野のやつ…全然生き切れてなくねぇか?」


「あいつ帰宅部だよなぁ?こんなに体力あったのか?」


「汗も全然掻いてないし…どうなってんだよ…?」


「今朝の動画といい、このバカみたいな体力といい…あいつ人間じゃないだろ」


他の男子のそんな呟きが聞こえてくる。


まずい。


なんか今朝のことも相まってか、かなり注目を集めてしまっている。


迂闊だった。


どうやらレベルアップのおかげで、体力も馬鹿みたいに上がっているようだ。


このままだと非常にまずい。


俺は平穏な学校生活を望んでいる。


今みたいに目立ちたいわけじゃない。


よし、あと一往復したら、終わりにしよう。


二位という結果になれば、皆鷲崎に注目して、俺の存在も薄れるだろう。


そんなことを考えた俺は、最後の一往復に入った。


「も、もうムリィ…!!」


「えっ」


だが、そこで予想外のことが起きた。


鷲崎が、最後の一往復の道なかばでヘタレ混んでしまったのだ。


「あっ」


そして結果的に、俺が一位ということになってしまった。


「す、すげぇ…西野が一位だ…」


「まさか鷲崎に勝っちまうなんて…」


「こんな体力馬鹿が帰宅部やってんの勿体なさすぎるだろ…」


あちこちからそんな呟きが聞こえてくる。


皆に注目され、居心地の悪くなった俺は、そそくさと次の次の種目のために体育館から退散するのだった。




シャトルランの測定の後、俺は同じ間違いを犯さないよう肝に銘じながら、ソフトボール投げや握力測定をこなしていった。


おかげで、シャトルラン以外は、他の男子とそう変わらない記録を作ることが出来た。


周囲の男子も、次第に俺から興味を失っていった。


予定通りだ。


これで彼らの中での俺は、せいぜい体力だけがやたらとある帰宅部、程度に収まっただろう。


俺はほっと胸を撫で下ろしながら、最後の測定種目である50メートル走に挑んだ。




「位置について、よーい、パァン!」



火薬のなる音と主に、俺は他の五人と並んで走り出す。


走りながら、俺は早くも帰宅後に異世界探索をすることを考えていた。


今日は何をしようか。


まずエナドリを使ってレベルをあげよう。


それでその後は、モンスターを倒しながらニーナたちの村へ行ってみよう。


前回、昼食をご馳走になった俺に、何かこっちのお菓子なんかを土産として持っていくのもいいな。


それから、大都市に関しても色々尋ねてみよう。


異世界の大都市。


非常に心の躍るワードだ。


冒険者ギルドとかあるのだろうか。


もしあれば、ぜひ冒険者登録をして、クエストなんか受けてみたい。


やはり異世界といえば、冒険者ギルドだよな…って、そろそろ走り終わった頃かな?


俺は足を止めて周りを見渡す。


「あれっ?」


そして誰もいないことに気がついた。


背後を見ると、かなり後方に一緒に走っていた男子たちが居た。


「あ、やばい…」


俺は自分が同じミスをしてしまったことを悟る。


「よ、4秒27…冗談だろ…?」


俺の近くでは、ストップウォッチを呆然と眺めている体育教師がいた。


まずい。


非常にまずい。


「ふ、ふぅ…喉が渇いたなぁ…水を飲みに…」


俺はそそくさとその場を離れようとしたのだが


「待て西野っ!」


「…っ」


体育教師の鋭い一言に、ビクッと体を震わせる。


恐る恐る振り返ると、陽だまりのような笑顔の体育教師兼陸上部顧問がそこにいた。


「西野」


「はい、なんでしょう…?」


「俺と一緒に…陸上やらないか?」



「あの…謹んでお断りさせていただきます」


俺は更衣室の方へ向かって一目散に逃げ出した。



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