こんな洋館は嫌だ
沫茶
こんな洋館は嫌だ
生きていると感じるのは、人間を真っ二つにする時だ。
今しがた、真っ二つにした人間の間から、恐怖で顔の凍り付いている人間が三人見える。その顔を見ることも、我の楽しみだ。
二人は各々別々に逃げ、一人はへたりと床に座り込んで、それでもどうにか這いずって我から離れようとしている。
わざわざ、その歩くにも歩けないでいる人間の前に回り込み、包丁と言うには刃渡りが長すぎる刃物を振り下ろす。きゃああ、という甲高い声が廊下に響き渡った。
これで、残りは後二人。開始数分にしてもう半分を屠っていた。
先に食事を取ろうかとも思ったが、それでは、我が食事をしている間、無駄に残り二人の人間を怖がらせてしまう。それは少し申し訳ない。こちらとしても、全力で彼らを恐怖のどん底に陥れなければ。そして、無慈悲に屠らなければ、不遜と言うものだろう。
湧き上がるつばを飲み込んで、既に屠った二人を保存室に連れて行ってから、我はゆっくりと階段を登って二階に向かう。焦らずとも、この洋館からは、何人たりとも我の許しなしには逃れられない。
我は迷わず歩き続ける。この館は我そのものと言ってもいい。体の中のようなものだ。だからこそ、二人の人間がどこにいようと、我にはその姿が見えている。
行き止まりのドアを開けて、部屋の中に入る。視界には人間の姿はない。だが、我には、はっきりと、二人の内一人が、ベッドの下で、息をひそめて、我が部屋から出ていくことを待っている。
数分ほど部屋でベッドの下以外に隠れられそうなところを、数か所、あえて暴いてから、ひとまず我は部屋から出た。ベッドの下から引きずり出して、屠るなんて無粋なことはしない。
我は待った。獲物がそこから出てくるのを。息を止め、気配を消し、ただ待った。
ぎぃっという音とともにドアが開き、人間の顔がのぞく。我の姿を目にとらえた瞬間、顔をこわばらせすぐさまドアは閉められた。すぐさま、ドアを開けようとするが、必死の形相で押さえているのだろう、少しの力ではびくともしなかった。
無理やり開けることもできるが、ひとしきりドアをドンドンと殴ったあと、その部屋の隠し入り口から入って、後ろを振り返り、もう駄目だと諦めながらも体の震えている人間めがけて、刃物を力強く振り下ろす。刃物は深々と床に突き刺さった。
残りはあと一人。一人を追い詰める、いや、恐怖に打ち震えさせるために長い時間をかけたので、どうやら残りの人間は、出口のすぐ手前までたどり着いているらしい。
抜け道を通って、一足先に出口の手前で、人間が来るのを待った。
数メートル離れたところの曲がり角から、人間の姿が現れる。こちらが気づくのとほぼ同時にあちらも気づいたようで、曲がり角から現れた姿は一瞬にして消える。
後を追って走るとすぐに人間の背中が見えた。必死に足を動かす人間は、走りながらこちらを振り返って、何かを我の方に振り撒いた。それは狙いを過たず我の顔と身体にかかる。足を止めて、遠ざかる人間を眺めている我の身体からは水が滴る。どうやら、隠されていた聖水を人間は見つけていたようだった。
我が足を止めているうちに、人間は迂回して、さきほどの出口の前までたどり着いたようだった。ポケットから銀色の鍵を取り出して、ドアの鍵穴に差し入れて回し、ドアノブに手をかけるのが見える。
だが、ドアノブを回しても決してドアが開くことはない。この洋館からは、何人たりとも我の許可なしには出られない。あるいは我を滅ぼさない限りは。
いまだドアノブをガチャガチャとまわして、地団太を踏む人間の後ろから、我は足音をよく響かせながら、その人間に迫る。近くまで行くと、やっとこちらに気づいたようで、扉を背にこちらを見て、ドアをガチャガチャするのを人間は繰り返す。
そうこうしているうちに、もう一メートルのところまで、我は人間に迫る。最後のあがきか、人間はこちらに鍵とそれと何かを投げつける。こともなげに我がそれを手でつかみ取ると、人間の顔は絶望で、顔面蒼白となる。
手の中に、入っていたのは銀製の、鍵と十字架だった。だが、こんなもの我には効かない。
鍵と十字架を投げ捨て、右手の刃物を振りかぶる。人間はしゃがみ込み、頭を抱えて叫んだ。
「ギブアップ、ギブアップですっ。すみません、降参ですっ」
それを聞き、我は振りかぶっていた刃物を下した。
「そうですか。他の三人も、もうギブアップしてますよ。あなたで最後です。それでは出口までご案内します」
身体が震えて立ち上がれない客の手を引っ張て、立ち上がらせてから、我は歩き出す。まだ、身体が震えているのか、客の足取りは生まれたての小鹿のようなだった。
「そっ、それにしても、すごかった、です。怖いと聞いてたんですがここまでとは……」
「ははは、ありがとうございます。私としても『恐怖の洋館!ヴァンパイアから逃げ、脱出せよ!』を楽しんでいただけたなら嬉しい限りです」
客がついてこれるようにゆっくりと歩きながら、目的の部屋に向かって曲がり角を曲がる。普通に歩けば、目的地まではまだ少しかかる。
「いやあ、でも初の脱出成功者になると思ったんだけどなあ。どうして、あの鍵で開かなかったんですかねえ。どうやったら正解だったか、教えていただけませんか?あっ、でも、脱出者に賞金を与えるっていう脱出ゲームなんで、ネタバレになっちゃうとまずいから、無理ですかね?」
答えるか少し逡巡したが、一応、こちらとしても今回のゲームは面白かったので、ご褒美におおまかに答える。
「正解は、ヴァンパイアをどうにかして倒すですね。ここからは、洋館の主の許可なしには出られませんから」
ようやく脈がすこし落ち着いたのか、客の声の震えは止まっていた。あと少しそこまではかかる。
「あと、これも聞いていいですかね?どうして、ヴァンパイア相手なのに、聖水も十字架も効かなかったんですか?すこし、そこが不満です」
これを答えるのはサービスになりすぎてしまうので、すみませんと言うにとどめた。実際のところ、我はヴァンパイアではない。そもそも、人間の血肉を食らうのはヴァンパイアだけはない。我には、十字架も聖水もニンニクも効かない、それが全てだ。
ようやく目的のドアの前まで来る。このドアを開ければ今回のゲームは終わりだ。
「あっ、最後に一つだけ、最初の、あの、人が真っ二つに割れる演出があったじゃないですか。あれってどうやってるんですか?脱出者四人中、一人はスタッフの方でどうにかして演出していると思うんですけ、どうにも、仕掛けがよく分からなくて」
ドアを開けてどうぞ、客を促し、先に入った人間に続き、我も部屋に入る。
「あっ、あのこれって……」
その部屋の中には、つい先ほど真っ二つにし、首をはね、胴を叩ききった、三人の人間の他に、今日殺した、十数名ほどの人間の死骸、積み重ねられており、部屋の壁には人肉の保存用の冷蔵庫が並べられ、天井からは肉塊が吊り下げられていて、部屋の奥のキッチンには解体途中の人肉が並べられていた。
「にっ、人形ですよね。人間じゃないですよね」
さっき追い詰められていたのとは比べ物にならないくらい震えて、顔面がもはや真っ白になっている人間に、我はにっこりと笑いかけた。
「もちろんです」
それを聞いて、少し震えの収まった人間を見て、笑顔を崩さずに、続きを話す。
「最初の人間は、演出でも何でもありません。本当に真っ二つに叩き割ったのですから」
そう丁寧に言い切り、我は、涙を流すにも流せないほど、恐怖で何も感じられなくなっている人間に刃物を振り落とす。
人間を真っ二つにする、その瞬間こそ、やはり、我は生きていると感じる。
こんな洋館は嫌だ 沫茶 @shichitenbatto_nanakorobiyaoki
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