解決にして問題編
「弟だって?」
郁人は驚いて声を張り上げた。
教楽来は、クーラーボックスを開け、さっさと釣った魚の調理を始めようとしていた。
「待ってくれ。ちゃんと説明してくれ。何故犯人が分かった? 今の話だけで……」
「クロダイは臭いって良く言われるけど、それは居着き型の話だ。回遊型ならそれほどじゃない。見た目が黒っぽいのが居着きで、シルバーならきっと大丈夫……」
「聞けって!」
郁人は叫んだ。教楽来が手にしたクロダイは、暗がりの小屋の中では実に色が判別し辛かった。郁人が目を細めた。
「なんで弟が犯人なんだ? 彼は、生まれつき足が動かないって言っただろ? 車椅子に乗ってるって」
「消去法だよ」
教楽来は藍色のエプロンに手を伸ばした。鼻歌を歌いながら、まな板に魚を乗せる。
「まず二人目の母親。寝たきりの老婆に殺人は難しい。義父だってそうだ。いくら家族だからって、目が見えない老人に、正面から刺されるかなあ?」
台所……と言う名の岩……に、トントンと包丁の音がリズミカルに鳴り響く。郁人の見ている前で、あっという間に魚が捌かれて行った。
「それじゃいくらなんでも無抵抗すぎるでしょ。たとえ不意を突かれたって、その二人相手なら撃退できるんじゃない?」
「寝込みを襲われたら?」
仕留めた獲物を前に、教楽来はすでに上機嫌だ。郁人が食い下がった。
「被害者が寝ている間なら、目が見えなくたって刺せるだろ?」
「そうかな。寝たきりや盲目の人間が、金品だけ選んで盗むって、だいぶ至難の技だろう」
「分からんぞ。争った跡だって、偽装かもしれない。それに、それにだぜ。何より現場になった離れの外には、足跡があったんだ」
郁人の言葉に熱がこもった。
教楽来は窓の外にちらりと目をやった。外の砂浜に、キャンプ用のガスコンロが備え付けられているのを郁人は知っていた。だとすれば今日は『塩焼き』か。いや、そうじゃなくて。
「仮にその三人のうち誰かの犯行だったとしても、だ。車椅子の人間に、どうやって足跡を偽装できるんだよ?」
「まさしくそれだ。その、証拠の足跡」
教楽来が歌うように言った。
「その大げさな、わざとらしい痕跡が今回の仇になったな。犯人はまず、本物の弟を離れに呼び……」
「ん?」
郁人が首をひねった。本物の弟?
「ちょっと待て。今なんと言った?」
「……歩けない弟を部屋の中に招き入れ、そして殺した。それから犯人は、争った跡や足跡を偽装し、自分が弟になりすまして、家に戻ったんだ」
「なんだって?」
じゃあ犯人は……。
「もういっぺん言ってくれ」
「だから犯人は今、弟に化けてるのさ。兄だ。離れで殺されたと言う被害者が、真犯人だったんだよ」
「兄?」
郁人が目を瞬かせた。
「兄が犯人?」
「嗚呼。弟を殺して、自分の死体に見せかけた。歳も近く、似た者兄弟だったんじゃないかな。いくら家族とはいえ、寝たきりで何年も部屋に閉じこもってたり、盲目の義父には、中々区別が付きにくい。『兄が殺された』と言えば、家族はそう思い込むだろう」
「そして自分は足の不自由な弟になりきり、自動的に容疑から外れる……!」
「そう。きっと犯人はそう考えたんだ。元々車椅子生活なら、足跡の偽装なんてできないと。警察も疑わないだろう、と。それでわざと大げさな証拠を残した」
「なんてこった……兄か!」
「話を聞く限り、だよ」
教楽来は涼しげな声で頷いた。
「登場人物の中で『自由に動き回れて、足跡まで残せた』のは……被害者のみ。殺されたとされるその兄だけだ。ま、話だけじゃ動機までは分からないけど。後はじっくりとDNA鑑定するなり、その死体について調べてみるといい。自分じゃ弟なんて言ってるけど、それって本当のことなのか? 何か問題があるかもしれない。もしかしたら……さ!」
教楽来は郁人を振り返り、にっこりと笑った。
「準備できたよ。事件の話はこれでお終い。外で『塩焼き』にしよう」
郁人はゴクリと生唾を飲み込んだ。窓の外で、にゃあ、と嬉しそうな鳴き声が聞こえた気がした。
《完》
大げさな証拠 てこ/ひかり @light317
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます