管理者のお仕事 ~箱庭の中の宝石たち~ 番外編4 サイコホラーなヤンデレ妻

出っぱなし

第1話

「犯人は、テレーズ様あなただ!」


 探偵気取りが、無礼にもわたくしに指を向けている。

 戯れに、わたくしも愛しいエドガール様との馴れ初めから思い出しましょう。


☆☆☆


 ああ、嫌だわ。

 どうしてわたくしが結婚などしないといけないのでしょう?

 フランボワーズっていう国は、『畜生王』っていう怖い王様が治めているのでしょう?

 そんな王様の王子様がお相手なのだから、きっと怖い人なのでしょう?

 ねえ、カール、わたくしはどうすればいいの、教えて?


 もうしょうがないな、テレちゃんは!

 いっつもボクにばっかり頼っちゃって。

 でも、いいよ。

 テレちゃんの頼みだから教えてあげる。

 テレちゃんはロートリンゲン大公国の公女様なんだから、国のために奉仕する義務があるんだ。

 だからね、国同士が仲良くするために相手の王子様と結婚しないといけないんだよ。


 うん、そうだよね。

 ねえ、カールも一緒に来てほしいなぁ。


 うん、もちろんさ!

 ボクはテレちゃんの一番の友だちさ!


☆☆☆


 わたくしは2万の従者を伴い、フランボワーズ王国王都に向けて出発した。

 もちろん、わたくしの一番の友だちカールもいる。

 2万のよく知らない従者よりもカールがいてくれるだけで心強い。

 わたくしは隣りにいるカールに微笑みかけた。


 わたくしたちは1ヶ月もの長い旅の果てに、ようやく隣国の王都に到着した。

 相手の王子様とは、この時に初めて対面した。


「おお、そなたが!実に美しい!私がフランボワーズ王国第一王子エドガールである。」


 と、結婚相手の王子様はわたくしの前に恭しく頭を下げた。


「……あ、あの。わ、わたくしは、そ、その、テ、テレーズ、です。」

 

 幼い頃から内気で、カール以外とまともに話も出来ないわたくしは、言葉につまりながらも、何とか返事をすることが出来た。


 結婚相手となる王子様、エドガール様はすっと立ち上がり、わたくしの手の甲に口づけをした。

 そして、お顔を上げるとあまりにも眩しい太陽のような明るい笑顔で、わたくしは息もつけなくなってしまった。

 わたくしは、刹那に燃え盛るほどの恋に落ち、生まれてはじめての衝撃によって意識を失った。


 わたくしが目覚めるとカールがベッド脇の椅子に座っていた。

 

 もう、テレちゃんったらいきなり気を失っちゃうだもん!

 心配しちゃったよ!

 

 う!

 だ、だって……

 あんなに素敵な人だなんて思わなくて。

 これで変な女って思われちゃったら……


 自信持ちなよ!

 テレちゃんだって、深窓の令嬢って呼ばれるほどの美人なんだからさ!


 でも……


 それにさ、テレちゃんの相手、すっごくいい人っぽいよ!

 ほら、見なよ!


 ベッド脇には、エドガール様からの花束とお詫びの手紙が添えられていた。

 わたくしは感激して涙が溢れてしまった。

 

 ああ、何て優しい御方なのでしょう!

 政略結婚だけど、この御方とならきっと幸せになれるわ!


 うん!

 ボクもテレちゃんが幸せになるのを見守っているからね!


 婚礼が終わり、それからはまるで幸せな夢のような結婚生活だった。

 こんなに幸せなのは生まれて初めてだった。


 でも、カールは婚礼の日から姿を消してしまった。

 従者たちと一緒に国に帰ってしまったのかしら?

 何も言わずにいなくなってしまうなんてわたくしは寂しく思った。


☆☆☆


 ある日のこと。

 わたくしは、幸せの絶頂から一気に奈落の底に突き落とされた。

 エドガール様が第二妃を迎えることになった。


 その原因として、わたくしたちの間に子宝が恵まれなかったからだ。

 王位継承権最有力候補であるエドガール様は、跡継ぎを残す責任がある。

 仕方がないといえば仕方がない。

 聖教会の教義では、4名まで妻を持つことが出来るので世間的にも悪いことではない。

 でも、わたくしには耐え難いほどの恐怖に襲われた。


 カールを失った孤独なわたくしには、エドガール様の寵愛以外何もすがるものがなかった。

 あの御方の寵愛を他の誰かと共有するなど、想像するだけで気が狂いそうなほどの苦痛だった。

 

 ああ!

 わたくしはどうすればいいの!

 

 憔悴しきったわたくしは、フラリと聖教会に祈りに行った。

 そこで聖教会の枢機卿でこの国の宰相に出会った。

 

 わたくしは胸の内をすべて明かした。

 宰相は最後まで聞き、


「……ふむ。テレーズ様のご苦悩、よくご理解いたしました。テレーズ様の心安らかならんことを、光あれ。」


 と、告解を終わらせた。

 わたくしは、涙も乾かない内に聖教会を後にした。

 

 でも、何も変わらなかった。

 わたくしは虚ろにフラフラと歩き続けた。


「クフフ。いかがなされましたか、王子妃様?」


 そんなわたくしに話しかけてきたのは、最近王宮に入ったばかりの太った男、確かフォアとかいう貴族だった。

 わたくしは何も答えずにそのまま通り過ぎていこうとした。


「エドガール殿下のことでしたら、私がお力になりますよ?」

「え!?ほ、本当でございますか!?」


 わたくしは電光石火の速さで食いついた。

 例え悪魔のささやきだろうと、わたくしは何でも良いからすがりつきたかったからだ。


「人目につかれたら危険です。こちらへ。クフフ。」


 わたくしはフォアについていき、そこで様々な魔道具を受け取った。


 まずは、鏡の通信魔道具をあの女の部屋に隠して設置した。

 小さい手鏡ならば、うまく仕込めば相手側から分からずに姿も音も隠し見ることが出来る。


 でも、これは失敗だった。


 愛しいエドガール様とあの女との情事を見せつけられ、狂おしいほどに憎悪が増しただけだった。

 愛しいあの御方の熱さを思い出し、一人で慰め余計に虚しくなった。


 次に、姿を消すローブで身を包み、あの女が可愛がっていた犬型妖精クー・シーを攫って鍋で煮込んでやった。

 泣き叫ぶクー・シーを笑いながら見ていて、気分がスッキリした。


 あの女がクー・シーの死体を発見した時の取り乱す姿には笑いが止まらなかった。

 でも、所詮は一時のことで、やはりエドガール様が側におられなければ何も満たされなかった。

 しかも、あざといあの女はペットを失って余計にエドガール様に甘えるようになった。


 あの男の寄越してきた魔道具はことごとく役に立たず、わたくしは憎悪が増し、焦りだけが募ってきた。

 そして、最悪な報告が入ってきた。

 あの女が懐妊したのだ。


 キィイイイ!

 何でよ!

 何で後から来たあの女が先に!

 わたくしは、わたくしはこんなにも狂おしいほどあの御方を愛しているっていうのに!


 わたくしは大荒れになって、部屋中めちゃくちゃにして大暴れをした。

 わたくしは絶望感に苛まれ、乾いた笑いを浮かべへたり込んだ。


 ねえ、テレちゃん?

 そんなに悲しまないで?


 え!?

 カール!?

 戻ってきてくれたの!?


 当然さ!

 ボクはテレちゃんの一番の友だちだよ?

 友だちを見捨てたりなんかしないさ!


 ああ、カール。

 カールゥ!


 ねえ、だから、テレちゃん?

 元に戻ってよ?


 え?

 何を言っているの?


 だって、テレちゃんがひどいことするの、ボクは見ているのが辛いんだ。


 ☆☆☆


 カールが戻ってきてくれた。

 でも、わたくしの中の憎しみは消えなかった。

 あの女のお腹が大きくなるにつれて、わたくしの憎悪も膨れ上がっていった。


 そして、ついに爆発した。

 わたくしは姿を消すローブで身を包み、エドガール様の不在時を狙ってあの女を攫った。


 湖の畔にある王宮のボート小屋。

 夜になると、ここには誰もいないことは知っている。

 わたくしはあの女を椅子に縛って被せていた袋を取った。

 そして、わたくしはあの女の前に姿を現した。


「あ、貴女は!?」


 あの女の恐怖に引きつった驚愕の顔を見て、わたくしは笑いが止まらなかった。


 ついにこの女を殺せる!


 ダメだよ、テレちゃん!

 まだ引き返せる!


 黙っていて、カール!

 わたくしはもう止まれないの!


「……ふ、ふふ、アッハッハッハ!」


 あの女はわたくしとカールのやり取りを見て大声で嘲るように笑い出した。


「な、何が可笑しいの!?」

「可笑しいに決まっているじゃない。何、と話をしているの?」

「え?に、?あ、ああ、あああああああああ!!!??」


 わたくしがずっと友だちだと思っていたカールは、わたくしの持つ人形だった。

 ずっと悩みを聞いて励ましてくれていた言葉は、わたくしのひとり語りだったのだ。


「あーあ、とんだイカレ女ね?さっさと解いてくださらない?あたくしがいなくなって、護衛の騎士たちがすぐに探しに来るわよ?あんたももう終わり……え?ちょ、ちょっと、何を!?……ひぃ、やぁああああああ!!?がぶ、ごぼぼ、ぶぶぶぐ!!?………。」


 わたくしは憎悪と絶望に身を焦がし、この女を水面まで引きずり、息が止まるまで沈めた。

 女が動かなくなり水面に浮かび上がると、わたくしは大切なものが壊れて狂いながら笑った。


「あ、アハ、あはは、アーはッハッはッハ!!」


☆☆☆


 その後、わたくしは捕まって処刑されるのかと思った。

 でも、あの女はただの事故死で片付けられた。

 なぜか分からなかったが、どうでも良かった。

 わたくしに最高の幸せが戻ってきた。


 あの女がガキごと死んで、エドガール様はどこまでも悲しんだ。

 わたくしが慰めると、あの御方はわたくしを求め続け、いつまでも側にいてくれた。

 

 ある日のこと、わたくしの侍女がエドガール様と何やら楽しそうに話をしている。


 あのアバズレ、愛しいあの御方に色目を使いおって!


 わたくしはその夜、腕力を増幅させる腕輪をはめ、あのアバズレを自殺に見せかけて天井から吊るした。


 またある日、エドガール様に第三妃をあてがおうと画策する宮廷貴族の男がいた。


 またわたくしの愛を邪魔するのか!?


 わたくしは姿を消すローブで身を包み、その男を階段から突き落とし、その男は首が折れ曲がった。


☆☆☆


「あなたが王宮に来られてから怪事件ばかり起こっているのです。間違いなく犯人は……あれ?き、消えた?……ぐわ!?あ、ああ、あああ!!?」


 わたくしは姿を消し、探偵気取りを最上階のバルコニーから投げ捨てた。

 うふふ。

 トマトのように頭が潰れましたわ。


 わたくしのエドガール様への愛を邪魔する者は、こ・ろ・す。

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