クラスで一番かわいいアイツの胸が突然大きくなった。そしてなぜか隣の席の俺が相談に乗ることになった。
kattern
第1話
朝のホームルームをぶっちして俺と林田はトイレに駆け込んだ。
目撃されて要らぬ誤解を生まないようさらに俺たちは個室に入る。
便座に座り恥ずかしそうに顔を赤らめる林田。俺の獣じみた視線に気がつくと、柔らかそうな頬がさらに鮮やかに紅色に染まる。
逃げるように視線を逸らしたのを牽制するように、俺はその華奢な肩を掴まえた。
びくりと林田の身体が震える。
かわいそうだが今は気にしている場合じゃない。
そのまま、俺は手を下へとスライドさせて、林田の制服の前ボタンを乱暴に外す。
制服の中からまろび出る双丘。
カッターシャツをパツンパツンに引き延ばすたわわなそれ。
林田の身体に今朝になって突然現われた巨大なおっぱい。
それを俺はしばらく凝視した。
ボーイッシュなショートヘアーが恐怖に揺れている。
童顔、第二次成長期を迎えても、まるっぽい輪郭の顔立ち。俺の肩までないくらいの低い身長。華奢で色白な身体。粗っぽく触れると怪我をさせてしまいそうだ。
涙を目の端に浮かべてこちらを見上げる林田は、俺のクラスで一番かわいいと男子から評判の生徒だ。
実際かわいい。
男なのにと思いつつ、その姿を気がつくと追っている。
いけないことだと分かっていてもやめられない。
魔性のクラスメイト。
その感情は青春特有の間違いだと思っていた。
こんなのは、恋じゃないと思っていた。
思っていたのに――こんなの!
「林田! お前、女だったのか!」
「……うぅっ! 見たら分かるだろう! 漆間くんのバカァ!」
男の子だと思っていたのに。
男子校だから女の子のはずないと思ってたのに。
男に恋するのは女っ気がない男子校特有の気の迷いのはずだったのに。
林田が女の子だったら100%恋心じゃない。
J-POPの歌詞みたいな恋心じゃない。
正真正銘のガチ恋じゃない。
男装した女の子だなんて――そんなのってズルよ!
やだっ、はずかしい!
俺は顔を両手で塞いだ。
こんな恥ずかしいあてぃしを見ないで!
朝、学校に来たら、隣の席のクラスで一番かわいい男子生徒の胸が膨らんでいた。何が起こっているんだとガン見したら、なに見てるのさと彼に声をかけられた。
言っていいのか悪いのか、おそるおそるその胸のことを指摘したら、林田ってば顔を真っ赤にするんだもの。
女の子みたいに。
そんな顔されたら、こっちも少女漫画の主人公みたいに恋顔になっちゃうよね。
てへっ☆
まぁ、それで俺は気がつきましたね。
あ、これは漫画でよくあるパターンの奴だって。
男の子と思っていたら、女の子だったパターンの奴だって。
それでまぁ、まだ俺以外にはバレていない感じだったから、ちょっと身だしなみを整えようと、林田を連れてクラスを飛び出した訳だ。
飛び出して、二人っきりで状況を確認するためにトイレに入った訳だ。
我ながらなんて機転のきいた行動だろうか。
そして――。
「……女の子を男子トイレの個室に連れ込むなんて変態過ぎるよ、俺」
「そう思うならその手を離してよ! もうっ!」
とんでもないことをやらかしたのだった。
場所くらい冷静に選べよ、俺。
後悔で頭が痛くなる。
俺は林田から身体を離すとトイレの扉に背中を預けて汚らしい天井を眺めた。
落ち着け、後悔は後でもできる。
それより今は目の前の林田のことだ。
彼――もとい彼女が、どうしてこんなことをしているのか。
なぜ性別を偽ってこの学校に通っているのか。
それを聞く方が先だ。
「林田、なぜ男の格好をして男子校に通っているんだ? 何か事情があるのか?」
「……復讐だよ」
やはりか。
まぁ、この手の話の鉄板だな。
復讐に燃える少女が性別を偽り組織に潜伏する。
これはエロ漫画以外のTSモノの鉄板。少女漫画でもよく見るパティーンだ。
そして、少女はヒーローにその正体を知られて……。
ふっ、やれやれ。
どうやら林田という少女の物語に、俺はヒーローとして選ばれたようだ、な。
「まったく面倒なことに巻き込まれちまった、ぜ」
「……漆間くん?」
「分かった。お前の秘密を知ってしまったからな、俺も復讐に協力しよう。気にするな。俺がかわいい女の子を放っておけない性分なだけ、さ」
「いや、親が男兄弟ばかりを可愛がるから、だったら僕も男になるってこんな格好してるだけなんだ……」
「しょーもないうえにどらまのはじまらないふくしゅう」
そんな理由で男子校まで来ますかね。
公立で男の格好するんじゃダメだったんでしょうか。
休日や家の中で男の格好するだけじゃダメだったんでしょうか。
女心って複雑で分からないわ。
白目を剥く俺の前で、いそいそと制服の前ボタンを留める林田。
しかし、たわわに実ったおっぱいを押し込めるのは難儀らしい。ぐぐと力んでいるのが少し痛々しく見えた。
その時、ホームルーム終了と授業開始のチャイムが鳴る。
こんな状況でも授業に出るつもりだったのだろうか。何かを諦めたらしい林田は、ため息と共に制服から手を離し、つまらなさそうな顔で下を向いた。
「はぁ、なんで急にこんなにおっぱい大きくなっちゃうかな」
「え? さらしを忘れたとかじゃないの、それ?」
「今朝起きたら急成長してたんだよ。やめて欲しいよね、こんなの」
まて、それはおかしい。
人間の身体がいきなり大きくなるなんてあり得ない。
どんな身体の部位でも時間をかけて成長するものだ。
成長期だからって非現実的だ。
いや、非現実的というなら、むしろその身体の変化は――。
「林田、ここ最近身の回りで不思議なこととかないか? 妙に肩が凝ったり、身体が痛かったり、気がついたら身体が濡れていたり」
「……えっ? なんで分かったの漆間くん?」
なるほど間違いない。
ミステリと思いきや、これはホラーだったんだ。
霊障によって身体が肥大化するのはよくある話。
いや、TSだってエロ漫画なら起こりうる。
身体に起こる非現実的な現象は全て霊の仕業で片付けられるのだ。
これは間違いなく、ホラーの鉄板展開だ。
だとするとまずい。
林田はいま悪霊に取り憑かれている。
「もしかすると人面瘡、あるいは妖怪の仕業」
「嘘でしょ、漆間くん?」
「身体に違和感のある箇所はないか。そこに霊が取り憑いているかもしれない。林田よく考えろ。自分の身体の異変について」
はっとした顔をする林田。
彼女はすぐさま服をまさぐるとその違和感のある部位を確認した。
林田の顔が蒼白に染まる。
そして、俺の顔がピンク色に赤熱する。
「そんな、それじゃこのおっぱいに悪霊が取り憑いているというの!」
「たしかに一番違和感ある箇所!」
「ハッ! 見れば見るほど乳首が目玉みたいに!」
「気のせいだよ!」
「どうりで最近妙に張っている感じがするし、先っちょや下乳の辺りが痛むと!」
「成長期だよ!」
「気がつくとブラが湿って牛乳みたいな匂いがするのも!」
「思春期だよ!」
突然、母乳が出る奴。
男の子もなる奴。
思春期のびっくりイベントの奴。
大きくなったんじゃなくて乳が張ってるだけだそれ。
ホラーじゃない。
これ、ホラーじゃなかった。
まっとうに思春期の奴だった。
青春。
しかも、ちょっとエッチな男女の身体の秘密みたいな奴。
思春期の子供への教育的な側面もある奴。
ドキドキして読んだら思わずホロってなる奴。
今、林田はおっぱいポロって感じだけれど。
やめて林田さん、ほんとやめて。
はやくそれを制服の中にしまって。
無防備にさらけ出さないで。
女の子なんだから恥じらって。
最初の恥じらいどこ行ったのよ、もうっ!
やめてやめてと顔を手で覆う俺。
勘違いだったと平謝りしておっぱいをしまわせると、俺は静かにため息を吐いた。
なにこのドラマの始まらない男女の出会い。
地獄かな。俺のときめきを返して。
「とにかくクラスメイトのみんなには内緒にしてね? 僕が女の子だってバレたら、この学校にいられないから」
「むしろよくいままでばれなかったね」
「僕と漆間くんだけの秘密だから、ね?」
小悪魔な笑顔を見せた林田に俺の胸が高鳴る。
そんな台詞と表情は卑怯じゃないか。
こんなトンチキの後なのにキュンってなる。
俺の方がヒロインみたいな反応しちゃうよ。
いろいろとわちゃわちゃしたけれど、まぁ、それはそれ。
男女の出会いには違いない。
「……分かったよ」
「ふふっ、ありがと」
そんなわけで、俺は林田のために学生生活を捧げると心に誓ったのだった。
林田が男子学生服に胸を押し込むのを手伝い、俺と彼女はトイレを出る。
「ありがとう漆間くん、助かったよ」
「いいよ別に」
「これからもおっぱいに何かあったら助けてね。頼りにしてるから」
「言い方。そんな誤解を招く台詞やめてくれよ」
誰かに聞かれたらどうするんだよ。
まぁ、授業中だから問題ないけれど。
そう思ってふと廊下を見ると――そこには三人の男が立っていた。
わぁ。
「おい、漆間。なぜお前が有紀とトイレから出てくるんだ?」
「……社会の林田先生? 見回りですか?」
「漆間くん、部活終わりなのに元気だね? 女の子となにしてたのかな?」
「……水泳部のコーチに来てくれているOBの林田パイセン? どうして貴方が?」
「オラァ、クソガキャァ! お前、妹の有紀になにしとんじゃ! 埋めるぞ!」
「……三年で番長の林田さん? 不良らしくサボタージュですか?」
ていうか、うん、まぁ、そうね。
謎は全て解けましたよ。
どうして女の子の林田さんが男子校に通えるのか。
これ、日常ミステリーだったんですね。
「お兄ちゃん! どうしてここに!」
はい、ダメ押し。
そしてここからホラーパート。
俺は林田ブラザーズに睨まれて、金縛りにあったみたいに硬直した。
「「「ちょっと面貸せや、漆間ァ」」」
やだ、あてぃし、どうなっちゃうの。
どきどき☆(白目)
【了】
クラスで一番かわいいアイツの胸が突然大きくなった。そしてなぜか隣の席の俺が相談に乗ることになった。 kattern @kattern
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