不死者の慟哭

ぽんぽこ@書籍発売中!!

リビングデッドと呼ばれた男

 ……俺は死なずの男だ。

 いや、正確に言うと死ぬことは死ぬ。


 何を言っているのかと思うかもしれないが、俺は何をどうしても生き返ってしまうのだ。


 それはたとえ首を刎ねようと、灰になるまで燃やそうと、だ。

 もちろん死ぬときの苦しみや痛みはある。

 だが一晩もするとすっかり元通りになって目覚めてしまうのだ。


 じゃあ埋めるか水にでも沈めてしまえばいい、そう思うだろ?

 だけど不思議なことに翌日にはどこかの教会に寝かされているらしいんだ。

 これまで何人もが俺を研究しようとしたり好事家に売り飛ばそうとしたりしたが、悉く失敗している。


 ――何故かって?


 俺を狙ったり殺したり実験をした奴ら全員が死んだからだ。


 だからどうしてかって?

 俺のもう一つの不思議な力。

 それは……。



「おい、お前があの有名なリビングデッドか?」


 俺が場末の酒屋でぬるいエールを飲んでいると、突然そんなことを言ってくるガラの悪い男が現れた。

 はぁ、またかと思いつつ俺はジョッキを汚れ切ったテーブルにゴトリと置いた。


「……だったらなんだっていうんだ」


 もう慣れ切った会話にうんざりとした態度で答えると、この男は俺が生を諦めたとでも思ったのかニヤリと笑う。


「へぇ、案外簡単に認めやがったぜコイツ。まぁ手間が省けるのは歓迎だ。ここは既に俺の仲間が武装して囲っているからな。ちょっとそのまま大人しく店の外に出てもらおうじゃねぇか」


 そうして俺は猫のように襟首を掴まれて外へ連れ出された。


「へへへ。お前、何しても死なないらしいじゃねぇか。俺ら賭けでスッちまってよ~。そんな時にリビングデッドがこの付近にいるって聞いたんだわ。なんでもお前、高値で売れるんだってなァ!? ……まぁその前に俺らのウサ晴らしに付き合ってくれや」

「……後悔するぞ」

「ガハハッハ!! おい、聞いたかお前ら。コイツ、俺らが後悔するって言ってるぜ。……本当かどうか確かめてやれ」


 最初に俺に話しかけてきた男がそういうと、店の物陰からこん棒やナイフ、その辺の石を持ったチンピラどもがワラワラと湧いてきた。


「……俺は忠告したからな」


 その言葉を合図にしたかのように、俺はこいつらに囲まれ、殴られ、刺され、絞められ……そして殺された。


 俺が次に目覚めたとき、俺は血だまりの中だった。

 それはもちろん、俺のものではなく。


「だから後悔するって言ったんだ」


 肉は削げ、四肢は千切れ、苦悶の表情を浮かべ絶命した男たち。

 俺に手を出した全ての人間が漏れなく息絶えていた。



 俺は男どもから適当に金目の物を失敬していると、朝もやの中で動くモノがいることに気付いた。


「……アイツらの生き残りか?」


 俺はそいつの近くに寄ってみると、どうやらそれは――


「女か……捕まっていたか、商売か……いや」


 俺がそっとその少女に手を伸ばそうとすると。


「だ、誰ですか!? やめてっ、私に触らないで!!」


 少女は悲鳴を上げるように俺の手を払い、そのまま逃げだそうとする。

 しかし走り出した先ですぐに転んでしまった。


「おい……大丈夫か?」

「……だ、誰なの? 私、目が……その」


 誰もいない宙を掴むように手を右往左往させる少女。

 どうやら彼女は目が見えていないようだ。


 可哀想に、目が不自由なことをいいことに男にいいように扱われていたのだろう。

 服もみすぼらしく、靴も履いていない。



「俺はあの男どもの仲間じゃない。……むしろ襲われていた方だ」

「だっ、大丈夫なんですか!? 私、あの人たちにずっと酷いことを……」

「取り合えずここに居ると余計なのが来る。抱きかかえてやるから大人しくしてくれ」

「えっ? きゃあっ!」


 ジタバタと暴れる少女を片手に抱きかかえ、俺はこの町を後にした。

 森の中にある隠れ家に連れていき、彼女を介抱した。


 最初は戸惑っていた彼女だったが、次第に俺に心を許すようになっていった。

 いつでも町に帰っていいと言ったのだが、彼女は帰る家はない、ここに居たいと言ってきかなかった。

 まぁ俺としても一人ぐらい同居人が増えようが大して手間は変わらない。

 同じ家で住むことを許してやると、彼女は花の咲いたような笑顔を見せてくれた。


 いや、正直に言おう。

 俺はもう一人で生きていくことに疲れていたのだ。

 彼女の屈託のない笑顔に、やさぐれていた俺の心は徐々に癒されていた。



 そして数年が経った頃。

 俺と少女は夫婦となった。


 朝は俺が狩りに行き、森の獣を狩ったら彼女が杖を突いて町に売りに行く。

 獣の肉や毛皮は大した金にはならなかったが、俺たちは慎ましやかながらも幸せな生活をしていた。


 ある日俺はいつも通り、狩った獲物を抱えて帰宅した。

 今日は俺と彼女が出会ってから5年目の記念日だった。

 俺は上等な部分の肉を焼き、彼女は町で買った酒をコップに注いでくれた。


 乾杯をし、俺たちは出会いを盛大に祝った。


 ――そして俺は意識を失った。


 俺が朝目覚めるかのように目を開けると、俺の目の前で彼女が血を吐いて冷たくなっていた。

 酒に入った猛毒によるものだった。


 彼女が目の見えないことを利用して、誰かが俺を狙ったのだろう。

 だが、そんなことはもうどうでもいい。


 俺は生きるすべてを失ったのだ。

 復讐や仇なんて、どうでもいい。

 俺と違って、彼女はもう生き返りなどしないのだ。


 絶望した。

 この世のすべてに。

 もしこの世界に神がいるとしたら、恨んでやる。


 俺は彼女の遺した杖を拾い、喉元を突き刺した。






 ――その瞬間、この世界は崩壊した。


 神が、死んだ。



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