漆黒の蓮の 開く
中川さとえ
漆黒の蓮の 開く
ごんっ…!どがっん…!
そこには奇妙な音が鈍く響いていた。やめ…て…。幽かな声も聞こえる。
おい、 おまえ。
おまえだよ
おまえ おまえ おまえ おまえ、おまえ おまえ おまあえ、おまああえ。おまああああえ お ま あ あ え お ま あ あ あ あ え お ま え だ よ お ま え だ よ ぅ
ぎゃはっははっはぁっはっハァッハッハあーッハっはぎゃあーーッハッハっはッハっ
やめて…やめて……やめてください… …やめて …あ。
やめる?やめる?やめる?やめる?やめる?やめる?やめる?やめる?やめる?
いやだ いやだ いやあぁだ。
あははっぎゃはっはははハァッハッ
おまえ、おまえ、オシャベリだぁ?お喋りはね、お喋りはねーえ、キライだよぉ。オシャベリしないこがいいな。いいな。
ごめ…んなさ…ごめん…
オシャベリはサーぁ、キライていったんだよぅ。ね。
オシャベリしないこ、出来ないこがいいな。
…!んふっ…ん、んーーー!んーーー!
舌べろ、べろべろ、べっろ。これいらない?あ、もっと要らない、見っけ。これはもういらないねー。いらないねー。たくさんあるねー。
あっあ、あーー、あああーーー!
割らないと取れないね。よーいしょっ。
ぎゃっあっぎゃあ、あーーーーー!ぎゃっああああ!
あ…「…んふっ、ぐ…、」血の臭い、血の味、血の臭いしかしない。血の味しかしない。何も見えない、
目隠し、目隠しされてるから、だよな。目潰された?目ある?ある?「…んん、…ぐふっ。う…うぅ。」耳?耳にナニか入ってる?それとももう聴こえないのか…、俺耳聴こえなくなった?なんで?なんで?なんで、なんで。俺が何した…。俺が何した…。あいつは何なんだ。俺バスに乗っただけなのに。駅に向かっただけなのに。「んん、ふ。ぐっぐぅー、ふ、うぅ。あっあっ、」ダメだ声が、声が。「ぐ。…ぐ…」ん、ん、ふーっふーっ。聞かれたら、あいつに聞かれたら。「…ああぁ。…は、はあっ。」
俺の歯砕かれたのか全部砕かれたのか…。探れない、探れない、なんで?ああぁ。俺の舌、舌は?…ああぁっ。動けない動けない。縛られてるからだ。縛られてるからだよな。地べたに這いつくばってるのは縛られてるからだよな、俺の手…あるよな、足…あるよな…。あああ。……あっああああああぁあーあ、ああ
やめてもうやめてやめてやめてやめてください。やめてください…。やめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください
!
…ダレカ来る…、震動が伝わってくる。来る 来る…
逃げる?逃げる…あ、あ逃げ…れ…ない…
ズッ… ズッ… ズズン
ふーぅっ ふふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふ。
「ぐ…ぐほっ。」
乗ってる乗ってる重い重い重い、あああ。
髪を掴まれた。喉、俺の喉、「ぐはぁっ、あ、あー…。」飛沫、散る飛沫、血の臭い、痛み 痛い痛い痛い痛い痛い 俺 喰われてる 喰われてる 痛い痛い痛い、血の臭い俺の血の臭い痛い痛い痛い…痛…い…
ぅ。あ。…ぁ、はあっっ、はぁ。俺は死んだのかな…痛い、あちこちが痛い、ヒリヒリと、じくじくと、ズキズキと痛い。…死んだのに痛いのか…。死んでも痛いのか、死んでも苦しい、死んでも怖い…の?臭いがする…。血の臭いとこれは糞尿の臭い。…俺、漏らしたんだ。漏らした。漏らしてる いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだお願いですお願いですもうやめてくださいやめてくださいやめてくださいやめてください…たすけてたすけてああ、ダレカたすけて…たすけてください…
!
ああ、まただ、また来た…
やめてやめてやめてください ユルシテユルシテもうユルシテ
ズズン…ズズ…ズズ…ズッ…
ふーっふーっ。ふふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふ。
「ぐはっ、」腹の上、重い重い重い、触ってる触ってるその皮膚のその下、俺の心臓…。
「ぐわあっうあ……!!」
飛沫、飛沫、血の臭い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い喰われてる、ああぁ。ああぁ。痛い痛い痛い痛い痛い…
やめてくださいやめてください…ユルシテくださいユルシテください…お願いしますお願いしますお願いします…
やめて……やめて……
!
ズッ…ズズ…ズズン…ズッ……やめて…やめて…やめて
ふふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふ。ふふふふふ。
重い重い息が出来ない…そこ、触ってる?触ってる…、やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてーっ。
「ぎやああああああああああああぁーーーっっっっっっ!!!」
きぃきぃきぃきぃ
耳のなか。音がなる。
チョークが黒板を掻く音。
きぃきぃきぃきぃ きぃきぃきぃきぃ きぃきぃきぃきぃ
『オシャベリするは悪いこ。悪いこになったらお迎えに行くね。またここで一緒にいようねぇ、いいこになってずーっと 一緒。』
きぃきぃきぃきぃ きぃきぃきぃきぃ きぃきぃきぃきぃ あははっあははっあはっあはっ アハハハ
「はい、119番です。火事ですか?救急車ですか?」
「あー、すみません、知らないヒトが庭に居るんですけど、」「はい?」「倒れてるみたいで、すごく具合が悪そうなんです。」
裸ですごく痩せてて髪の毛も抜けたみたいで、…、「救急車ですね。ご住所をお願いします。」
交番勤務の警察官が市民病院にやってきた。「あ、どうも。ご連絡有り難う御座います。」「ああ、こっちです。」連絡した医師が先にたって進む。「民家の庭先に裸でいた、と?」医師が頷いて言った。「薬物反応はなしでした。」「ほお。」「暴行されたような跡と拘束された跡、あと衰弱が激しいので監禁されてたようなんですが、なんせ本人が話さない。」「そうですか。話さない。」
「…話せないのかもです。すごい怯えてますね。髪も抜けてますし、…恐怖が酷かったようです。あ、ここです。」
古びた扉。二人部屋にひとり。ベッドの上に膝を抱えて目を落とす。警官が声をかける、「こんにちは。気分どうですか?」
反応しない。見ようともしない。「歯が抜かれたのか折れたのか、数本欠損してます。」「幾つくらいですかね。」「そうですね。…かなり老けて見えてますが、30なるかならないかだと思いますよ。」「えええつ!!…そんなに怖い目にあったのか。…治ります?」「…正直わからないですね。体の傷は治りますよ。」「そうかあ。うーん。とにかくこのまま報告します。あ、そうだ、失踪届に似たような方がいて連絡してみたら、ご家族が見にこられるそうです。」「ああ、身元わかればいいですよね。」医師も話しかけた。「ご家族ならいいですね。」男は目を見開いて動かない。「…これタトゥーですかね。」警察官が首を見つめる。「なんだろな。花ですかね、」
「それ、あと二個あるんですよ。」「ええっ…、」
パタパタと足音がして、「失礼します、」扉があいた、「御家族のかた来られましたよ。」看護師の後ろから現れたのは顔色のよくない女性。
「あ、どうもどうも。えと、そのかたなんですけど、どうですか?」警察官がベッドの上の男を示す。
「…主人です。」彼女は呟くように言うと、ベッドに駆け寄った。「あなた、あなた、ねえ、どうしたの?ねえ、」両手で男の両の頬を包んで話しかける。「ねえ、あなた、あたしよ、あたし、」男の瞳がゆっくり彼女の容姿を捉える。瞳はこれ以上無いくらい大きく開き、わなわなと震えながら大粒の涙が溢れてきた。「あ、あああ、っあああ、」両手を開き彼女にすがり付いて泣きじゃくっていた。「あなた、…もうだいじょうぶ。だいじょうぶよ、」男は赤ん坊のように泣きじゃくっている。
「えと、何分一段落ですかね、あと書類お願いしたいのが、」警察官が言いかけて、「あ、だんなさんが落ち着かれてからでいいですよ。」と言い直した。すみません、と彼女。しばらく入院しますか?と医師が話してる。そうですね。お帰りの時に医局に寄ってください。医師はそういって病室を出ようとした。そのとき、誰にも聴こえはしなかった。男ひとり除いて。
『…悪いこ。』
男は飛び上がった。
「しゃべってない、しゃべってない、何もしゃべってない、」激しく震えながらベッドから飛び下り、部屋の隅へ隅へと逃げる。あなた、どうしたの?どうしました?「しゃべってない、しゃべってない、しゃべってない、」騒ぎに気がついて慌てて医師が戻ってきた。「いやだいやだいやだいやだ、やめてやめて迎えにこないで、いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!いやだ!」壁に激しく頭を打ち付けだした。血が迸る。
「ダメダメ、」警察官が男を抑える。「いやだいやだいやだいやだ」医師が鎮静剤を注射する。
「いやだいやだいやだいやだ いやだ …」
「あなた、あなた、あなた」
男の妻が泣きながら男を抱き締めた、「しゃべってない、しゃべってない、しゃべってない、」一生懸命訴える夫に何度も頷いてやる。「しゃべってない、しゃべらない、しゃべらない、しゃべらない……、」
「わかった。わかったよ。」妻は傷ついた夫の頭を撫でている。「しゃべってない、しゃべらない」「うん。しゃべってないよ。」妻は傷ついた夫の頭を撫でてる。
傷の手当てをしようと看護師が近付いてきた。
しゃべってない…、
うん、しゃべってないよ。
その首に開く漆黒の花。
漆黒の蓮の 開く 中川さとえ @tiara33
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