バナナの話

宇宮出 寛

 昔といっても、昭和三十年代の、まだバナナがぜいたく品だったころのお話です。

春男のはたらく問屋では、野さいからくだものまであつかっていましたが、バナナもその中のひとつでした。というよりもバナナが一番の商品でした。それは南方の国からくだものを、ゆにゅうする商社が、春男の問屋の親会社だったからです。

 春男はまだ入社二年目のわか者で、運転手の直助さんと町や村のお店回りが仕事でした。そこは八百屋やくだもの屋ばかりでなく、ざっか屋も酒屋もくだものを売ってくれるところは、みんな大事なお客さんでした。そのじゅん回の道は多くがまだほそうしてないので、わだちが深くて真ん中が高くなっていたり、水たまりができているのもめずらしくありませんでした。

 春男たちはいつも同じ道を走るので、あそこには大きなあながあるとか、あの橋の手前はひくくなっているからスピードを落とさなければならない、などとすっかりおぼえてしまっていました。

 そのころはまだ自動車の数も少なかったので、春男たちが通ると子どもたちが追いかけてくるのです。中にははい気ガスのにおいがすきな子もいるほど車は人気があったのです。

 春男たちがたいがい午後の三時すぎに通る道ばたに、いつも赤んぼうをおぶった女の子がいました。おかっぱ頭の小がく三年生くらいの、ほっぺたの赤い子でした。スカートにげたをはいて、小さな家の前に立って、車の通りすぎるのを見ているのです。春男は車のまどからその子をながめます。その子も車の中の春男を見ますが、ただそれだけです。わらったりもしませんが、目がかがやいているのは春男にはわかりました。春男はその子を見るのが、なんとなく楽しみになりました。

 春男にはマリという妹がいました。やっぱり小がく三年生でしたが、ずいぶん年がはなれているので、よけいにかわいいのです。ただ体が弱くて、よくねこんでしまうのが心配な子でした。

 マリはバナナが大すきでした。ねつを出してねているとき、兄の春男が会社から持ち帰ったバナナを食べると、元気がわいてくるような気がするのです。

「バナナってすばらしいくだものなんですが、おねだんがなんてんね、って先生がおっしゃったの」とマリがある日、春男にそうほうこくしました。

「バナナをゆにゅうするには、外国のお金がいるんだけど、今は足りなくて、それにきそくで一度にたくさんは買えないんだ。高くてもみんながほしがるしね」と春男はせつめいしました。

 兄さんがバナナの会社ではたらいているので、たまに食べられるわたしは幸せだわ、とマリは思いました。


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