第2話 人の業
「下りていました」
少し後、戻ってきた主人の言葉に志島は『では簡単な話です。古民家ですからこの部屋の熱気が物置へ流れ、開いた梯子の登り口を伝って小屋裏に溜まり、落雪が起き易くなっていた、と僕は考えます』と告げ微笑んだ。反し、彼らの表情は血の気を失いつつあった。
「管理不足は否めませんが、それでも屋根には雪止めがあります。落雪対策をしていない訳ではないんです」
「雪止めが壊れていた可能性は?」
「え?」
「正しくは壊されていた可能性ですが」
縁側から戻ってきた彼は、被害者に寄り添うように腰を降ろす。
「ま、それは調べれば解ることでしょう。それより貴方がたでも解る不審点があります」
顔を見合わせる夫婦。志島がちらりと被害者の顔へと視線を送れば、はっとしたように田口が『メイク?』と返した。
「そう。体調が良くなってきたばかりだと言うのに、彼女はメイクをして極寒の外でいったい何をしようとしたんでしょう」
「景色を見たかったのでは?」
主人の言葉に志島は『なら室内から見れば済む話でしょう』の言葉に押し黙る。
「僕はこう考えます、彼女は約束をしていた。早朝、この縁側の先で誰かと会う約束を。そして、待ち人を待っている間に彼女は落雪に見舞われて死んでしまった」
続けるように『言い換えましょう、計画的な落雪によって殺されてしまったのでは、とね』と述べた。
「そんなこと出来る訳ない。出来たとしてもこの中の誰に動機が…」
「動機ならありますよね、田口さん」
後ろに手を伸ばし、志島は被害者の鞄へ再び手を伸ばす。取り出されたのは一通の手紙だった。
「さっき母子手帳を探している時に見つけました。宛名にはこうあります『田口涼子』と」
読み上げられた名前に、女将夫婦が一斉に田口を見る。
「言い忘れましたが、彼女から貴方がかつての同級生だと昨晩伺っています」
口ごもる田口。志島を見る目には憎しみが宿る。もう決まったも同然だろう。
「懺悔のように聞かされましたよ。五年前、知らなかったとは言え貴方の彼氏と関係を結んでしまったと。それによって貴方の結婚が破談になりとても悔いていると。この手紙は帰省の際に貴方に渡すつもりだったのでしょう」
「今更よ!」
金切声が室内を裂く。
(終わったな)
驚き目を見開く夫婦に構わず、田口は死して尚彼女を殺さんばかりに拳を振り上げた。だが、寸手の所で主人が彼女の手を掴む。
「この女のせいで私の幸せな結婚は消え去ったの! この女さえいなければ、私はずっと好きだったあの人と幸せに暮らせたの! この女さえいなければ…!」
腕を握られたまま力尽きたように畳の上へ崩れ落ちる田口。その目からは憎しみと悲しみが混ざり合った雫が零れる。遠くから、サイレンの音が聞こえた。
「返してよ、私の幸せ。あの人を返して」
女将は茫然とし、主人は憐れむ様に田口を見下ろし、田口はただただ畳を濡らす。
程なくして、ざわめきと共に辿り着いた警官に、田口は言い逃れもせず素直に連れていかれた。志島の予想通り雪止めは壊されており、小屋裏からは数台の暖房器具が発見された。
転じて被害者となった女将はほんの少し顔色が良くなり、世の中の現金さに志島はため息が漏れ出る。
「迷惑を掛けてすまなかった」
「いいえ、どうもですよ」
主人が小さく頭を下げる。警察の事情聴取を受けるべく、志島はこれから警察署に行かなければならない。荷物を纏め、パトカーに乗る彼を見送ったのは主人ただ一人だった。
動き出した車に揺られ、志島は雪景色の広がる外へと視線を移す。
(自白してくれて良かった)
視界に映り込む白が眩しい。
『追伸。貴女の過去に見合った結末で私は嬉しい限りです』
田口が連行されるまでの間、好奇心に駆られて呼んだ手紙には最後、そう綴られていた。
「業が深いね、人間は」
志島は小さく口角を持ち上げた。
しじまはるき【志島春樹】(名)彼女いない歴イコール年齢の二十三歳(童貞)。理想の恋人はお市の方。趣味は古民家、城、寺社仏閣巡り。職業、探偵。
狂い咲きのベンジェンス 鞠吏 茶々丸 @IzahararahazI
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