並アゲハさん殺害事件

荒木シオン

並アゲハさんはなぜ殺されたか?

 その日の午後、とある住宅街で死体が発見された。

 亡くなったのはなみアゲハさん。その美しい姿は近隣住人の間でも評判だった。

 花が好きで、周囲の人を笑顔にする、太陽のような存在だった。


 しかし、そんな並アゲハさんが殺された。

 それもとても凄惨せいさんな殺され方で……。普段からこういったことに慣れている私たちでも現場に駆けつけたとき、そのあまりの酷さに正直言葉を失ったほどだ……。


 頭や手足は引き千切られ、腹部はなにかでペチャンコに潰されていた。

 確認された外傷、それはどれか一つをとっても致死性のそれだった。そのため、恐らく並アゲハさんは絶命後、身体をもてあそばれたのだと私たちは結論づけた。


 この犯人は正真正銘のサイコパスである……。こんなことを平然と行うヤツがいるのかと私たちは戦慄したほどだ……。

 

 その後、私たちは並アゲハさんのご遺体を現場から丁寧に運び出した。

 作業にはどんな些細ささい痕跡こんせきも残すまいと数百を軽く超える同僚たちが動員され、私は上層部の本気度に心を打たれた。


 並アゲハさんの死を無駄にしてはならない……。現場で黙々と作業に当たる私たちの心は一つだった。


 そうして作業を続けていると、ある一報が届き私たちを戦慄せんりつさせる。

 なみアゲハさんを殺した犯人が判明したのだ……。

 容疑者は現場近辺の集合住宅に暮らす佐藤ゲンタくん、十二歳。今年の春、小学校の六年生に進級した元気で活発な男の子である。


 まさかこれほど凄惨せいさんな事件を引き起こしたのが、こんな子どもだったなんて……。あまりの事実に私たちは多大な衝撃を受けた……。

 彼がこんな凶行に及ぶ原因はなんだったのか……なにか、強い殺意が、恨みが並アゲハさんにあったのだろうか?


 調べを進めていくと、佐藤ゲンタくんと並アゲハさんの接点が見えてきた。

 実は彼らは見知った間柄であり、その関係も良好だったという。事実、並アゲハさんと佐藤ゲンタくんが周辺の広場で追いかけっこにきょうじる姿を近隣住民がたびたび目撃している。


 しかし、その事実が私たちを更なる迷宮へ追い込んでいく……。

 それほど仲の良かった並アゲハさんを佐藤ゲンタくんはなぜ殺さねばならなかったのか……。そして、彼は今、どこで何をしているのか……。


 そんなことを考えていると、現場がにわかに騒がしくなる。先ほどまで黙々と作業を続けていた同僚たちが怒号を放っている。何事かと近づくと、作業をする私たちとは別の一団がいた。


 なるほど、ここはちょうど土地の境界線だ……。なので、どこからか並アゲハさんの事件を聞きつけたヤツらがり刀で駆けつけてきたわけだ。

 しかし、これはもう私たちの獲物である。同じ仲間だからと言って、はい、そうですかと、手柄をやるわけにもいかない……。

 同僚たちも同じ気持ちのようで一触即発いっしょくそくはつな空気が辺りに漂い始める……。


 膠着こうちゃく状態のまま睨み合っていると、どこからか足音が聞こえてきた。

 音のする方へと視線を移せば、そこにはランドセルを背負った男の子が一人、ニコニコと笑いながら立っていた……。


 私たちは直観的に理解した。彼が佐藤ゲンタだ! 犯人は再び現場に戻ってきたのだ!

 慌てる私たちを見つめ、彼はニヤ~ッと笑う。


「わぁ~い、ちょうありがたかってる! 潰しちゃえ!!」


 佐藤ゲンタ……それは私たち昆虫にとってのシリアルキラーである。


               完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

並アゲハさん殺害事件 荒木シオン @SionSumire

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ