友達の宝物
惟風
友達の宝物
「いってえ!」
右足をあげると、母親のお気に入りのオレンジ色のマニキュアが落ちていた。
「やべ……割れてないよな。あっぶねー。」
足の裏をさすりながら破損を確かめていると、インターホンが鳴った。
「遊矢! 来たよー。」
モニターに、
「はーい」
オートロックを解除する。マニキュアはとりあえず食卓テーブルに置いた。
しばらくすると、玄関を開けて陸斗が入ってきた。
「お邪魔しまーす。はー暑かった!」
パタパタと手で顔を扇いでいる。まだ五月なのに外は真夏のような気温だ。
「遅かったじゃん。先に部屋行っててー。」
陸斗を自室に促し、遊矢はオレンジジュースをコップに二つ注いで盆に乗せた。壁の時計は4時を少し過ぎたところだった。もうすぐ母親がパートから帰宅する頃だ。
「お待たせ。何持って来たの?」
コップを部屋の机に並べながら陸斗に尋ねる。陸斗は扇風機にあたりながら、背負ってきた黒いリュックからゴソゴソと何かを出そうとしていた。
陸斗は遊矢の一番の友達だった。
保育園の時から家族ぐるみの付き合いで、小学校に上がってからもずっと同じクラスだったが、三年になってからは別々となってしまった。
それでも、放課後や休日にはゲームをしたり公園に行ったりと変わらず遊んでいた。
先週は陸斗が熱を出して何日か学校を休んでいたので、遊べなかった。
元気になって登校してきたと思ったら、いつになく興奮した様子で「見せたいものがある」と言ってきたのだった。
陸斗は、リュックから汚れた紙袋を取り出した。遊矢にも見覚えのある、近所のドーナツショップのロゴが入っている。だが、あまりにもボロボロで、シワや泥のような汚れが目立っている。今にも破れそうだ。中に何かが入っているようで、少し膨らんでいた。
「何? すげー汚れてんじゃん。」
遊矢は不思議に思った。陸斗は普段は綺麗好きで、どちらかというと土や砂に触れるのを嫌がるからだ。そういえば、家に来てからまだ手も洗っていない。いつもなら勝手に洗面所を使うのに。
「良いものが入ってんだよ。ほら。」
陸斗は嬉しそうにそういうと、紙袋の中身を床に無造作にぶちまけた。
「ひっ――」
驚きのあまり、遊矢の喉の奥が鳴った。尻もちをついて机に当たってしまい、コップが倒れてジュースが溢れた。だが、そんなことには構っていられなかった。
ぼとぼとと紙袋の中から出てきたのは、人間のものと思われる複数の指だった。細いもの、太いもの、小さいもの。およそ十本以上はあった。
根元の切断面から、赤黒い肉とやけに白い骨が見えている。作り物でないことは、途端に部屋中に充満した臭いが物語っていた。
「なに……なんだよ、これ……。」
声を絞り出すように聞いた。
「すげえだろ!」
遊矢の恐怖に気づかない様子で、陸斗は熱っぽく話し出す。
「先週さ、俺風邪引いちゃったじゃん。その時すげえ暇でさ。熱はあるけど動けたからさ、こっそり家抜け出して、裏の河川敷の方とか行ったんだ。」
陸斗が話している間に、悪臭とおぞましいモノに耐えきれず、遊矢はその場で嘔吐してしまった。喉が焼け付くように熱い。
「……っ……うぇ……え?」
吐きながら、遊矢は再び違和感を覚えた。今、陸斗は何と言った?
陸斗は構わず熱弁している。視線は床の指達に釘付けだった。
「そしたらさ、この袋が落ちてて! すげえ汚えって思うのにめっちゃ気になってさ、思わず拾っちゃったんだよなー。」
やっぱりおかしい、と遊矢は思った。
陸斗の家の裏に河川敷などないはずなのに。
「そん時はまだこんなに数はなかったんだけど。」
「その……時?」
「最初は三個くらいしか入ってなかったかなあ。もっといっぱい欲しくなっちゃってさ、増やしたんだ。」
そう言うと、陸斗は指達の中から一本を拾いあげる。肉自体は変色してしまっているが、嵌まっている指輪は不似合いなほど輝いていた。
見たことのある指輪だった。遊矢の母が、以前『素敵なデザインね』と褒めていた。それは。それは陸斗の。
「ママだよ。」
遊矢は部屋を飛び出した。玄関に向かって走る。だが、足が縺れて転んでしまった。
玄関マットに顔を強かに打ち付ける。
「たす、たすけて」
身体が、思うように動かない。立とうとしているのに震えて立てない。這いずりながら前に進む。
助けて。ママ早く帰ってきて。ママ。ママ助けて怖い。
「遊矢」
部屋の方から陸斗の声が聞こえてきた。こちらに近づいてくる足音がする。怖くて振り返ることができない。
「大丈夫だよ。こっち来る前におばさんのとこ行ってきたんだ。」
「え……?」
思わず陸斗の方を見る。今言われた言葉の意味が理解できなかった。いや、したくなかった。
陸斗はゆっくりと近づいてくると、遊矢の眼の前に何かを落とした。
ぽとり
その爪は、見覚えのあるオレンジ色をしていた。
友達の宝物 惟風 @ifuw
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます