べ、べ〜ん

木船田ヒロマル

べ、べ〜ん

 幼少のころ身内にオカルト好きがいると、思春期以降、オカルトに対しどこか拗らせた感情が醸成され易いのかもしれない。


 僕の場合は、母が一時期某宗教に傾倒して、それはまあ家庭崩壊などの大問題に発展することもなく、一過性の流感のようなものとして記憶されている。


 だがそれが自分の思春期に重なると、親の説教の端々に宗教観が見え隠れするのは不愉快以外の何物でもなく、高校を出るころには僕は宗教を始めとして心霊やUFOなどオカルト全般を斜めに睨みつける極端な合理主義者に仕上がった。


 大学は僕の合理主義への欲求を充分に満たしてくれた。

 師事した教授は日本懐疑主義者団体(オカルト否定派の民間団体)の理事の一人で、卒論でも「オカルト信奉と不安傾向との相関」なんて主題にして、あんなものは心の不安定な人間が縋りたがる支え棒だと納得していた。


 社会人になってもその信条は変わらなかった。


 しかし職場のバイトの子が「今、話題の占い師がいる」と言ってきても、その場で鼻で笑ったりしない程度には、僕は大人になっていた。


 彼女は若い子の間で話題だというその占い師に彼女を取り巻く現状をズバズバ言い当てられたと熱を持って語り、僕は「コールドリーディングだろ」とか思いながら、へえすごいねー、なんて当たり障りないコメントを返していた。


「前世も見てくれるんですよ。私の前世はギリシャ人だそうです!」


 という彼女の言葉には流石に笑いを堪えたが、茶髪で鼻筋の通った顔立ちの彼女の見た目で言ってるんじゃねーのと思いながら、正直その「前世を見てくれる占い師」とやらに興味が湧いていた。


***


 駅前の商店街に、雑居ビルの二階に、その占い師の店はあった。


 小柄な中年女性が一人でやっているようで、室内はそれらしい装飾がされて、様々なグッズが整然と置かれていた。


 ローブのようなものを羽織った店主は想像していたより気さくで人懐っこい感じで、知り合いの紹介で来たことと、前世に興味があると告げて、確か3000円前後を払ったと思う。


 彼女はビロードのクロスが掛かったテーブルの前に僕を座らせた。テーブルには水晶玉と何かのお香、易者さんが使う竹筒に立てた沢山の棒が置いてあった。


「じゃ、早速見ましょうかね」


 彼女は易経の棒の束を取り、時代劇やドラマで見るようなジャッジャッ、と音を立てて混ぜ、扇型に広げる仕草をした。


「うん。なんというか……努力してるひとね。でもそれが報われてない感じ。他の人には、あなたがしてる努力が、あまり伝わっていない」


 なるほど。


 ある程度誰にでも当てはまる内容だ。占いなんかに救いを求めるグループなら「言い当てられた」と感じる人が多そうに思う。よく出来てるな。


「前世はね……うん。詳しくは分からないけど侍や武士と言った感じではないわね。猛々しい雰囲気は感じない。烏帽子を被った役人か貴族か……」


 彼女は手元のメモ用紙にさらさらと簡単なイラストを描いた。


「こんな感じの物静かな男性が、文机に向かって何かをさらさらと書いてるイメージ。時代は多分江戸時代より前かな。平安とか」


 僕は内心、それも今の僕の見た感じや物腰からそう言ってるんじゃないかと思いながら、相槌を打って感じ入ってる風を装った。


「あと、あなた、少し変わった守護霊ね。よく見ていい?」


 異論がない旨を伝えると、道具が水晶玉に変わった。道具は東洋西洋ちゃんぽんなんだ、と思った。

 彼女は水晶玉の上をサッサッと払うような仕草をした。


「女ね」


 彼女は断定的にそう言い切って更にサッサッと払う仕草を続け


「うーん。強い」


 と言った。


 実は僕には心当たりがあった。

 死別した姉だ。

 とはいえ一緒に育ったりしたわけではなく、姉は死産だった。勿論僕が生まれる前の話だ。


 だがそんな話を、うっかり口を滑らせて喋ろうものなら向こうの思うツボだ。


「ヒトの霊じゃないわ。こんなことは珍しいんだけど」


 彼女はまた手元のメモ用紙にさらさらっと簡単なイラストを描いた。曼荼羅や菩薩画に書いてありそうな羽衣を纏い楽器を持った女性の絵だ。


「こういう感じ。普通は二、三代前のお爺ちゃんとか、近い血縁者なんだけど、あなたの後ろにいるのはもっと格上。神様までは行かないけど、天女系?」


 天女系……。もし僕が死産だった姉の話をしたらそっちに寄せたのだろう。


「この天女みたいな人が、あなたをかなり強くガードしてる。あなた、死にかけて助かったようなことがあるんじゃない?」


 これも心当たりはあった。

 僕は小児ガンを患った病歴があり、三歳の一年間は丸々入院して病院で過ごしていた。

 たまたま発見が早く、幸いにして患部の摘出は成功し転移もなく、後遺症などには悩まされない暮らしをしているが。

 しかしこれまたみすみす向こうにコールドリーディングの材料を提供する気のない僕は、曖昧に返事して感心しているような態度をとった。


「あなたを守ってるのは女性の神さま的な存在だわ。それを忘れないで。女性を大事にしなさい。その方が色々なことが上手く行きやすい」


 このアドバイスには、まあそれはそうだろうな、と思った。女性を大事にすることは、生きていく中で色々なことを円滑にするだろう。


「そんなとこかしらね。他に何か聞きたいことはある?」


 僕は満足した旨を告げて、お礼を言って店を後にした。


 面白い体験だったから3000円をボッタクリだとは思わなかったが、僕が事前に想定していた一種のカウンセリングなんじゃないかという前提からは少し外れた、なんとも不思議な手応えの時間だった。


***


 かといって大きく生活が変わるようなこともなく、占い師に前世が平安貴族だと言われたようなことも忘れて毎日を忙しくやり過ごして、多分一年くらいたった頃だ。


 夕食を食べその片付けを終えて、あとは寝るだけ。スマホのアラームを確認して部屋の電気を消した瞬間だった。


 べ、べ〜ん


 部屋の中に弦をはじいたような音が響き渡った。


 横になりかけていた僕は飛び起きて電気を付けた。


 夢? いや、僕は完全に横になってすらいない。

 何かの錯覚? に、しては、その時まだ部屋の中には「〜んん……」という弦楽器の音特有の余韻のようなものがあって僕の全身は鳥肌で泡立った。


 そもそもうちにはギターもそれに類する何かもない。他の部屋から聞こえて来た感じじゃない。明らかにこの部屋で、すぐそばで聞こえた。空気が振動するのを感じたのだ。


 パニックになった僕は、とにかく誰かと話がしたくて、友人に電話した。


「ごめん北村。寝てた?」

『いや。どしたの?』

「いや。これマジな話なんだけど心霊現象っぽいことに見舞われてさ」


 北村は僕の学生時代の友人で、同じゼミ、同じサークルだった親友だ。


『なっはっはっはっは』


 北村は笑った。彼は僕がカリカリのオカルト否定派であることも、その線で卒論を書いたことも知っているからだ。


『そりゃレアな体験だな。いつ?』

「たった今だよ。寝ようと思って電気消したら、べ、ベ〜ん、って弦楽器の音が」

『マジ?』

「嘘でこんな電話しねーよ」

『そりゃそうか』


 気の置けない友人との砕けた調子の会話は、僕を幾分落ち着かせた。緊張で早鐘のように鳴っていた心臓も緩やかさを取り戻し、呼吸も普段のペースになり、このまま友人にお休みを言って電話を切れば今夜もいつも通り眠りに着くことが出来そうだった。


『ギターでも倒れたんじゃないの? それか、ギターの上に何か落ちたか』

「うちにギターなんてねーよ。それにあの音はギターってよりは三味線か琵琶みたいな和風の……」


 そこまで言って、僕は固まった。


 思い出したのだ。

 占い師が僕の守護霊だと言ってメモ用紙に描いた天女。


 確かにその天女系の羽衣を纏った女性は、琵琶を携えていた。



*** 了 ***

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べ、べ〜ん 木船田ヒロマル @hiromaru712

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