終末世界で嫁募集のポスター貼った

胡蝶の夢

プロローグ

 目が覚めたら、お昼時だった。


 「余裕で寝過ごしちゃってるじゃん」


 あくび一つこさえて、ベッドから身を起こす。


 長針も短針も仲良く真上に揃っている時計を眺めながら、さっと着替えて部屋を出る。

 男の独り暮らしにしてはそれなりに小奇麗にしているから、足を置くスペースに悩むことはなかった。まぁ、だからといって綺麗かと言われるとそうでもないけど。それはどうでもいいか。


 部屋を出たら、冷え込んだ空気が俺を襲う。

 思わず縮こまる。縮こまりつつ、足を動かし、ダイニングへ。

 ダイニングまでいけばなんとかなる、という謎の安心感が、俺の足を急がせる。


 さて、数十秒後到着した、電灯のついていない、がらんとしたダイニングは、温もりとか暖かみといった類の要素が欠片もなかった。

 なんで俺は、ここまで来れば安心と思っていたのか?


 「てか、こうすりゃよかったわ」


 パチン、と手を鳴らすと、宙に赤い炎が灯った。

 目で、その炎を部屋の真ん中に追いやる。君、そこで部屋を暖めなさい。いいね?


 虚空を揺らめく特別な炎は、じんわりと部屋を暖めていく。

 電灯をつければ、それなりに居心地の良い空間になった。

 もう動くのが面倒になってきた俺は、クイクイと指を動かす。すると、宙を飛んで俺のもとに飛び込んでくる、現代文明の大いなる発明がこめられたアレ。今日は焼きそばか。お湯捨てるのが手間だけど、まぁいいか。

 …おっと、ポットも飛んでこい。入り用だ。


 見ての通り、物理法則を超越できる身なので、別にダイニングまで来なくても自室で食事はとれる。わざわざ寒いのを我慢して、部屋から出てくる意味は薄い。

 ならば、なぜ出てきたのか、といえば、ちょっとした気まぐれである。


 「あー、外寒いわー」


 炎を何個も飛ばして、やっと満足する温度になった。それでも風が吹けば、肌寒くなる今日この頃。


 外は、静かだった。

 人っ子一人いない街並みは、所々、朽ち果てて風に揺れる家だとか、既に押し倒れた家だとか、まぁ廃墟ばかり。

 寒いからしないけど、空高く飛んでみたら、こんな光景が果てしなく続く景色が眼科に広がることだろう。SNSにあげても映える景色じゃないのが辛み。


 総括すると、ザ・終末世界な世の中なのである。


 耳をすませば、どこかで「ヒャッハー」と狂気の叫び声が聞こえる…気がする。

 どうせどこかのモヒカンのナイスガイが、声高らかに自分の存在を誇示しているんだろう。

 世紀末にモヒカンというのは、古くから語られた様式美だから。


 「…やっぱ家帰ろうかなぁ」


 なんかもう、帰りたくなってきた。

 寒いし。面白くもないし。ヒャッハーだし。ヒャッハー関係ない。


 ぶっちゃけ終末世界だし。

 そんな世界で今からやることってさすがに無謀じゃないかなー?

 やる意味あるのかって話だし。しょうみない気が。いや、でも、やろうって決めたことだし。


 せっかく作ったんだからさ。

 ささっと終わらせて、帰ろうよ。


 「こんな感じでいいか」


 斜めに倒れかかる電信柱、それの程よい高さ。

 ペタリと貼られたポスター。

 手書きで、わざわざ描いたキャッチコピー。


 ――嫁、募集中。


 「はい、終わり。帰ろう、帰ろう」


 あー、疲れた。

 家帰ったら、ちょっと美味しいもの食べるぞっ。








 その三日後のことである。







 何十年と俺以外の何者の立ち入りも許さなかった我が家に、久しぶりに客人を招き入れることになった。


 「あ、あのっ」


 緊張に震える声をなんとか抑えた彼女は、毅然とした姿で言い放った。


 「お嫁さん、募集のポスター、見てきました!」


 自己申告だが、彼女、15歳らしい。


 JCだね(遠い目)。


――――――――――――――――――――――


 そこじゃないだろう

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