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赤んぼうをおぶった少女はサチコといいました。家の前の道ばたで、母が農家のおてつだいから帰ってくるのを待っていたのです。夕方にならないと母はもどってこないのですが、そこに立って車や人を見ているのがすきなのでした。
父は遠くへはたらきに行っていましたから、サチコは母と赤んぼうの弟と三人でくらしていました。お正月の前に、父がおみやげを持って帰ってくるのが、サチコは楽しみでした。毎日のように、家の前をおいしそうなくだものをのせた車が通ります。お父さんのおみやげもあんなのかしら、とサチコは思いました。弟は重いけれどおとなしくねてくれると、その温かさが幸せな気持ちにしてくれるのです。
春男は妹のマリが、あの少女のようにじょうぶな子になってほしいと思っていました。少女は身なりは少しみすぼらしいけれど、元気そうにほおが赤くはり切って、目は黒く光っていましたから。
ある日春男はマリに少女のことを話しました。
「その子はね、マリと同じ三年生くらいなんだけど、学校から帰ると赤んぼうをおぶって子守をするのが、お母さんとのやくそくなんだろうね」
「わたしとちがってえらいわねその子」とマリは感心して言いました。
「マリだって弟か妹でもいれば、子守ができたのになあ」と春男はなぐさめました。
「ううん、わたしはじょうぶじゃないからだめよ。でもいつかその子に会ってみたいような気がするわ」
「会えるさ。でもふたりが知らないどうしじゃあ仕方ないか」と春男はわらいました。
「そうだわ、今年のクリスマスにその子にバナナのプレゼントを上げられないかしら?わたしおこづかいで買うわ。きっとよろこんでくれると思うの」マリは自分の思いつきに顔をかがやかせました。
「兄さんもその子と話したことがないんだ。きっとびっくりさせてしまうだろうね」
「神さまからのプレゼントみたいにできるといいのにね」少し考えてからマリが言いました。
今度は春男が考えこみました。そして言いました。
「いい考えを思いついたぞ、うまくいくかもしれない」
春男は運転手の直助さんに相談しました。
「直助さん、あそこのいつも赤んぼうをおぶった女の子にバナナを上げたいんだけど、荷台からぐうぜん落っこちたようにできないかな?」
「だいじょうぶ、あそこはでこぼこ道だから、うまく車をはねさせて落とせるさ」と直助さんは目を丸くして答えました。
クリスマスイブの日が来ました。春男は出かけるときマリに言いました。
「今日はイブ、バナナのプレゼントを上げてくるよ。マリのやさしさに神さまも感心するはずさ」
「そうだとうれしいんだけど。わたし、おねがいがかなうよう、おいのりするわ」とマリは答えました。
春男たちは午後の三時すぎに、いつもの場所にきました。くもってさむい日でしたが、サチコは赤んぼうをおぶっていました。でもその顔はふだんよりうれしそうでした。実は、お父さんが角を曲がって帰ってくるのを待っていたのです。
春男は手前で車を止め、バナナを荷台のはしっこにのせました。車はゆっくりとサチコの前を通りすぎてからジャンプしました。大きなバナナのふさが空中にとび上がって、それから道の上に落ちました。直助さんはミラーでそれを見ると、車のスピードを上げて急いで角を曲がりました。
サチコはびっくりしていましたが、何かが落ちた方へ歩いていきました。白っぽいすなまじりの道の上に、大きなバナナのふさがありました。そのとき雲の間から夕日がさして、そのバナナをたから物のように、きれいな黄色にかがやかせました。
マリはそれからだんだんとじょうぶになって、元気に学校へ行くようになりました。ともだちと毎日あそんでいるうちに、あの少女のことも、いつのまにかわすれてしまいました。
サチコが大人になって思い出すのは、あの時のバナナのきれいだったことです。なぜだか食べた時のことはぜんぜんおぼえていないのに、夕日にてらされたそのかがやきだけは、いつまでも目のおくにのこっているのでした。おわり。
バナナの話 宇宮出 寛 @Kan-Umiyade
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