Eat Me
灰崎千尋
私を食べて
そろそろあなたが帰ってくるから、お夕飯をつくりましょう。
今日は久しぶりにハンバーグ。合挽き肉が安かったの。玉ねぎをみじん切りにしていたら、少し指を切っちゃった。左手の人差し指。どうせなら薬指がよかったけれど、ちょうど良いと思うことにしましょう。赤く染まった玉ねぎを、挽き肉にさっくり混ぜて、パン粉と卵を加えて少し練る。まあるく小判型にまとめたら、フライパンでふっくら焼き上げる。ソースはシンプルに、ケチャップとウスターソースを肉汁と絡めたもの。あなたの好きなやつ。最後に胡椒みたいに振りかけたのは、細かく刻んだ私の髪の毛。付け合せは生野菜。
軽めにもう一品、炒めものを。細切りにしたピーマンに、ちりめんじゃこと、やすりで粉にした小指の爪。ごま油でじっくり炒めて、醤油と酒で仕上げるの。簡単だけど、食感が楽しいと思うわ。
それから大事なお味噌汁。豆腐とわかめをお出汁で煮立てて、涙を少し。火を止めて味噌を溶いたら出来上がり。
おかえりなさい。先にごはん、食べるでしょう? 遅くまでお疲れ様。大丈夫、私はもう食べちゃったから。
私、あなたが好きよ。
私を映してくれる、目尻の少し下がった目が好き。キスするときにちょんと当たる、高い鼻が好き。私の頭を撫でて、髪を梳いてくれる大きな手が好き。あなたの心臓の音がようく聞こえる、薄めの胸が好き。私の足を絡めると少し固い、筋張った脚が好き。
だからあなたに、私を食べてほしいの。
私を食べて、それがあなたの血肉になるなんて、こんなに素敵なことって無いわ。あなたを形作る私。あなたに息づく私。あなたになる私。それを想像するだけで、とっても幸せな気持ちになるの。
あれ、どこか寄ってきたの? スーツの匂いがいつもと違う気がしたから。ああ、電車で。ときどきいるわよね、香水つけすぎの人。それにこの香り、あんまり好きじゃないなぁ、私。
ねぇもし、万が一だけれどね。あなたが私を好きじゃなくなってしまったとしたら。私きっと、あなたを食べてしまうから。
私の力では、あなたの首を絞めるのは難しいもの、やっぱり手近な包丁かしら。眠っているあなたの頸動脈を切りましょう。内蔵をとりだして、煮込みにして少しずつ食べようかな。心臓は新鮮なうちに焼いて食べたいわ。上手く切れる自信はないけれど、手足は大事な可食部よね。あなたって贅肉が少ないから、固くて食べにくいかもしれない。お肉の熟成って、家でもできるのかしら。冷凍でもいいけれど、少しずつ食べて、少しずつあなたを私にしていくの。
頭はどうしましょうか。剥製にできればいいのにね。流石に難しいだろうから、焼いて頭蓋骨にしてしまって、ベッド脇に飾るわね。毎日「おはよう」と、「おやすみ」と、「愛してる」を言うわ。生きているあなたがしてくれているように。
なあに、どうかした? 私のつくったごはんを食べているあなたを見るのが、好きなだけよ。美味しい? そう、よかった。
Eat Me 灰崎千尋 @chat_gris
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