他人のゴミ漁りが趣味の私は見てはいけないものを見てしまった

神宮瞬

他人のゴミ漁りが趣味の私は見てはいけないものを見てしまった

 早朝に起きた私は、近所のゴミ捨て場へと出かけた。



 28歳のしがないサラリーマン。趣味はゴミ漁り。

 もちろん、他人のゴミを勝手に漁ることが法に触れるのは分かっている。

 しかし、駄目なことだとは分かっていてもやめられない。

 人には一つや二つ、そういうものがあるはずだ。

 それに私は独身であり既に親はいない天涯孤独の身なので、捕まったところで誰かに迷惑をかけるわけでもない。



 別にゴミ漁りで金目のものを探したり、特定の個人をストーキングするのが目的じゃない。

 私の目的は一つ、人の秘密を見つけることだ。



 1年前、私がゴミ漁りをするようになった切っ掛けの話だ。

 当時の私はコンビニで雑誌を立ち読みするのが趣味だった。

 今から考えると何ともケチくさいが、店員の動向を伺いながら同じ場所に数時間は居座るようなことをしていた。

 だから、とある少年が店内に入ってきたのも当然把握出来た訳である。

 その少年は何処か様子がおかしかった。

 そわそわとしていて、私と同じように店員を伺っている。

 そして、店員が自分に注意を向けてないことを確認すると、鞄から新聞紙に包まれた物を取り出し、店内に設置されているゴミ箱に捨てた。

 少年は逃げ出すように店から出て行ったが、私は彼のことよりも何が捨てられたかが気になっていた。


 好奇心を抑えられず、少年が捨てたゴミ箱に手を突っ込んで取り出し、外に出て店の裏側で新聞紙を破る。

 出てきたのは所謂、オナホールという奴だった。

 使ったことはないが、赤白の縞模様の有名なメーカーの物なので見たことがあった。



 私は、少年の隠している性事情の秘密からプライベートを覗き見た気がして、何とも言えぬ愉悦を味わった。

 少年はきっと誰にも言わず一人でこれを買ったのだろう、そして家族に隠れて使ったに違いない。

 それは部屋か、便所か。部屋なら鍵がついていたのか。それとも家族が居ない間に使ったのか。

 想像を膨らましているうちに、私は少年を丸裸にしていくような感じに陥った。

 酷く歪な快感を感じた。



 それから私は他人のゴミを見たいという欲が時偶湧くようになった。

 今では月一度の趣味だ。



 今日も自分のゴミを片手に歩く。

 ゴミ捨て場に行くのに何も持たないのはおかしいと思われかねない。



 アパートの廊下を渡っていると30代くらいの男性と出会わせた。

 何処かから帰ってきたようだ。



「あ、おはようございます」

「おはようございます」



 見たことない人だが、挨拶をされたので返す。

 人当りのいい印象を受ける。



「始めまして、最近引越してきた堀内です」

「始めまして、山本です。えっと、もしかして、堀内さんって4階にお住みのご夫婦の……」

「ええ、その息子です。親の住んでる家に居候することになりまして」

「そうなんですね」



 4階にも堀内さんという老夫婦が住んでおり、堀内さんはその夫婦の息子だそうだ。

 その夫婦はとても和やかな人で仲が良いらしく、いつもよく朝に散歩に出掛けているのを見る。

 そういえば、最近はあまり姿を見掛けないが。



 自分も名乗り、一言二言言葉を交わしてから堀内さんとは別れた。

 朝の時間は遅くになるにつれて、人が増える。

 ゴミ漁りをしたい私にとって、悠長にはしてられない。



 足早に階段を下り、1階の廊下に差し掛かった時、私は見知った人と交錯した。



「あら、山本さん。おはようございます」

「おはようございます。荒木さんも朝早いですね」



 出くわしたのは子供と手を繋いだ荒木さんだ。

 年がいくつなのかは知らないが、二十歳代にしか見えない若々しい美貌を持つ御婦人であり、格好いい旦那さんと暮らしている。



「保育園が遠くて毎朝大変でね……」

「ママ、ママ!」

「ごめんなさい、子供が朝から騒がしくて」

「いえ、そんな事ないですよ。とても可愛らしいお子さんですね。やっぱり子供は元気じゃないと」

「ふふ、そう言って貰えると助かるわ」

「ママ!」

「じゃあ子供が呼んでるからもう行くわね」

「では、失礼します」



 荒木さんは子供の後を追っていった。



 それしても、と私は思う。

 荒木さんと話すのは何とも甘美な時間だ。



 清楚な香りを振りまく荒木さんだが、私は彼女の秘密を知っている。

 半年くらい前の事だ。

 ゴミ漁りをするようになった私だが、そうそう他人の秘密が分かるものではなく、もう辞めようと思っていたところで知ったことだった。

 今考えれば、これを知らなければもうとっくにゴミ漁りは辞めていたと思う。



 とはいえ、コンビニでの少年の件のように少しでも何か秘密を知ってまたあの快感を味わいたいと思っていたので、紙一枚ずつからチェックしてゴミを漁っていた。

 そんな探し方ではとにかく時間が掛かるので、とてもじゃないが全てのゴミは確認し切れない。

 だから、見つけたのは偶然だ。



 それは一枚の紙だった。

 そこには大きく私的DNA型父子鑑定書とあり、結果として子供が夫の子である可能性が0%であると書かれていた。

 他の名前の書かれている書類から、そのDNA鑑定は荒木さんのものだということが分かった。

 つまり、さっきの荒木さんの子供は旦那さんの実の子供では無いのだ。



 旦那さんが知っているのかは分からないが、荒木さんが言わない限り、十中八九知らないだろう。

 なので私は、やろうと思えばすぐにでも荒木さんご夫婦の関係をぶっ壊すことが出来る。

 もし旦那さんが知っているのなら、周りに言い触すことも出来る。

 そんなことをされたら、荒木さんこ世間体が悪いのにも程があるだろう。

 要するに、私は大きな弱みを握っているわけだ。



 少年の件以来の大きな快感だった。

 それを知ってからは荒木さんと話すだけでも、全身に歪んだ快楽が駆け巡る。

 彼女は清楚ぶってはいるが、夫ではない男の子供を産んだ最低な女だ!

 そう思えば思うほど、くらくらしそうな程に気持ちがいい。




 まあ弱みを持っているが、別にそれを利用しようなんてことは考えていない。

 ただ、私だけが秘密を握っているという感覚が最高の気分なのだ。



 るんるん気分でゴミ捨て場に辿り着く。  

 今私の顔を見れば、さぞや気持ち悪い笑みを浮かべているだろう。

 けれども、この愉悦を顔に押し止めることが出来ない。

 小さく笑い声を上げてしまった。



 一頻りの快感が収まってから、私は周りを見回す。

 人は――居ない。

 片手にあるゴミの袋を少し緩める。

 これでゴミを漁っている時に人が来たとしても、ゴミが袋から出てしまったという言い訳が立つ。



 私は一番手前に置かれているゴミを狙いに定めた。

 漁るのに丁度いい、余りゴミが入ってない袋だ。

 何とか結び目を解くと、むわっと腐臭が漂った。

 ゴミの匂いを嗅ぎ慣れている私にとっても相当臭い。

 ゴム手袋を嵌めて、中のゴミを漁っていく。

 そして、明らかに何かを隠しているような物を発見した。

 それは新聞紙でぐるぐるに巻かれている。



 人は秘密にしたいものを捨てるとき、破り捨てたり紙に包んだりして外から見えないようにする。

 私の経験則から、これは何かを隠しているに違いないと思った。



 ここに居れば居るほどゴミ漁りが露見する確率が高まるので、普段ならここで開けるようなことはせず家に持って帰ってから開けるのだが、私はせめてどういう感じの物が入っているのかを確認しようと開けることを決める。

 新聞紙を破っていくが、それは何重にも巻かれていた。

 どんどんと周りの新聞紙を取っていくたび、腐臭が増していく。

 どうやら、さっきの腐臭の原因はこれだったみたいだ。



 中には何が入っているのか。

 他人の秘密を見ることが出来るのか。

 期待からか、自分が興奮しているのが分かる。



 さあ、何が入っている?

 私は最後の新聞紙の包みを上から破って除きこむ。







 私は――――見てはいけないものを見てしまった。









 これは、不味い。



 倫理の感覚が麻痺している私でも分かった。

 これはヤバい奴だと。



 どうする? 持って帰るか? 

 いや、元に戻した方がいい。

 これは見なかったことにしておいた方がいい。


 だって、凄い、嫌な予感が――






































「――山本さん? どうされたんです?」





 後ろから声をかけられた。

 一体、誰だ。





「いえ、ゴミが袋から出てしまいまして」

「そうなんですか。その新聞紙ですか? 私の袋に入れます?」

「いえ、大丈夫です。失礼します」



 すぐに立ち上がり、相手の顔を見ずに逃げ出した。

 今のはさっき会ったばかりの堀内さんだった。

 ゴミを捨てに来たのだろう。



 しかし、これをどうする?

 私は足早に階段を駆け上がり、家に入って錠を閉じる。



 考えろ。

 さっきのゴミ袋は誰のだ?



 確か一番手前に置かれていたのだった。

 ということは、私の直前にゴミを捨てた人だ。



 誰が捨てた?

 私は朝、誰と出会った?



 そして、あれは誰のだ?



 ちょっと待て。

 朝あの人に会ったとき、私は何を思った?



 ――――その夫婦はとても和やかな人で仲が良いらしく、いつもよく朝に散歩に出掛けているのを見る。そういえば、最近はあまり姿を見掛けないが。




 全身を恐怖が支配する。

 冷や汗が背中から湧き出た。



 このゴミは、もしかして――――











 ――――ビンポーン。



 玄関のチャイムが鳴った。











「山本さーん、堀内です! ゴミ捨て場に落とし物があったのですが」

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