よくあるカイダン話

加瀬優妃

真夜中の着信

“リン、リーン”


 メッセージアプリの着信音が聞こえて、読んでいたファッション雑誌をいったん横にやる。ベッドの上でペディキュアし、その爪を乾かしている途中だったので上手く動けない。ゴロンと寝っ転がり、サイドテーブルに「んー」と声を上げながら手を伸ばした。


 どうにかスマホを手に取り、元のように座り直して画面を見ると、見覚えのないアイコンと『KEN』という名前、そして『こんばんはー』というメッセージが表示されていた。


 んー、誰だ、こりゃ。記憶に無いなぁ。

 そういや三日前のコンパでアドレス交換したっけ。そのうちの誰かかな?

 あのときはちょっと酔っぱらっちゃってたし、もう誰が誰だかも覚えてないなぁ。超ハズレだったしー。


 とりあえず既読がつかないように注意しつつ指を滑らせ、まずはメッセージ内容を確認する。



『なあ、なあ』

『ちょっとさあ、怖い体験したんだよー。なあ、聞いてくれる?』


 馴れ馴れしいなあ。誰だコイツ。


『友達がさあ、原っぱにポツーンと階段だけが置いてある場所があるから見に行こうぜって言うんだよ』

『よくわかんないけど、無理矢理連れて行かれてさ』

『そしたらこれ』


 そのコメントのすぐ下に、写真が添付されていた。

 夜中の写真らしく、真っ暗な背景の中央に、ボウッと木でできた階段が白く浮かび上がっている。辿り着いた先には何もない。まるで、滑り台の先の部分だけ取り払ったような感じ。

 ……ってか、これがどうしたのよ。


『何かさあ、昔の絞首台みたいじゃねぇか?』


 はぁー? 絞首台?

 どういう発想?


 ああ、13階段とかいうやつ? でもあれ、嘘らしいけどね。

 13段とは決まって無いとか、そもそも死刑囚は階段なんか昇れないとか、日本の場合は階段部分は埋められててフラットになってるとか、何かそんなことを聞いた気がする。


『もう、そう思ったら、背筋がゾーッとしてさあ!』

『嫌だって言ったんだけど、ムリヤリ階段まで連れて行かれて』

『頭は痛いし、変な汗は出るしさ』

『目も開けられなくて、ギューッとつぶってたんだよ』


 男同士ってけっこうバカな遊びしてんのね。

 真夜中に季節外れの肝試し?

 それよりこれ、どこにあるんだろ。東京から近いのかなあ。


『1段、2段、とのぼっていくわけ』

『そしたらさあ……何と、13段あったんだよ!』


 はい、オチ読めてましたー。先に絞首台っていうワードを出しちゃ駄目でしょ。

 話のセンスねぇな、コイツ!

 それに、13階段は嘘だから。日本にあるはずないから。あれアメリカじゃなかったっけね。


 そう思いつつ、さっきの階段の画像をもう一度見てみる。

 何となく気になってひぃ、ふぅ、みぃ……と数えてみると、よく見えないものの10段ぐらいしか無かった。


 ……こいつ、バカでしょ。ビビリすぎて階段の数、数え間違えてるとか。

 思わず溜息をつきながらタップして……しまった、既読がついちゃった!


『あ、見てる? 見てるよな?』

『なぁ、なぁ、どう思う?』

『怖くね? 13階段』


〝別に〟


 暇だったので返してみる。

 あと、コイツがどういうリアクションするのかちょっと興味があったし。


『嘘だろぉ!?』


〝10段ぐらいしかないし〟


『いや、本当だって!』

『ようし、一緒に行って、数えてみようぜ!』


 ああ、着地はそこかあー。何だ、デートに誘ってんのか。

 行くわけねーだろ、と思いながら


〝また今度ね〟


と打ち込む。

 しばらく間が開いて


『なあ、なあ』


という文字が画面に踊る。


『一番上から下を見たらどうなってるか、気にならない?』


 ……そう言われると、気になる気もするから不思議よね。


〝どうなってたの?〟


 それさえ聞ければもうコイツに付き合う必要もないな、と思いながらタップする。

 あとで速攻でブロックしよっと。



“――『じぶんの、めで、みてみ、ろ、よ……』”



 画面に浮かび上がる文字と同時に聞こえてきたのは、音声をゆっくりと再生したような、低く震える声。


「えっ……何? ええっ!?」


 目の前のスマホの画面が勝手に上にスクロールし、先ほどの階段の写真が目に飛び込む。

 ギュウンと視野が狭まり、まるで掃除機に吸い込まれるように、私の視点が階段に吸い寄せられ……ブツン、と何かが切れる音と共に真っ暗になった。



   * * *



 足が土の感触とジワッと湿った雑草の感触を捉える。両腕は何者かに掴まれているように横に広げられ、動かせない。


 目の前には、真っ暗な中に白く浮かび上がる木の階段。私はまるで十字架に磔にされるような格好のまま、強引に歩かされる。

 わたしの体に纏わりつくのは真っ黒な闇。腕は引っ張られ、背中を押され、体は勝手にじりじりと前に出る。


「いやっ、いやあああ――!」


 何で!? どうしてこんなとこにいるの!?

 やだ……やだ、嫌だよ!


 頭の中でシンバルを叩いているかのようにやかましい音がわんわんと鳴り響く。体中の毛穴が開き、粘度の高い厭な汗がブワッと噴き出したのがわかった。


「離してー!」

“いち……にぃ……”


 階段を一段上がるごとに、不気味な低い声が数える。泣いても叫んでも、声は止まないし足も止まらない。


“――じゅう……さん!”


 その低い声が鳴り響いた途端、グッと頭を押さえつけられる。

 階段の下――無理矢理開かされた両目は、もう閉じることができない。


 涙で滲む瞳に飛び込んだのは、真っ黒な渦から伸びる、何十本という腕。

 私を呼ぶように、捕まえるように、不気味にゆらゆらと動いている。


 私の首に――太くてゴワッとした、縄の感触が巻き付いた。



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